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 山形浩生の『ケイザイ2.0』

第15 回 情報の消費者and規制の意義


 前回ぼくは、NPO/NGOをあまり盲目的に礼賛するのはやべぇぞ、という話を書いた 。書いた内容は、比較的常識論でまとめてあったつもり。あれがNGO/NPOじゃなくて 「企業」とか「政府」とかなら、だれも文句はつけなかっただろう。でも、NGO/NPO に対する期待というのは、いまはちょっと非常識なところにいるとぼくは思うし、だ からこそあの文を書く意味もあった。

 それに対して、残念ながら予想通りというか、あれがお気に召さなかった人たちも いた。それが以下の2つだ。

http://www.linelabo.com/bk0003a.htm(3/4の記述。前田年昭)
http://www.hituzi.co.jp/altcommu/hot-index.html(松本功)

 論旨はどっちも、山形は具体的にNGO/NPOが悪さをした例を挙げていない、という こと。さらに前者の前田年昭の文では、悪さをした例があがったとしても、それがNP O/NGOのシステムだけから生じることを論証していないとダメだ、ということになっ ている。

 今回ぼくが言いたいことは(ちょっと経済から離れるけれど)二つある。一つは、 このインターネットの時代における「読者」の役割ということ。そしてもう一つは、 規制というもののそもそもの考え方についてだ。ついでに前回の補足もするけど、そ れはあくまでおまけだ。


●ネット時代の読者と情報消費者

 さてまず、ぼくの前回のこのコラムは、NGO/NPO告発ジャーナリズムではない。こ ういう話があって、という紹介エッセイだ。変なNGOがあるよ、というのは前振りで 、個人的にだいじなのは、その後の考え方の話のほうだった。だから、具体的なNGO/ NPOの名前を挙げたりはしていない(それに個別に名前を出すとまずい面があるのよ )。さらに前回の話でも、スーダンの奴隷NPOの話はしただろうに。活動が自己目的 化したNPOの姿を描いた「脱正義論」は挙げただろう。具体的な組織の具体的な害を 挙げろ、というけれど、このコラムの議論に必要な程度の具体性はつけたつもりだ。 実はこの件では前田とは何回かメールでやりとりがあったんだ。でも、具体的な名前 を挙げていない、一次報道をきちんと示していないから認めないそうだ。

 はーい、では次のURLを見てね。これは関係者が「ぼくたち、こうして奴隷を買い 取って解放してあげたんだよ!」という自慢のための現場写真。札束まで写ってて生々 しいでしょう。このくらい挙げれば信じてもらえるのかな。

http://www.anti-slavery.org/misc/redemption.htm

 数字がほしければ、このサイトをもっと見てみるといい。言っただろう、かれらは 自分たちのやっていることを誇りに思ってるんだから、隠したりなんかしないよ。

 で、ここで重要なのは、それが実際にあるってこともさることながら、この程度の ことは手元のネットで検索をかければすぐ出てくるってことだ。slave Sudan NGO で、国内サイトを検索してもしょうがないから、altavista.comあたりでやると結構 出てくる。そして、この検索がかけられる程度の情報は、前回のぼくの文の中にもあ ったでしょう。

 ほかにもおかしくなったNGO/NPOはいろいろある。実験動物かわいそうといって研 究所に放火したりする連中。中絶反対といって、中絶クリニックを襲って医師を殺し てしまったりする連中。いるんだよ、ちゃんと。anti-abortionとかanimal testingとかで検索をかけてごらんよ。いっぱい出てくる。
 あるいは日本にいつか、魚の網にかかるイルカかわいそうとか言ってやってきて、 器物破壊をしていた人たちを覚えていない? あんなのだって立派なNGO/NPOだ。あ るいは先日、WTO反対で騒いでいた連中。ぼくが敢えて個別に名前と一次情報を挙げ る必要がある? それをしていないからって、こういうのをないふりできる?

 あるいはもう一つ。イギリスで、軍事産業の施設に入り込んで、器物破壊をしてま わったNGOの連中がいるんだ。武器輸出による殺人を防ぐためだ、と称して。もちろ ん逮捕されて訴えられたんだけれど、なんと無罪放免になってしまった。ぼくはこれ はひどい話だと思う。法の精神をふみにじるものだと思う。いつから目的は手段を正 当化するようになったんだ。目的が高尚なNGOだからって、そんな話がまかりとおっ ていいと思う?
 これも具体的な記事とかは挙げてあげない。興味あればアンジー・ゼルダーで検索 をかけてごらん。これは日本語サイトでもヒットするはず。ついこないだ、この連中 は来日したから。

 というわけで、かなりの情報はネット上にある。それを検索するだけでも、それな りのことは調べがつく。ぼくの書いてる話が、ぼくしか調べられないような秘密情報 に基づくものならともかく、たいがいはだれでも調べられる、公開情報に基づくもの だ(そうじゃないと議論が狭くなるんだもの)。かつては、マスメディアの受け手に はそんな手段は与えられていなかった。いまはネットのおかげでそれが十分以上に可 能だ。するとどうなるだろう。

