ネットスケープの仕事場。

© 1994-1996 Jamie Zawinski <jwz@jwz.org>
nscp dorm.


 以下はNetscape Communications (万歳三唱) の誕生から数ヶ月、まだぼくたちが Mosaicと呼ばれていた頃のぼくの日記からの抜粋だ。その頃は、いまみたいに何千人だかも人はいなくて、ほんの 20 人とか 30 人だった。もう中間管理職なんてものがそもそもいなかった頃。

 これは「古き良き時代」と伝統的に称される時期だけれど、でも時間はいつも苦痛を和らげて、当時のできごとが実際よりももっと楽しかったように見せちゃうものだ。でも、なんでもかんでも楽しくなきゃいけないなんてだれが言った? 苦痛は人間を育てる(そして時には製品も育てる)。

 で、きみも 新興ベンチャーで働きたいって? 以下は、警告の物語になるかも……

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1994年7月26日火曜日, 4am.

 ここ Mosaic で一ヶ月半働いてるけれど、あんまり寝てないし、ほとんど 家にも帰ってない。

 ルーロブが一日中、リモコンの を組み立ててた。これはなんか頭に来た。ぼくやほかのみんなは死ぬほど働いてるのに、こいつらは一日中遊んでるだけだったからだ。ぼくは チョークの区画に行って、「ねえあの車って、やっぱ頭にくる?」と言った。チョークは腕を思いっきり広げて、顔をしかめて、そして「まあほんの この程度」だって。ぼくはうなずいて机に戻った。

 10分後にチョークがこっちにきた。「で、おまえも頭にきてんの、それともぼくが頭にきやすいから、あれでも頭にきてるかどうか確かめにきただけ?」 ぼくも頭にきてるけど、その具合はおまえよりほーんのちょっとだけ少ないだろう、と答えた。

 4pm 頃、ルーが荷物をまとめて帰り支度をしていて、そのときに話してくれたんだがマークにオフィスに呼ばれて、仕事は十分にあるかどうか聞かれたんだって。ぼくも同じことを思ってたのできいた。「で、どうよ。あるの?」ルー曰く、ここ数日もう完全に燃え尽きた感じで、ちょっとリラックスする必要があったんだと。これは実によくわかるんだけれど、でもリラックスするのはオフィス以外のところでやって、仕事をしてるみんなの神経逆撫でするようなまねはしないほうがいいんじゃない、と言ってやった。

 マークは、SGI が Irix 5.3 といっしょに出荷できるように Unix クライアントを仕上げろと言う。つまりは、えーと、二ヶ月以下で万全の仕上がりにしろ、と。コードが全然書けてないし、だからそれがちょっとでも可能性がありそうかどうかさえわかんない。あちこち断片はあるけれど、全体像が見えてこない。マークに頭ごなしに言わせてこちらがなんとなく同意、というのは簡単なんだけれど、でもぼくもこの目標ははずしたくない。今回はかかってるものが大きすぎる。見守ってる人も多すぎて、ちょっとでもヘマは許されない……

1994年7月28日 木曜日, 11pm.

 また泊まり込み。寝たのはデスクの下のキルトにくるまって二時間半、11am から 1:30pm かそこら。その時点で焦って目をさました。カラーマップやディザリング関連、めんどうな8ビットカラー管理の問題についてどうするか議論をするはずのうちあわせに遅刻したのに気がついたからだ。でも、大事にはならず、ミーティングを遅らせることにしただけ。会議に遅れたのが、仕事のしすぎで疲れて人事不省だからとなると、なかなか糾弾されにくい。

1994年8月5日 日曜日, 5am.

