HotWired Japan Frontdoor / Alt Biz back Numbers /
Alt Biz
-------------------------------------------------------------------------------------
 山形浩生の『ケイザイ2.0』

第16 回 「まとも」なニューエコノミー論、トホホなニューエコノミー論


 やあみんな、ニューエコノミーを実感してるかーい? オールドエコノミーのほうは、まだドツボの不況の中だけれど、ぼくたちニューエコノミーの人たちは、もう景気絶好調だ。みんな、照明通信と軟らか銀行の株でウハウハだぁ! 21世紀はもう、古い経済の考え方なんか通用しない。パラダイムシフトして新しいニューエコノミーじゃなきゃグローバル競争で生き残れないぞぅ!
 ……なぁんてわけねーだろが、オロカモノメ。ちなみにぼくは、ジョージ秋山の『デロリンマン』に出てきた、オロ仮面というのが好きだったのだ。オロカモノメ!

 そう思ってたら、ほーら言わないこっちゃない。Nasdaq暴落で大やけどこいた人が続出。そろそろみんな、頭が冷えたかな? おちついて考える余裕ができたかな? というわけで今回は、この「ニューエコノミー」というのをちゃんと見てやろう。いったいこれは、どういう議論なんだろうか。


1. ニューエコノミー三態

 ニューエコノミー、というのも実は千差万別で、別に定義があるわけでもなんでもない。たいがいの人は、自分が何をいっているのかわかっていない。いくつか目先の現象を見て、なんかコンピュータとかインターネットとかeなんとかとかビット云々とか、わけもわからず唱えている連中がほとんどだ。でも、少しはまともな議論もある。賛成できるかどうかはともかく、一応理屈になっているものがある。そういう議論と、ただのうわっついたおしゃべりとは切り離して考えなくてはならない。


1.1 ニューエコノミーその1:インフレと経済成長

 というわけで、まず純粋に多少なりとも基盤があるな、と思える議論。これは、経済成長とインフレの議論だ。これまで、経済成長が加熱しすぎるとインフレになる、というのが定説だった。成長するには、人もいる、モノもいる。人やものが増えれば、その置き場だっている。それが取り合いになれば、値段があがる。すると物価高、というのが相場だ。
 ところがいまのアメリカは、失業率は低い。経済はそこそこ成長している。それなのに、インフレは低かった。どうも、いままでとは経済の構造が変わってきたんじゃないか。

 これがニューエコノミー議論のベースだ。これには一応、アメリカの低い失業率と低いインフレの両立、という根拠がある。

 しかし。この点については、「New England Economic Reviewの1999年1,2月号 (*1)」とか、しばらく前から詳細な検討が出て、疑問の声があがっていた。いろいろ見ていくと、この5年くらいインフレになっていないのは、原油価格が下がったりしたのが大きな原因。そういう外的な部分を除くと、実はちゃんとインフレになっている、という話。だから今年頭くらいに原油価格の上昇が、ものすごく心配されたわけ。これが続いたら、実はアメリカもインフレ傾向だってことがはっきりしちゃうから。
 そしてこの4月。アメリカも実はインフレ気味であることが発表されたとたんに、Nasdaqは暴落した。やっぱインフレになるのか。やっぱりニューエコノミー論というのは眉唾なんじゃないか。いまはそういう雰囲気だ。もちろんインフレも一時的なものかもしれないし、確定ではないんだけれど。でも、前ほどの自信はだれも持っていない。

参考文献:
*1 Brinner, Roger E. "Is Inflation Dead?" (New England Economic Review Jan/Feb 1999, Federal Reserve Bank of Boston)


