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山形浩生の『ケイザイ2.0』

第21回 マイクロファイナンスと、高利貸しのポジティブな役割
――バングラデシュのグラミン銀行の場合


 最近、かの悪名高い2chにスレをいくつか立てていただいていて、罵倒されたりヨイショされたりしてそこそこ楽しいのだけれど、その中でふとこないだバングラデシュで話をききにいったマイクロファイナンスの話をしたら、おもしろがってる人も多少はいたようだ。ふーん、思ったほど知られていないんだな。

 というわけで今回は、そのバングラデシュのグラミン銀行をはじめとするマイクロファイナンスの話だ。ただの紹介だから、知ってる人には目新しい情報はないので読まずにいてくれてまったくかまわない。

 マイクロファイナンス。これはいま、世界の貧乏人対策の希望の星の一つだ。世界中がこの方式に注目しているし、またかなりの成功例もいっぱいあって、やりかた次第ではかなり有効そうだということで、いろんなところで導入されようとしている。何をするかというと、要は貧乏人にお金を貸してあげようということだ。ふつうの銀行では規模が小さすぎるし担保も何もない貧乏人なんかにお金は貸してくれない。それを貸そう、というもの。そうすることで、元手がないから商売を広げられない、商売を広げられないから元手がいつまでもできない、という悪循環に陥っている貧乏な人たちが、自力でそこから脱出できるようにしてやろう、という仕組みだ。

 これをいちばん最初にやったのは、バングラデシュの経済学の先生だったムハンマド・ユヌスという人だ。この人は数年前に来日したし、自伝は邦訳もあるし、おもしろいから読んでみるといいよ(『ムハマド・ユヌス自伝 貧困なき世界をめざす銀行家』 http://www.bk1.co.jp/cgi-bin/srch/srch_detail.cgi/?aid=&bibid=01587446&volno=0000)。この人は、バングラから海外に留学して経済学の先生になって帰ってきたんだけれど、経済学の講義をしているすぐ外の通りでは、飢えたホームレスたちが乞食をしていて、そのギャップにすごく心を痛めていた。自分の習ってきた経済学なんて、何の役にもたたない机上の空論じゃないか。

 そういう人たちと話をするうちに、かれは貧乏な人たちが、商売の元手がないから貧乏から抜け出せないんだということを知るようになる。商売用の自転車を買いたいけれどお金がない、という男。家具つくりをしているけれど、その道具を買うのに高利貸しで借金をしたので、その返済で手元に利益がぜんぜん残らない、という女性。そういう人たちに、ユヌス教授は、ポケットマネーからほんの2000円とか3000円とかを貸してあげた。すると、みんなそれでちゃんと商売道具を買って、商売をして収入をあげて、きっちり耳をそろえてお金を返してくれた。 

 金融の常識からすると、これは驚異的なことだ。貧乏人は、なんせ貧乏だから、担保になるものなんか持っていない。すると、お金を貸しても商売に失敗したらとりっぱぐれる。さらに、貧乏人は何も持っていないから、お金をきちんと返そうという意志が低いんじゃないか、というのがふつうの銀行の発想だ。どうせ失うものがないんなら、その貧乏人たちは借りた金をぱーっと使ってしまって、あとで「無い袖はふれねーよ」と開き直る可能性だってある。いや、その危険はきわめて高い、というのがふつうの金貸しの常識だ。さらに、そもそも貧乏人が貧乏なのは、才覚がなくてお金もうけもできないか、返すお金に手をつけないくらいの自制心すらないからじゃないか、という(暗黙の)考え方がある。

 ところがいまのユヌスの体験というのは、この常識にことごとく反している。かれらは返す意志はあった。ちゃんとそれを使って商売をするだけの才覚があり、返すべきお金をちゃんと返すだけの自制心も道徳心もあったわけ。

 そこでユヌス教授は、これをもっと大規模にやろうと思いつく。まず数人をまとめて自分が保証人になり、銀行から融資を受けさせるようにした。そしてそれがうまくいったので、かれは自分で銀行をつくる。土地を持たない、特に女性を中心とした貧乏人専門にお金を貸してあげる銀行。それが開発援助の世界では知らぬもののない、グラミン銀行だ。