 やっと帰宅。最後に寝たのは、えーと、39時間前。なのにいまはぜんぜん疲れてもいない。たぶんセカンドウィンドか、サードウィンドか、18番目だかなんだろう。家に帰ったのは単に、これ以上あそこにいたらまた運転中に寝ちゃうと思ったからだ。あそこでこれ以上泊まり込みはいやだ。だっていまの時点で本気でシャワーが要るもの。今日は暑かったし、ルーと昨晩かなり本気のエアホッケーをして、おかげで汗だくで気持ち悪くなったし。

 うーむ。本気で疲れてるみたい――テレビをつけたら、MTVがほんとに動きがはやすぎて、ついてけない。

 もう一週間ものどが痛くて咳ばかり。でも、なにも手をうってない。時間がないから。ひたすら意志力だけで風邪にかかるのを防いでるような感じ。

 金曜日、一番最近に目を覚ましたときだけれど、3時くらいに出社したらメールが山ほどたまってて、みんな仕事関係。そして 4pm に全員ミーティングがあって、みんなその前に一度話がしたいと行って来て、だから本気で仕事多すぎで遅れをとってるような気がした。だって、オフィスにいなかったのは、たった7時間ほどなのに! ミーティングそのものも驚愕。どうやらなんか OEM 契約 (だれとかは忘れた) を結んで、クライアントが 600,000 台分、だって。うげげっ。営業やマーケティングの連中が、実は本気で仕事ができるんじゃないかと思っちゃったほどだよ! これまでの仕事で、そんな印象を受けたためしはなかった。これはすごい。

ろくじゅうまんにん、というのはぼくがこれまで作業をしたソフトのどれも、足下にも及ばない数字だ。完全にびびってる。

 会社はやっとウェブサーバをオンラインにあげようとしてるので、コンテンツ担当者がわれわれに自分についてのホームページを作れと頼んできた。そこで不気味な夢をいくつか書き殴って、ブックマークといっしょにアップした。いずれもっと賢いものをやる時間ができるかも。

 最近、手がすごく痛い。こんだけタイプしたおかげで手首がやられたんじゃないといいけど。タイプできなかったら人生おしまいだ。右手が特に壊れかけてる――真ん中の指二本の第2関節が、ひどい傷ができたみたいに痛い。弊社の医療プログラムの使い方をそろそろ調べようか。でもどうせ医者に言っても「タイプを控えなさい」以外のことは言われないと思うね。ははははは。いやなかなかおもしろい冗談で。

 一週間かそこら前に、みんなで集まってクライアントの名前を考え出そうとした。Mosaic は会社の名前だから、これは使えない。 マーケティングのアホどもは、サイバーなんとかだのパワーなんたらだのうんちゃらウェアだの、くだらん提案ばっかりしやがる。そこでだれかが NCSA Mosaic をつぶすという話をして、ぼくが「もじら!」と口走った。みんなそれが気に入ったみたいで、だからこれがブラウザの正式名になっちゃうかも。

 やっとぼくのデスクに、Sun4 じゃなくて Indy がきた。これはつまり IndyCam もきたってことだ。そこで5分ごとに、そこにすわってるぼくの画像を一フレームずつ保存するスクリプトをてばやくでっちあげる(ハックする)。それで何がわかったか?

1994年8月11日 木曜日, 2am.

 今日、イアンにあった。数カ月ぶり。真っ先に言われたのが「おまえ、クソみてえなナリだな」。すっごくピリピリしててぎくしゃくしてるように見えるんだと。ぼくはかなり大丈夫だと思ってたのに! 昨晩は一晩ぐっすり寝たし。ぼくには社会生活がないぞー。仕事以外の友だちにはだれも会えないし、自分の唯一無二の若さを無駄にしてる。出かけて、もっと楽しい活動的なこと、精神や肉体がついに腐敗しだしたらできないようなことをやってるべきなのに。でもそれどころかぼくは蛍光灯の下につかまって、ほかのおたくどもにしかおもしろくないような形で、コンピュータの中のビットをつつきまわしてる。映画一覧を見たら、ぼくが聞いたこともないような映画をやってる! なぜこんなことに! これは本当におっかない。

 ドラッグストアで、肘用のギブスを買ってきて、ここ数日はそれをつけてタイプしてる。でもあんまり役にたたないみたい。中指は前ほどは痛まないけれど、薬指は相変わらず。この仕事はおれの身体を破壊してる。それだけの価値があるはずはないぞ。

1994年8月26日 金曜日, 1am.

