ソケット夢.

© 1997 Jamie Zawinski <jwz@jwz.org>
socket dream.


 歯がソケットからはずれてた。

 起きている世界だと、これはまるで意味をなさないけれど、でもその時での意味は、ぼくの歯のかなりの部分について、歯がアゴにねじこまれているボール&ソケット式のジョイントがずれて、動かない痛い状態になっているということだった。

 ひどくつらかった。

 やることは一つしかなかった。歯をつかむ。引っ張る。思いっきり。そしてそれを放し、そいつがパシッと思いっきりもとの場所に戻るようにして、きちんとはまりなおしてくれるよう祈る。

 これもまた、ひどくつらかった。

 しかも、ひどくむずかしかった。歯を適正でない位置から十分に引っ張り出すのは、台風の中でドアを開けようとするみたいなものだ。手を放した瞬間に、そいつはぼくの指を引きちぎらんばかりに戻ってゆく。

 このことをあとになって考えるうちに、リーサル・ウェポンの中で、メル・ギブスンが縛り上げられて水に放り込まれ、そこから抜け出すのに肩の関節をはずさなきゃならなかった場面を思い出した。かれはあとで、全身を壁にたたきつけて間接を元通りにはめる。あの場面のキャラに、ぼくはあらためて同情を感じたのである。

 ほとんどの歯がらみの夢と同じく、こいつは圧倒的に文句なくリアルに思えた。でもこれで異様だったのは、目がさめて、これがただのだったという認識に達していつものようにホッとしたとき、まずアゴが痛むことに気がついた……それも激痛。次に、枕が血でぐっしょりと濡れているのに気がついた。

 そしてまた目がさめた。

 アゴはまだ痛かったけれど、枕はありがたいことに乾いていた。

 こういう多重ネスティングのある夢を見たことが他にあったかどうか、すぐには思い出せない。映画にはしょっちゅう出てくるけれどね……そんなことが実際にあるのかな、という気がしていた。 Living in Oblivionにある、いろんな夢の場面には小人が出てくることになっているけれど、実はだれも、当の小人たち自身も、小人の出てくる夢なんか見ないのだ、といった観察みたいなものかな、と。

 この夢は一週間ほど前だったけれど、でもまだしょっちゅう思い出してしまう。まだあの、歯がもとの位置に引き戻される時の、濡れたグチュポンという音が耳に響く。その感触が骨に残っている。

 というところで話は ディスカバリー・チャンネルになる。

ふつう、テレビのチャンネルをどんどん変えているとき、手術の場面に出くわしても、そのまま変え続ける。うん、そりゃホラー映画は好きだけれど、手術となるとちょっとおぞけが強すぎる。ちょっとあまりに身近すぎる。

でも不思議なことに、時々どうしてもそれを見ずにはいられないときがある。

たとえばこないだリモコンをガチャガチャやっていて、手袋をした手が青白い骨だか軟骨だかの皮をはがしているところを見かけた。その手は皮膚の下に突っ込まれて、それをはがしている。即座にチャンネルを変える。でもそれはぼくをさいなむ。あれって、身体のどの部分だろう。どうしても知りたかった。チャンネルを戻す。膝だ。絶対。だれかの膝を開いてる。チャンネルを変える。ホントに膝か? チャンネルを戻す。じっど見つめる。指が、自分以外の人間の皮膚の下を動くのを眺める。ぼくは、指が皮膚の下でなでている肉体の盛り上がりがなんだか気がついた。鼻だ。ぼくはだれかの剃った を見ていて、そのがペロンと剥かれていて、医者の手が皮の下をなでまわしてる。ぼくはギャッと叫んで、テレビを消して、全身でひきつけを起こした。

 今夜の番組では、ひどくアゴのしゃくれた女の子が出ていた。あごがつきだしすぎていて、口を閉じたときでも歯の隙間に指が二本入るくらい。清潔できれいなコンピュータシミュレーションが、これをどう修正するのかを表示する。上顎と下顎を切り刻んで、顔の残った部分をジグゾーパズルみたいにはめなおすわけだ。

 ぼくはそれを最後まで見通した。目が離せなかった。恐ろしいものから目が離せないって、サルみたいな条件反射なのか? それともぼくは無意識のうちに恐怖に立ち向かうことで歯の妄想を乗り越えようとしていたんだろうか?

 医者たちはその子のあごをノコギリで切断した。まだ前面と底のところで、皮膚と筋と筋肉でくっついている(「こいつをひょいと取り出して誰かにあげるわけにもいきませんからねえ」と医者は言いながら、その子の骨のかけらを口の中でひらひらさせた)。そしてやがて、全部をまたくっつけて、ちょっとちがった場所で止めた。ネジで。それもプラスのネジで。

 その前に、その子の下あごが派手に開いているけれど、歯がまだくっついている場面があった。上顎はもう頭蓋骨とは切り離されていて、歯の上には新しい水平の切断線が血みどろについていて。鼻孔のところが大きく開いている。

 口の中で手の届かないところがあると、医者はその子のほっぺたに小さな穴をあけて、細いプラスチックの管をとおしてそれを広げて、そこから道具を入れた。ふーん、するとこの子はこの手術で、トレンディな顔面 ピアスもしてもらえるのかな、と思ったところで、医者は、この穴は明日には跡形もなく消えると話した。

 そして、まさに自動車の修理工が「どうせばらしたんだから」ついでにやっときましょう、と言うときとまったく同じように、医者はその子の親知らずをほんのついでに抜いたのだった。でも、アゴはばらばらになっていて、上顎は頭のその他部分の下、いつもの正当な場所から下にぶら下がっている状態だったので、この医者は親知らずをてっぺんから取った。「ふつうなら、こういうやりかたは現実的じゃないですけどね」と医者は言う。

 ぼくの歯医者も、親知らずを抜きなさいという。問題は起こしてなくても、絶対に生えてこないから、と。ぼくは非強硬政策を続けるつもりだ。向こうが手を出さなきゃ、こっちも何もしない。


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