ドン・コルレオーネ。

© 2000 Jamie Zawinski <jwz@jwz.org>
don corleone.


で、友達とぼくとで、いっしょに バケーション に行こうぜ、ほかにも友達いっぱい誘って、てなことを話していたわけ。こいつとはずいぶん長いつきあいなんだけれど、でも最近かれはインターネット起業でお金持ちになったんだ。前からハイで精力的なやつではあったけれど、でも最近のこの出来事のおかげで、もう過剰な自信が屋根をつき破らんばかりになったらしい。

とにかくまあ旅行の準備をしていて、なんやかんやでこいつの自転車がうちにあるという状況になった。だから電話して、こいつをうちから本来あるべき場所に移動させるにはどうしたらいいか相談しようと思ったら、向こうのボイスメールにつながった。まあぼくも出かけるところだったので、こうメッセージを残した:「ま、これはそっちの問題ってことで、だから取りにくる時間については、こっちと調整してくれよな」

 すると返事がきて、これがかれの問題だと言うのは不公平だ、なぜなら自転車はおまえの家にあるのであり、したがってこれは「われわれ双方」の問題なのだ、という。そしてかれは、そこからえらく長ったらしい演説に入った。そういうことにしといたほうがいいよ、きみだってそのほうがいいはずだ、なぜならそうすればこの旅行中にきみは自分に対してポイントを稼ぐことができるわけであり、しかも自分こそはこの集団の生命力とも言うべき存在であり、したがって自分に貸しを作っておくのは実に賢明でありうだうだうだうだうだ。ぼくはこう言った。

「だからそうやって恩着せがましいことばっかやってないでさぁ、たまには一言『お願いします』って言ってみたら?」

かれは一瞬だまった:なにやら面食らったらしい。そしてやっとこう言った。

「これがぼくなりの『お願いします』なんだよ」

そして一言で、それがまさにこいつのいけないところなのね。かれの人間関係ってのは権力関係に基づいてるのだ。かれはなにやらドン・コルレオーネ式の幻想にひたってて、自分がなんかゴッドファーザーみたいな存在で「いつの日か、といってもそんな日がくるかどうかもわからんが、あんたに一つお願いをすることがあるかもしれん」とか言いたいわけ。とにかく貸しをつくるのが大好きだった。とんでもなく気前はいいけれど、でも必ず「自分が」こっちになにかを「あげて」いるんだというのをはっきりわからせてくれる。かれの気前よさがすべてひもつきなのは、だれにでもわかったし、これをいやらしいと思ってるのはぼくだけじゃない。

 これについて、一度こいつと話しあおうとしてみた。おまえ、人間変わったよ、ほかの人への態度も変わっちゃったよ、と言って。こいつがよく口にした目標というのが、世界中を旅行して、一つの街に数週間いてから次の街へ移って、そしてこれを数年間続けることなんだって。わけがわからなかった。ちっともおもしろそうじゃなかったからだ。だってそれだと、どこへ行ってもよそ者でしょうに。だれとも数週間以上は知り合いになれないんだよ! 昔の友達にもほとんどあえないし、だれとも親身なつきあいはできない。そんな時間はないもの。

 かれの言い分だと、最新のお気に入りドラッグ(エクスタシー)がもたらしたキラキラの 知恵のおかげで、人が自分を利用しているのか、本当の友達なのかを区別できる超人間的な能力が身についたんだって。だからおべっか使いが集まるような危険はないとか。つまり、昔よりずうっっと人間ってものがわかるようになったわけ。そしてこの驚異的な薬物による共感能力のおかげで、ほかの人の1/10の時間で友情が築けるようになったんだって(「何時間ツラをつきあわせてたかなんて、真の友情には関係ないだろう」とかれ)。だから、世界中をとびまわって、数日、数週間だけ会ったきり二度と会わないような人とツルんでまわるだけでも、永続的な友情が築けないことはないそうな。それは深い、永遠の友情で、ただたまたま数週間しか続かなかっただけ、というわけ。