 過去数ヶ月の日記を読み返してみたけれど、かなりの部分がまったくわけわかんないぞ! 途中までの文だの、造語だの、でたらめでシュールなイメージだのだらけで、自分でこんなのタイプしたのも覚えてないし、理解すらできない! 寝てる間にタイプしてたのかな。実際に人と会ってこんな感じじゃありませんように。それとじゃあ、ぼくのコードもまさかこんな……まあいいや。なんか動いてるし。

 仕事を 9:30 くらいに切り上げる。エリックとスーザンが電話をかけてきて、いっしょに ナチュラル・ボーン・キラーズをみにいくよう言いくるめられたからだ。ぼくは31時間働きづめで、その間にコンパイル待ちで総計4時間ほどの睡眠があっちこっちに入ってるくらいで、でも 10:30の回のチケットを買ってくれたと言うし、断るわけにいかないでしょう。「くたくただけれど、うん、きみの言うとおり、映画を見ないとね」スーザン答えた「大丈夫? 別の機会にしてもいいけど」「いや。ぼくはいま二倍明るく燃えてる。こういうことをどうしてもしないと」とぼく。下手なブレードランナーねただけれど、でも口からすらっとでてきた(でもその含意が好きかどうかは、自分でもよくわからない)。

 NBKはすさまじく驚異的な映画。ほとんど完璧に近いと思った。プロットなし、あちこち関節がはずれてて、いたるところすばらしいビジュアル。最初の一時間はほとんど毎秒が美しく、二時間目もほとんどがそうだ。純粋なウルトラバイオレンス、 時計仕掛けのオレンジより越えてる。見て何時間もぼくはニヤついてたし、スーザンはひたすら呆然――二時間殴られ続けたみたいな気分、だって。二人の家に戻って、アルコールを探してたなをさらって、やっとバーボンのボトルを見つけだす。「ちょっと刺激を麻痺させないと」というのがスーザンの説明。

1994年8月28日 日曜日.

Mozilla は真面目にまともな製品らしくなりつつある。ひょっとして、結局みんな呪われてないのかも。今日、仕事にでかけてみると、連中がみんなすわって、レーザーディスクでレポマンを見てる。心底絶賛。見るのに数時間無駄にしても、ほとんど後ろめたくないくらい。

 ルーは、キャシーに昨日キスされたので完全にストレス。上司の娘とデートしてるのが不安なんだろう。彼女のことで心中がギリギリになっちゃってる。つきあうとそうなるよね。でもだれかが、睡眠不足でもそうなると指摘。今日はみんなで、つきあいについて長話をして、武勇伝を披露しあって傷跡を比べた。以下はルーのかつてのガールフレンドに関する会話からの一幕:

やつ: 「それでその子は、おれがその子を魅力的だと思うかどうか、えらく気にしててさ」
ぼく: 「なんでよ」
やつ: 「いやね、つきあいはじめる前に、きみは全然魅力ないねって言ったことがあったのよ」
ぼく: 「えええええぇぇぇっ?」
やつ: 「うんいや、おれが魅かれないって言ったんだけど」
ぼく: 「どっちよ? それってずいぶん意味合いがちがうぞ……」
やつ: 「うん、まあ確かホントに、きみは魅力がないって言ったんだな」 間。「だってホントなんだもん!」

 いや大したもんです。ファビオ(訳注:という、テレビで女性にひたすら「あなたは美しい」とささやき続けるキャラがいるのです)もこいつにレッスン受けるといいね。

1994年9月9日 金曜日, 1am.

 Mozilla のコピーを SGI に送って、何十人かに叩いてもらう。これは連中が、ウチを入れるか外すか、Irix 5.3 といっしょに出荷するか、それともわれわれに消え失せろと言うかを決める、決定的瞬間。明日かれらは、内部ベータリリースを二千台のマシンにインストールするんだと。今日時点では、Unix 版を使ったことがあるのはぼく以外には5人もいないんじゃなかったっけ。

 おや、自分の写真が今月の Wired に載ってるのを発見。ぼくたちについてなにやらご大層な 記事が出てるんよ。完璧なでくの坊みたいな写り方。お母さんのせりふが思いうかぶよ:「その髪、どうしちゃったのよ! まるっきりでくの坊みたいじゃないの!」

1994年9月17日 土曜日, 2pm.

 こんどだれかがまた Beavis and Butthead のまねをしやがったら……

1994年9月21日, 7pm.