●グラミン銀行だって慈善でやってるわけじゃない
 さて、マイクロファイナンスというと、必ずこのユヌスの話が出てきて、ほらごらん、貧乏人こそは正直で、お金をきちんと返すのです、従来の銀行や経済学の、ハイリスクハイリターン(というのは、リスクの高い投資や融資は、高い見返り、つまりは金利をとらなきゃやってられないよ)という常識がいかにまちがっているかがよくわかりますね、なんて言う人がいる。そして貧乏人に積極的にお金を貸すなんてすばらしい博愛精神、なんてことを言う人もたまにいる。

 でもこの話をきいて感動している多くの人が誤解していることがある。それは、別にグラミン銀行だって慈善でやってるわけじゃない、ということだ。いやいや、かれらだって基本は営利企業。しかも、かなり儲かっている営利企業だ。バングラデシュに行って、グラミン銀行を訪れてみると、そこは巨大なグラミンビルだ。立派だよ。中でつとめている人は、ぼくなんかよりずっといいラップトップをつかってやがる。生意気な。

 そして、お金を借りている貧乏な人たちは、別にだまっててもホイホイとお金を返してくれているわけじゃない。また、グラミン銀行も、そんなに甘いところじゃない。かれらはかれらなりに、ちゃんとお金が戻ってくるような手だてを講じている。

 それは相互監視システムだ。

 いまのグラミン銀行は、一人で「金貸して」と言ってもお金を貸してくれない。必ず五人組みたいなグループを組織させる。そいつらにそれぞれ一定額の預金をさせることもある。そして、その5人の中のたとえば2人とかにまずお金を貸して、でも返済はその5人の連帯責任。返済は、毎週取り立て人がやってきて、その5人を集めて連帯で返済させるのだ。借りてる人が返せないと、残りの人たちが血相変えて、おまえの努力が足りない、商売をああやってみろ、こうやれ、と相互に指導をしあったり、営業をだれかが引き受けたりとやって、とにかくそいつが返せるようにもっていく。さもないと最終的には自分たちがツケを払わされる。

 確かにこのシステムはすごい。バングラデシュでは一般の銀行の融資の数割がこげついて不良債権化していると言われるけれど、グラミン銀行の利用者は、期日通りの返済が九割を超えている。でも、それは貧乏人が正直だから、かどうかはよくわからないし、グラミンもそんなのをあてにはしていない。

 これが成立するのは、グラミンがさっきも言ったように、もっぱら農村部の女性をねらっているからだ。コミュニティがあるため、相互監視がよく効く。さらに、家庭があるので女性は逃げられない。だから村八分にならないためには必死で働くしかない。それと、みんなのローンみたいな消費用の融資じゃなくて、商売用の融資が基本だからこうなります。でも、人によってはとてもきつい立場に追い込まれることはある。これまでは借金取りにいじめられたら、みんなが同情してくれただろうけれど、こんどはそのみんなが借金取りになってるんだから。「グラミンなんか使わない、あんなところで借りたらおしまいだ」というような声も一部にはあるそうだ。

 そしてユヌスの自伝にも書いてあるけれど、グラミンは無理矢理お金を貸す。さっき、女性をねらって融資する、と書いた。バングラデシュの多くの女性は、女はお金なんかさわらないものだと思っている。それを、グラミン銀行はまずオルグ部隊を送り込んで、お金を借りるとどんなにいいことがあるか、というのをことば巧みに説いてまわる。そして半信半疑の女性たちを集めて、とにかく貸してしまう。確かに、これは賢い。お金になじみのない女性は、お金の使い手を知らないし、どこで使うかも限られている。なまじお金を持ったことがあって、カラオケ行こうとか、遊びにいこうとか、そういう誘惑を知ってる男よりも散財リスクは少ない。でも、これをいいことと思うか、悪いことと思うかは人によって意見がわかれるだろう。結果としてみんな返せているんだから、そこにはポテンシャルはあったんだろう。でも、そうやって無理に貸すのはいいのかな。これで失敗していたら、たぶんめちゃくちゃ言われただろう。そこらへん、どう判断しようか。


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