 前田は調べただろうか。明らかに調べてない。これから調べるだろうか。たぶん調 べないだろう。ここまで挙げてあげても、検索もかけないだろう。いや、山形が言い 出したんだから、山形がさいごまで具体的な例を挙げるべきだ、挙証責任だ、といっ て逃げるだろう。さっきも言ったように、これまでこの件で何回かメールをやりとり して、こういう検索をすれば出てくるよ、というのは教えてあげてるんだ。でも、こ のWebの記述を見る限り、少なくとも3/20あたりまでは明らかにそういう手間はかけ ていないもの。

 でも、それでいいんだろうか。

 前田はたとえば同じページの3/17の記述で、「しばらくの間は規格化されたマスメ ディアや国家という権力装置がその役割(山形註:世界を意味づけるための記号のコー ド=情報を提供する役割)を果たしてきた。だが、それがもはやうまく機能しなくな ってきたときに現れたのがコンピュータやハイパーメディアといった新しい装置にほ かならない。したがって、その可能性を引き出すのは、われわれ自身の生の意味の回 復にほかならない」という室井尚の大仰な文を評価している(らしい。いいとも悪い とも書いていないから)。でも、もしそうなら、どういうことになるだろうか。ネッ ト以前は、一応の図式としては情報の送り手は独占されていた。だから読者はひたす らう情報の消費者としてふんぞりかえってればよかった。発し手がアレしてねぇぞ、 コレしてねぇぞ、と要求していればよかった。でもそれじゃ情報のただの消費者。い ままでの状況とまったく変わりない。それじゃあ「われわれ自身の生の意味の回復」 なんかおぼつきませんぞ。

 ネットの話になると、すぐに情報発信のことばかりが語られる。これからは個人が 企業と対等の情報発信を、とかね。でも、問題はむしろ情報受信のほうにある。これ はぼくが昔、「『愛の奇蹟』に見るインターネット情報「受信」不全症」(http://cruel.org/takarajima/sugaya.html) という文で述べたことでもある。ネットでは、これまでの国家やメディアの独占情報 発信が変わる――これについてはぼくはいろいろ条件をつけたいんだけれど、それは さておこう。変わるは変わるだろう。でも送り手がかわるなら、受け手だって変わる。 当然変わらなきゃいけない。

 そしてそれは、前田なんかも明らかに影響を受けているネットユートピストたちの 思ってるほどお気楽な方向への変化ではないはずだ。もしふつうの個人が、ネットに よって企業や国とそこそこ並ぶくらいの情報発信力や収集力を獲得できるとすれば、 たぶんこれまで情報弱者とされていたからこそ認められていた「消費者」たちへの各 種の保護や権利は、消えざるを得ないだろう。手始めに、プライバシーなんていうあ たりから。そこから出てくる世界は、たぶんあまり心地よいものではないはずだ。

 ただまあ今回はそこまで踏み込むまい(というかまだ考えきっていない)。それに ぼくとしても、別に読者が調べてくれるから書き手はいいかげんなことを書き散らし ていいのだ、ということを言うつもりじゃあない。ぼくは調べてるし、それを細々書 いていないだけ。前回は、確かに例示が少なかったかもしれない。今回は、その気が あれば調べるためのポインタをかなり提供している。このくらいでとりあえずはいか がだろうか?


●「規制」というもののありかた

 さてポイントはもう一つある。「いや、奴隷NGOの例は、白人がバカだからダメな んだという議論だってできる」と前田はぼくあてのメールで主張していた。だからそ れがNGO/NPO批判の根拠にはならない、というわけね。「その“有害”は他でもなくN GO/NPOのシステムに起因するとの主張の論理的証明、これが果たされないかぎり、山 形浩生のこの「説」はデマゴギー以外の何ものでもないと私は考えている」という前 田の言い方は、そこから出ている。うん、そりゃあそういう人種差別的な議論もでき るかもしれない。でもそれは話がぜんぜんちがう。どんな問題でも、原因は一つじゃ ない。個別の理由ならいくらでも見つけてこられるんだ。それはその個別の問題への 対策を考えればいい。でも、それとは別のレベルの話がある。

 さて、もう一度繰り返しておく。ぼくは、すべてのNGO/NPOが悪いだの、ろくでも ないだの言っているわけじゃない。ただ、変な暴走するNGO/NPOが出てくる可能性は じゅうぶんにある、と言ってるだけだ。奴隷NGOは、暴走しているNGO/NPOの例として は十分ではないかな。今回もチェックする気がある人ならすぐチェックできる形で示 したね。

 そして、暴走NGO出現可能性が高い理由もかなりはっきりさせたつもりだった。NPO はチェック機構が働かない、だから暴走したときに停まらなくてこわい、という話。
 ぼくはこれは、理屈としては筋が通っていると思う。チェック機構が働かないと、 どんな組織だって腐る。ぼくはこれは、別に立証するまでもない真実だと思う。だっ て、人間はだれでも自分に甘いもの。