 今日はなんか電子メールでなんやかやで口論してて、しばらくして アレクスとだべってたら、最近ぼくがルーばかりいじめてるように思う、と言う。ぼくはそんなつもりはなかったから、以下のようなメールを送った:

To: eng

 で、アレクスがいま、最近ぼくがルーばかりいじめてると思う、ってなことを言った。ぼくとしてはこの際はっきりさせとくけれど、ぼくはてめーらみんなバカのろくでなしだと思ってるし、一人残らず大っきらいだ。ルーが特別扱いされてると思うな。

愛をこめて

-- ジェイミー

 友人の一人が、同僚の中でこれに反応した人がいたか、それともみんな他人との争いを避けたがるおたくばっかで、うちに帰ってから友だちに、あいつは実につきあいづらいと愚痴をこぼすだけなのか知りたがった。ぼくは喜々として、同僚たちは争いを避けたがるどころか、しょっちゅうお互いに怒鳴りあってるよ、と報告した。こうやってはけ口があるからこそ、ここはかろうじて耐えられるところになってるのだ。でも、この一見はその例としてはあまりよくない。ぼくが受け取ったのは、あまり気合いの入ってない「おめーも死ね」的なメッセージと、それから「あれをalt.fan.jwzにポストし忘れただろう」というものだけ。

今日は金魚クラッカー一ポンドほども食らう。なに考えてたんだろ。

1994年9月24日、土曜日, 5pm.

 例の「おれたちゃでっかく勝つぞー」ミーティングがあった。 ジムマークがやたらに腕を振り回して「これはきみたちの求める人間もどきなんかじゃないぞー!」と叫ぶやつで、ぼくたちはみんなそこにすわって、熱っぽくうなずいて「これはわれわれの求める人間もどきなんかじゃないぞー!」と言う。ぼくはこういうミーティングが好きだ。いかにももっともらしいからだ。自分がひょっとして時間を無駄にはしてないんじゃないかという気にさせてくれる。実現不可能な目標に同意したときの、魂を飲み込むような闇を乗り越えるには、マークみたいな人がまわりにいなきゃいけないのかも。

 ぼくは働きづめで、この呪われた Unixクライアントをなんとか形にしようとしてて、ほかのみんなは会社持ちのビール大盤振る舞いにでかけてる。ねえ、ぼくは起きてる時間はほぼすべてこいつらと過ごしてて、まあそれにしちゃすさまじくお互いうまくやってけてると思うんだけれど、でもそれがマジで底を尽きかけてるぞ。そしてアルコールが加わると、みんな超特大級にやな連中になる。

11pm.

 ふん、ガキどもが飲んだくれにでかけたよ。というか、いまよりさらに飲んだくれるためにでかけたよ。ひょっとして本気でまたストリップクラブにでかけたんじゃないかな。まったくお上品なこって。

3am.

 おやおや、ガキども戻っていらっしゃいましたよ、みんな泥酔。だれもまともに歩けなくて、仕切りの壁にぶつかってはぼくの机をまるごと揺する。ぼくは飲んだくれてないので、インピーダンスのミスマッチのおかげで連中とは話ができないから、ひたすらシャットアウトしようとするのだ。でもこんどは連中、ネット枠 DOOMをフルボリュームで遊び出したから、集中するためにヘッドホンをつけて音楽をフルボリュームでかけなきゃなんなくて、それですらうまくいかない。というのも、言ったように、こいつら絶えず、歩こうとするというまちがいをやり続けて、おかげでぼくのデスクのものが全部はね回るからだ。

 土曜日で、自分の席にすわって、過去4ヶ月にわたってすばらしい景観のマウンテンビューのダウンタウンにある会社から3キロ圏外に出たこともないようなイリノイ出の飲んだくれいなか小僧に囲まれてる。

 あとで耳鳴りがしてくるだろう。ばかやろう、おれはもう 家に帰る。(ほら言わんこっちゃない――耳がホントに鳴りだした)。

9月のどっかの日、水曜、火曜、知るかバーカ。
夜中のすっごく遅い時間。

 呪われてる。もうダメだ。

ついに公開ベータを出すとアナウンスしちゃって、まだバグは山ほど残ってて、しかもそれはむずかしいバグばっかで、頭にくるハードウェア依存のバグばっか。内部ベータテスターは、SunOS 4.1.3システムの一部で起動時にクラッシュするんだけど、ここにほぼ同じシステムらしきものはあるのにクラッシュしない。そしてOpenWindows X サーバではテキストのスクロールがうまくいかないけど、ほかでは完璧。そしてキャッシュはまだドツボ。呪われてる。ダメだ。