そしてそっからさらにひどいことになった。こいつはドラッグの売人になっちゃったんだ。いや、「売人」というのはたぶん正しくないな。別に人からお金をとったりしなかったから。でもかれは、ドラッグをその友達と称する連中に大量に提供すると、みんなさらに借りができたような気持ちになるか、少なくとも身のまわりに侍ってくれるようにはなる。浅はかな友達や、わざとらしい知り合いや、グルーピーや取り巻きを集めるのに、これ以上効率のいい方法はないよね。

 ある時点で、かれは組み立てラインみたいなものをやっていた――一晩でかれがドラッグを供給している相手が 20 人とか 30 人とかいて、それがみんな、そいつのRVに押し寄せてクスリをもらおうとする。するとそいつはみんなをけり出して、一人ずつ順番に入ってこい、と言うんだ。かれのピカピカのガールフレンドがドアのところで「次!」と言って、するとだれかが入ってくる。「何がほしい?」「エクスタシー 2 つと、それから LSD 半分」するとこいつがそれを、巨大なキャンデー入りジップロック式の袋から引っ張り出す。「おぅ、恩に着るぜ」と、その晩のかれの新しい親友が言うわけ。

 だれかが前に言ったことだけれど「一部の人の脳味噌の配線って、なにかある『お金閾値』を越えるとなにやら完全にどうしようもない脳なしみたいなふるまいをしたくなる、いやそうしなきゃいけない道徳的な義務を感じちゃうような、そんな回路になってるみたい」。

このかつての仲間とは、もう一年以上も口をきいていない。どうやらまだ電柱に抱きついてまわるほどエクスタシーで頭がいかれる段階にはきてないらしい。

 よい子のみんな、ドラッグに手を出しちゃいけないよ。学校もちゃんと卒業しような。

 これは何度も何度も繰り返されるのをぼくが見てきた中の、ほんの一例にすぎない。ほかのは必ずしもドラッグがらみではないけれど、必ずお金がらみだ。

 こういうイカレた若者が何百万ドルも儲けて、でも相変わらず前と同じ ごみために住んでる、といったおとぎ話は読んだことがあるはず。儲けた金を全然使わずに云々とか――そんな記事も読んだろう。でもね、ぼくの経験からする限り、これはひたすらウソ。ぼくはそういう即席金持ちをたくさん知っている(ネットスケープからも、ほかの企業からも)。そして基本的には、もうそういう人とはだれも口をきかない。お金がその人たちを変えて、かなりいやな連中にしちゃったからだ。腕時計に 100 万円も払って、それを自慢してまわったり(しかもいっしょうけんめい、自分は自慢してませんってなふりをしつつ)。自分の価値ってものに対する感覚がもう非線形になっちゃった人たちとか。証券会社の口座明細を見るときに、そこにたどりついたのは、自分の技能のおかげの部分もあるけれど、でも単についてたってことのほうがものすごい割合だってのを忘れちゃうんだ。こういう人たちのほとんどは、よい製品を作ったのに結局失敗した会社になんか勤めたことがない。能力は普通は必要だけれど、でもそれだけじゃ絶対に不十分だっていう事実をまったく理解していない。

 それと最近になってわかったことだけれど、ぼくはそもそも金持ちってやつが嫌いなのだ。

 これはずいぶん不便ではある。だってぼくの友達はみんなまだ金持ちになってない人たちだってことで、つまりみんな 昼間の仕事があって、だからそうそう遊びに出てこられない。これが大きな理由になって、ぼくはまた めんどうごとをしょいこんで、あたらしい会社を始めた。別に働きたかったからじゃなくて、昼間にほかにすることがなかったから。まあつまりは、ぼくが内なる Slackとの結びつきが不十分だってことかね。

 ぼくはずっとみんなに、お金でぼくが変わったかどうか尋ねてまわっている。でもみんな、いいや、おまえは相変わらずのむかつくろくでなしだぜ、と保証してくれる。というわけで、まあ少なくともそれはそれってことで。


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