1.2 ニューエコノミーその2:情報技術と景気のサイクル

 ニューエコノミーということばは、もう一つの意味で使われることが多い。それは、情報技術のおかげでこれまでの景気のサイクルがなくなる、という議論だ。
 これまでの経済は、景気のいいときと悪いときが交互にやってきた。この理由の一つは、需要と供給の調整に時間がかかるってことだ。
 たとえば、なんかのはずみで急にある年だけ、花火がものすごくはやったとする。花火屋さんはみんな調子にのってビルや工場を造ったり、人をやとって事業を拡大したりする。でも、ビルはすぐにはつくれないし、人も新卒が出てくるまでに時間がかかる。すると、いまあるビルがどんどん値段があがる。みんな高賃金で他のところから人材をひきぬきにかかる。すると、たとえばビル開発業者とか「お、なんかビル作れば儲かりそう!」とか思うし、企業は給料あげたりしてなんとしても人を雇って置こうとする。
 ところが花火ブームがすぐ終わった。作っちゃったビルはそうそう壊せない。賃金カットだってむずかしい。結局、空いたビルはずっと空いたままか、あるいは値下げ競争に陥って共倒れ。人は窓際族になって、だんだんリストラされてって、でもなかなか再就職できずに失業、いつまでも不況が続く。
 さて要するにこれは、最初のところでみんな、この好景気が一時的な花火ブームのせいだというのを見極めてれば、こんなことにはならなかったわけね。ところがインターネットや各種情報機器がでてきて、昔より情報が集めやすくなった。そうしたら、「なんだ、これは一回限りの特別なことなんだ、その後は前と同じなんだ」というのがわかり易くなるじゃないか。すると、あわててビルをこしらえたり、入りもしない人を雇ってあとからバブル人材呼ばわりすることもなくなるだろう。そして情報システムでみんなジャストインタイム生産できれば、必要なものを要るときだけ生産できるようになって、一時的な需要の変動にだってすぐ対応できる。だから、もう昔みたいな需給サイクルに右往左往しなくていいのだ! バブルもないし、その後遺症で悩むこともない新しい経済がやってきた! これがニューエコノミー論その2。

 さて、これも理屈はわかる。でも、これまた本当かな、というのはよく考えてみる必要がある。ある現象が一回限りかどうか、そんなにはっきりわかるかな? たまごっちブームくらいなら、まあ一過性だとわかるかも。でも、たとえばネット株ブームはどうだろう。あるいはバブルをみんな見通せたかよ。あれが、情報インフラが整備されてインターネットでみんなモバイルしてたら避けられてたと思う?
 まさかね。さらにジャストインタイム生産も、ビルとかだとそうもいかないでしょう。
 したがって、この議論も、はっきりしない。はっきりしないけれど、部分的にはたぶん可能だろう。部分的には成立する局面もあるだろう。そういう意味で、これはまあまあ議論として納得のいく(部分もある)ニューエコノミー論だ。でも、それがそんなに決定的に大きいか? これはかなり疑問だ。


1.3. ニューエコノミーその3:おちゃらけ

 そして最後に、ニューエコノミーということばをまったく無意味に使う人たちがいる。インターネットベンチャーがたくさん出てきてなんか目新しいことが起きてて、あれやこれやでこれまでの経済とは話がちがってさらに収益逓増の複雑系がどうしてこれまでの常識は通用しないからニューエコノミー、というような、何をいってるのかさっぱりわからないものだ。困ったことに、いちばん多いのはこの手合いだ。

 これは……議論でもなんでもないただの気分だ。だから説明のしようもないし、反論しようにも反論のしようがない。上にあげた、インフレと経済成長の関係や、需給のずれによる経済サイクルの議論は、一応は理屈はあるけれど、これには理屈は何もない。でも、世の中の論調はほとんどがこれだ。  これに理論的に対抗しようと思えば「どうしてぇ?」「なんでぇ?」「証拠わぁ?」と言い続けるしか手はない。が、言ってもこれは信仰の一種なので、相手が納得するはずもない。CPU処理能力は1年で倍増し、とかWindows2000が出荷で、とかXXXX社のIPOで大もうけとか、YY社はストックオプションですごい、とかAmazon.com大躍進とかe-ビジネスの衝撃とか、個別と全体をごっちゃにした支離滅裂な話が次々に出てくるだけだ。そして、かれらの信仰を支える「情報関連株は、こぉんなに上がってるじゃないか!」という一言だ。

 そしてそれが崩れたさまは、ぼくが今更いふべきにもあらず。いまの論調を見てごらん。みんな、ホントにきいたふうなことを言う。やっぱりユーザーニーズに応える、競争力のある価格で高度な商品やサービスを提供する企業が重要で云々。なんだ、それじゃなにも新しくない。昔ながらのふつうの経済ではないの。これまでの株価は異常で、淘汰の時期に入ったのなんの。この一派は、まあもとからまともな理屈があるわけじゃないから、ブームが終わればいつのまにか消え失せるだろう。


2. トホホな高木式ニューエコノミー

 さて、先日ぼくの隣で高木文堂という人が連載を始めている。題して「日本のニューエコノミー」だ。このニューエコノミーは、上の中のどれだろうか。1は関係ない。2の議論もない。すると残念ながら3しかなくて、しかもかなり質の低い3だ。

