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●3. 地域通貨経済が不況になったら……

 そして最後に、地域通貨が特にいまの通貨システムに比べて経済をうまく運営できるかどうかはわからない、ということ。これについては、まずポール・クルーグマンが引用している、キャピトルヒル子守協同組合の話を読んでほしい。

経済を子守りしてみると。

 これはクルーグマンがあちこちで引用している話だから、読んだことのある人もいるだろう。さて、ここでの子守りクーポン(もとのやつね)の仕組みは、各地の地域通貨とまったく同じだ、ということはすぐにわかるだろう。要するに、みんなが自分の時間/労働をクーポンにして流通させるわけだ。それは交換できるし、またためておける。

 そして、それは不況に簡単に陥る。

 この物語が、地域通貨の多くにとって持つ意義を考えてほしい。みんながちょっと先行き不安に陥ったら、ちょっと手許の通貨を増やそうと思ったら、それだけで地域通貨はシステム全体が停滞に陥るということだ。そして地域通貨の多くでは、これに対して打つ手はまったくない。急に流通が止まって、何も動かなくなったとき、おそらく始まるのは、責任のなすりあいだろう。地域通貨の多くは、なにやらとても倫理的・道徳的な理念をベースに動いている。人間の交流の促進とか、人を非人間化するいままでのお金へのアンチテーゼとか。それが失敗したときに始まるのは、まちがいなく悪者さがしだ。みんなが人間的な交流をないがしろにしたとか、だれかが堕落して道徳性を失ったからだとか。そうなったとき、その地域通貨コミュニティは一瞬で崩壊するだろう。もっとひどいことが起きるかもしれない。ヘタすりゃ集団リンチとか。考えすぎかもしれないけれど……でもどうだろう。

 一部の地域通貨は、これを認識している。かどうかはわからないけれど、これ(というのはリンチではなく不況ね)に対するメカニズムを持っている。時間がたつにつれて価値が目減りすることで、流通を促進しようとするルドルフ・シュタイナーが、地域通貨に近い概念を考えたときの「若いお金」「老いたお金」というものを実現しようとしているわけだ。これはつまり、金利がマイナスだ、ということなのね。お金が目減りするから、早めに使いなさい、というわけだ。実際のお金でこれをやるのは、インフレだ(だからこういう地域通貨は、クルーグマンが日本経済に対して提案しているインフレ目標の設定というのを実際にやっているわけだ)。みんなの使い方が足りないようなら、目減り率を上げればいいんだが……ただし、その地域通貨の管理人たちは、目減り率を調整して流通を促進するようなことまでするかな? ぼくはみんなそこまでわかっているとは思えない。さらにそれがみんなの理解を得られると思う?

 そしてもう一つ、最初の論点に戻る。もしこの子守り組合のだれかが、画期的な子守り技術を開発して、子供100人同時に面倒見られる完全自動化子守りロボットを作った(または買った)としよう。何が起きると思う? その人は、すべてのクーポンをいずれ手許にため込むことになる。クーポンをもらう一方で、まったく使わなくていいんだから。そしてそのとき……このシステムは崩壊する。子守り以外のものにこのクーポンが使えるようにしたら? その場合には、まず交換のための価格を決定する市場メカニズムが必ず必要になってくるんだが……いまの地域通貨の多くは、そこのところがかなりうやむやのむにゃむにゃだ。パンと散髪とは、どういう交換レートで取引されるんだろうか。ぼくが見たいくつかの本では、そこのところはよくわからなくて、なんか自分のつぎこんだ労働見合いでみんなが適当に決めるみたいだ。でも交換が高度になってくるとそれじゃすまない。さらにそこから経済全体の生産力にあわせた通貨量の調整がどうしても必要になってくる。でも、いまの地域通貨は、それができないようだ。そしてできたら……たぶんそれはもう、ふつうのお金の一種になるだろう。


●4. まとめと、もしかしたらの可能性

 まとめよう。ぼくの乏しい知識の範囲内では、地域通貨はまず1.5世紀ほど前の、地域ごとのいろんな機関がいろんなお金を発行していた時代への逆行だとしか思えない。それは別に、特にいいものでも悪いものでもない。さらに、それはそもそも金利というものの考え方の誤りに基づいた、情緒的なものがベースになっているのではないか。技術革新とか、もっと簡単にいえば人間の工夫とか、そういうものを考慮しない、停滞した横這い社会が前提となっている。いろんなサービスや財の関係を決める価格決定メカニズムもあやふやで、みんなの工夫を反映できない。今後の人口減少世界ではそれでもいいのかもしれない。が、どうだろう。さらに、その運営の仕方によっては、不況にだって平気で陥るし、そうなったときにそこから脱出する手段をいまの地域通貨の多くは持たない。そして情緒的なものがベースになったコミュニティは、危機に対して情緒的な対応をするだろう。それはかなり怖いかもしれない。

 ぼくの地域通貨理解はまだまだ不十分なので、実はこういう問題点が解決できているのかもしれない。が、ぼくはあやしいと思う。これが解決できているなら――それはふつうのお金と同じだからだ。地域通貨というものを設定する意味はそもそもまったくなくなってしまうからだ。

 ただし、その成否は時と場合によるのかもしれない。たとえば、アルゼンチンではこれがうまく行っているという。これはあくまで予想だけれど、これはアルゼンチンの実際のマクロ経済の硬直ぶりを、地域通貨が補っているのかもしれない。アルゼンチンの通貨は、米ドルとリンクしていて、だから柔軟なマクロ経済運営ができない状況になっている(そしてそのドルリンクも、かなり危機的な状況になってるようだね)。だからその硬直性を補うために、地域通貨がある種の流動性を提供しているのかもしれないね。ぼくはたぶんそういうことだと思う。

 そしてその意味で、日本での地域通貨は(もっと普及すれば)別の意味を持つかもしれない。現在の日本経済も、ゼロ金利で日銀もデフレ解消以上のことを目指す気はないようだ。もし日本経済が本当にクルーグマンの言う通りインフレ期待(つまりはマイナスの実質金利)を必要としているなら、地域通貨は経済が独自にインフレを作り出す手段として、実はちょびっと有効かもしれない、ということは言える。地域通貨のメリットをそういう風にとらえた例はみたことがないけれど、ぼくはそれが可能じゃないかと思う。ただしそこまでの有効性を持つためには、いまみたいなちんけなものではとうてい話にならないし、そこまで拡大すると本来の地域通貨の意義がどこまで保てるのか、というのはこれまた疑問ではある。


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