 そして無人のフリーウェイでこの件に苦悶しながら車を走らせているときに、おまわりに気をつけるのを忘れてたもんで、スピード違反で切符をくらった。130キロくらい出してたんだけど、このオマワリ、ホントに130キロで切符を切りやがった、ちくしょうめ。制限速度 30キロ以上オーバーだから、つまりはたぶん出廷しなきゃいけないってことだと思う。こんなことの時間ないよー!

くそくそくそくそくそくそくそ
ダメだダメだダメだダメだダメだダメだダメだ

 明日は家にひきこもってたい誘惑。もうとことん燃え尽きてる。存在そのものが苦悶。

 今日、またもファッション撮影を10人ほどで。市民センターの外でやったんだけれど、カメラマンはかなりこっちにむかついてた。だれも興味を持ってなかったし、なかでも特に Middlefingerはね。

 おれたち、呪われてる。もうダメだ。

 転職用に履歴書でもつくろうか。でもぼくたちはまだ実際に何も出荷してないから、履歴書にも何も新しいことが書けない。

 これから家に帰って、泣きながら眠ろう。

1994年10月7日, 6am.

 あと4日で、ネット上でライブだ。

 もう、ぼくたちが呪われてるともダメだとも思わない。もういたるところバカ勝ちするしかない感じ。でも、それでもまだかなりおっかない。

 角のところに湧いて出たハロウィーン用品店にいって、巨大なトロールのクールなお面を勝ってきて、ぼくの仕切りのドアのとなりに段ボールの筒をたててそこに取り付けた。ガムテープやら、粒子の粗い拡大コピー写真となかなかよくあう。

 今日は LA Times かれレポーターがきてた。ぼくたちみんなにインタビューして、ロザンヌ(訳注:口の悪いテレビのパーソナリティ、アメリカの和田あきこ+野村サッチー)を後ろに従えてうろつく。ロザンヌは、機密情報を見つけるんじゃないかと気にしてて、だからなんか全体に不気味。彼女のきいた質問からして、たぶんこれもまた人間性とかについてのフワフワした記事になるだろうと見当。彼女はなんか汚れ話を漁ってるみたいだし、技術的な面はもうほとんど死ぬほど掘り尽くされてる。そういう話を今さら蒸し返す気もないでしょ。

 写真も撮ってったよ。数週間で出るって。ビジネス面のてっぺんか、あるいは一面に。おお。

 CNN が月曜にやってきてデモの撮影だって。CNN! すげえ。

 チョウクはきょうはトンデもなくピリピリしてて、いつもよりずっとひどい。かれが写真を撮られるのをいやがるのをネタにジョークを言ったら、いきなり爆発。

1994年10月10日 月曜日, 5pm.

 うん今日はいつもよりちょっと苛立ってる。細かい話はどうでもいい(どうでもよくない話がどこにある!)けど、今日は一日中あまりに苛立ってて、頭蓋骨が ぎしりの圧力でガタガタ言ってる。どうもついにストレスの限界に達して、そろそろガスケットを飛ばしそうな感じ。でも家には帰れない、だってもしぼくが帰ったら、世界の終わりがやってくる、でしょ? 仕事をしようとするけれど、数分ごとにタイプの手を休めて、思いっきりげんこつを握りしめて全身が震えるしかない。

深呼吸。吸って。吐いて。吸って。吐いて。吸って。吐いて。

ドカドカドカドカッ! うがあぁぁぁぁぁあああああっっ! 電話を引っこ抜け! 犬を殺せ!