 これについてはすでに、以下で罵倒されている。ここに書いてあることはすべてその通りだ。

http://www.netpassport.or.jp/~wkryoji/20000401_0410.htm#20000404

 そしてこういう個別の論点以上に、そもそもかれの基本的なストーリーがまったくのトンデモなうえ、そこから出てくる結論が実につまらないのね。

 「冷戦が終わって世界が構造変化したために、モノ不足経済からモノ余り経済になって、これでパラダイムシフトが起こった」というのが連載第1回のかれのメインの主張だ。でもなぜ冷戦が終わるとモノ余りになるのか? 東西が統合されて、供給(生産能力)も倍増、お客も倍増したと思ったら、実はお客のほうの元東側の連中は貧乏人ばっかで、だからお客は増えなかった。だから生産能力だけが倍増されてだぶついた、というのがかれの説明なんだ。

 でも、そんなわけないではないの。まず需要は、東欧の貧乏人だってなにかしら消費して生きていたわけでしょう。冷戦後も同じように生きている。全体として見たら、冷戦が終わっても需要はもとのままだ。さらに生産。実際にはむしろこれまで無理して生産を行っていた東側の生産設備が完全にスクラップ化。単純に冷戦の影響だけみたら、生産力は下がっているだろう。あんた、ホントにこれでもと外務省? 大丈夫か、日本の外交は。

 さらに高木の主張では、いま余っているのは旧東欧のクズ商品じゃなくて、日本がこれまで作ってきたような高品質な商品なんだ、という。そんなものどこに余ってるの? 東欧のほとんどでは、あと5年はそんなもの作れませんぞ。西側諸国は冷戦後にいきなり生産設備を倍増させたりしたか? そんなことは物理的に無理だし、実際にもやってない。というわけで、高木の言う「モノ余り経済」なんてどこにもありはしないのだ。

 さらに、モノ余り経済になってパラダイムシフトだ、と高木は言う。その中身は? 顧客主導、顧客重視、だって。ほほぅ、そりゃすごい。

 でも……顧客重視とか顧客ニーズへの対応って、パラダイムシフトか? 昔からあるあたりまえのことでしょうに。

 これまではアメリカ式大量生産、日本式の品質重視だったけれど、それがパラダイムシフトで顧客重視、という。でも大量生産だって品質重視だって、顧客のニーズに応えるための手段でしょうに。ものを売る、サービスを売るには、常に売り手と買い手がいて、買い手が首を縦にふらなけりゃ(インドなら、横に傾けなきゃ)商売は成立しない。顧客ニーズに応えるなんて、この世の取引すべての基本でしょ。世界構造の変化だのパラダイムシフトだのとは何の関係もない。ドラッカーが30年前に、顧客創造の重要性を指摘した、と高木は言うけれど、30年前は冷戦終結なんかしてなかったでしょうに。

 要するに、商売できてるってことは、あらゆる企業はなんらかの顧客ニーズには応えていたわけ。でもちょっと売れて天狗になっちゃったり、しばらくやってるうちに「老舗の看板が」とか言って保守的になる。そしてつぶれる。それじゃダメだからお客さんの声をもっときいて、敏感に反応しなきゃダメよ、くらいの話が顧客重視。パラダイムシフトって、まあ世間的な主流意見が天動説から地動説に変わるくらいの話だけれど、この「顧客重視」にそんなすごい変動がある? ないでしょう。いや、大事ではあるんだけれど。

 ついでに言えば、世界経済の過去10年での注目点といえばアジアの躍進なんだけれど、それが一言も出てこないのもオドロキ。もう一つ、経済構造の話では、サービス経済化というのが見逃せなくて、ITとかが効いてくるとしたらサービス改善のほうだ。Amazon.comは、本を売っているんじゃなくて、「本を売るときのサービス」を改善して売っているのだ。そうでしょ? ところが、高木エッセイはモノを売るの話ばかりで、サービスってことばは一言も出てこない。ふるーい。ダメじゃん。

 というわけで、冷戦が終わって世界はちょっとは変わったけれど、それで物余り経済なんてものへの転換は起きていない。そして、顧客重視なんてそもそもこの世の商売の始めから存在していることで、パラダイムシフトでもなんでもない。情報関連や一部のeコマースがらみで好調な企業がいることは認めよう。インターネットを利用したマーケティングにいろいろ工夫の余地があるのは事実だろう。でも、それならそれでもっと堅実な話をしよう。世界構造の変化だの、パラダイムシフトだの、大仰な(しかもまちがった)話で箔をつけようとしなさんな。さあみんな、日本のニューエコノミーを実感してるかーい? オロカモノメ! ぼくはまったく実感していないし、みんなも情報株暴落を期に、そこらへん一度、よーく考え直していただければな、と思う。



-------------------------------------------------------------------------------------
Alt Biz back Numbers

ご意見・ご要望は編集部
go to Frontdoor

Produced by NTT Resonant Inc. under license from Wired Digital Inc.