 区画にはたたきつけるドアがない。ぼくはコカコーラと下痢止めを交互にガブ飲みしてる。でも役にたたない。

  ローラからのメール曰く「きみは急速にメルトダウンに向かいつつある。今すぐそこを離脱せよ」。彼女の話では、ぼくはオオバンを追っかけにいくべきなんだって。なんでも Shoreline社と SGI の北に保存空地があって、くねくねした道を突き当たりまで行くと湖があるとか。この湖のまわりには、オオバンっていう小さな黒い鳥の群がいる。泥干潟を小さな水掻きつきの足で走りまわって、追っかけるとその足がぺちゃぺちゃぺちゃって音をたてるんだって。そして本気でこいつらを怒らせると、ちっちゃな黒い羽つきコブタみたいにブーブーって鳴くんだって。

「これがもう、とてつもなく笑えんのよ」と彼女は約束してくれる。

 オオバンは生きるってことの意味を知ってる。ぼくもオオバンだったらなあ。

 魔法使いの先生、ぼくはハッカーよりオオバンになりたい。うんそりゃね。ときどきでっかいピンクの髪したゴリラに追っかけられて、湖にとびこむことにはなるけれど、でもさ、それがいまよりひどいなんて、ありえないでしょう。ちっちゃな微少な脳みそをして、何一つ心配しろとも期待されない。

 今日は夕食に、インド料理が出てきた。インド料理なんか大嫌い。なんか潰瘍ができたみたいだ。

1994 10月12日 水曜日, 11am.

 あれから二日、ぼくはまだオフィスだ。オオバンを追っかけにはいかなかった。とにかく仕事がありすぎる。死にたい。

 今日は Mozilla 0.9 のリリース。たったいまUnixプラットホーム6種類向けのビルドをやったところで、もちろんシャレにならないくらい致命的なバグが 9am に見つかる。バグをなおして、変更ログをじっとしっかりながめて、そしていまバイナリを全部ビルドしなおしてるとこ。これがあと30分ほどで終わって、そして FTP サーバにはその後1時間ほどで乗る。

 これは、言うまでもなく、イカレてる。

 ローラ曰く、もしビルドから出荷までに一時間しかないんなら、たぶんずっとあなたの言う通りだったようね、、だと。つまり、ぼくたちみんな、まちがいなく元気でしかも真に呪われきってるんだって。いま姿を消したら、みんなあなたがいなくなったと気がつくまでに、かなり遠くまで行けるわよ、とのこと。

 「元気でしかも真に呪われきってる」の段落をマネージャに送りつけてやったら、わざわざきて怒鳴りやがんの。

6pm.

 まだここにいる。みんなリリースを深夜まで遅らせることに合意したので、ちょっと余裕ができた。みんな 1:50pm にぼくの新しいビルドを試し出して、ぼくはそこで寝た。

2pm、たたきおこされる。

悲鳴で。

ビルが停電したのだ。

つくりばなしではありません。

真夜中。

 電気が戻って、ぼくたちはこのクソプログラムを FTPサーバにあげた。こっちが アナウンスのメッセージをポストもしないうちに、二百万人がいっせいにそれを同時にダウンロードしようとしはじめて、そしてこれで仕事は終わった終わったご苦労様で、あとはみんなめでたしめでたし、ってことなんでしょう。

 ぼくたちは会議室にすわって、Indy の 1 台にでっかいテレビをつないで、みんなで暗い中にすわって FTP ダウンロードのログがスクロールしていくのが見れるようにした。jg はダウンロードが 1 件完了するたびに大砲の音を鳴らす殴り書きスクリプトをでっちあげて(ハックして)た。ぼくたちは暗い中にすわって、爆発音をききながら歓声をあげた。

 4 時間後、ウォールストリート・ジャーナル紙が配達されて、そこにはぼくたちがいま何を成し遂げたかを書いた記事がすでに出ていた。「クライアントはどのみちお金のある場所じゃないですし」というマークのせりふが引用だ。

 ホントならここで家に帰りたいけれど、 なずに家まで車を走らせられる気がしないから、かわりにまた机の下にうずくまって、ここで寝ることにする。

結局呪われてはいなかったのかも。ネット上のみんなは、Mozilla のことを大文字の強調つきで、感嘆符てんこ盛りで語っている。みんなホントに興奮してるぞ……

 たったいま、右手首の内側にVOID: と書いた紫のインキがついたままなのに気がついた。先週でかけたコンサートの入場スタンプだ。ここを出て、ショーを見て、そしてそのまますぐここに戻ってきた。そしてそれ以来ずっとここだ。

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