 「チェックがないなんてことはない、おかしくなったら寄付がなくなって困る、そ れが投げ銭ということではないか」と松本は言う。そうかね。そもそもあなたのいう ホームページの投げ銭はまるっきり動いていないということを考えてみてよ。投げ銭 なんかなくったって、みんな多少の(いやかなりの)身銭を切って自分で動いてしま う、というのをあなたはまのあたりにしているはずだ。NPOやNGOの小さなものなんて、 寄付がなくてもそこそこの活動はできるんだよ。

 そしてだからNPO/NGOはまったくダメだ、といったつもりもない。暴走したときの ために、もっときちんとした規制方法を考えといたほうがいいよ、ということを言っ ている(ただしそれがむずかしいだろう、ということも)。

 この議論に、なんかデマゴギーと言うべき部分はあるだろうか。MPO/NGOのシステムから問題が生じる可能性について、かなり論理的な議論になっていると思う。

 でも前田は「その“有害”は他でもなくNGO/NPOのシステムに起因するとの主張の 論理的証明」を要求する。そしてこの「他でもなく」の一言で、かれがこの話をきち んと考えていないのもわかるんだ。繰り返すけれど、あらゆるトラブルはいろんな要 因のたまたまの組み合わせで起こるんだから。個別のNGOやNPOの事例は、それぞれ個 別の理由があるだろう。首脳陣のなかに、たまたま思いこみが激しい人がいたのかも。 みんながきちんと勉強しなかったからかも。なんか個人的な恨みが根っこにあったの かも。幼児体験に問題があったのかも。

 でも、問題はそういうことじゃない。どんな組織にも、変なやつはいる。どんな組 織も、おかしな方向に動き出すことはある。でもその問題が出ないようにする、ある いは出たときにそれをうまく抑えるのが組織だ。でも、NGO/NPOにチェック機構がな いから、それは抑えられなかったし、いったん噴出した後も止まらない。だからこそ、 あの奴隷NGOの例は示唆にとむ。批判があったって、自分たちがいいと思えばやめず に長いこと続く。それなりにディスクロージャーのできている企業は、奴隷売買をし ていないでしょう。行政の多くだって、奴隷を買ったりはしない。このNPO/NGOはや ってる。それは前田の言うように、このNPOがたまたま白人中心だから起きたのかも しれない。でも、それがどうしたの? もしNPO/NGOをきちんとおさえる規制があれ ば、こういう活動も止められるだろう。それは疑いようのない事実だ。重要なのはそ っちなんだ。

 こないだあった地下鉄の事故は、運がよければあと2年くらい起こらずにすんだか もしれない。でも事故が起きなくったって、安全点検の仕組みがないようなら、ない からあぶないよ、というのはデマゴギーではない。それに世の中で規制というものを 考えるときには、ことが起こってからでは遅い。なにかある前に、先回りして手を打 っておくのが当然でしょう。事故が起こったあとでは、必ずみんな言うだろう。なぜ 事前に対策をとれなかったのか、と。

 それが必要ない、そんなことは考える必要がないという前田は、松本は、NGO/NPO が絶対に暴走しないと信じるべき理由をなにか持っているの? なんの規制も必要な いとなぜ思うわけ? そしてそれがそんなに信じられるなら、暴走したときに止める ための規制があったって別に困らないではないの。前田/松本理論では、そもそも暴 走しないはずなんだから。

 組織を否定したつもりはないのだ。企業は認めているし、政府だって認める。NGO/ NPOがすべて悪いわけじゃないというのは何度も言ったとおり。さらに世の中に善意 なんてものがあることだって知っている。一見コントロールなしで長いこと動くシス テムだってある。Linuxをはじめとする各種のフリーソフトの一部はそうだ。だから こそ、なぜあれがうまく行くのかを考えることが重要になる。あれが暴走して崩壊し ないのはなぜなんだろう。ぼくはそれは、コードというものが評価しやすいからだと 思う。エリック・レイモンドもそう考えている(いや逆だな、ESRやリーヌス・トー ヴァルズがそう言ってるのに、ぼくが便乗してるだけだな)。そしてその仕組みをど うやったらNPO/NGOにも適用できるのか考えることは、だからこそ重要なのだ。ここ では、どうもぼくが考えているような規制のありかたが内面化されているようだ。そ れはなんなんだろう。だいじなのは、それを考えることだ。むずかしいけどね。でも それは必要なんだ。

 企業にはいろんな規制がかかってる。財団や社団にもいろんな規制はある。政府に だっていろんな規制がかかっている。それは善意を否定しているからでもなければ、 組織を否定しているからでもない。ただ、人はまちがえることだってあるし、誘惑を 拒み続けるのはむずかしい。だから、そういう規制があるんだ。みんなのきらいな日 本の官僚たちをごらん。安月給で、過酷な労働を強いて、しかも責任と権限は死ぬほ ど与えて。汚職がとか腐敗がとかいうけれど、それがいま程度ですんでいるのは奇跡 だと思う。これについてもこの欄で昔書いたよね。しかも、官僚にはバレたらすべて を失うリスクがある。ところがいまのNGO/NPOはチェックはない。器物破壊をやらか しても無罪放免。しかもそれを指摘したら、デマゴギーだと言われる。いや、そんな 状況で腐らずにすむ組織のほうがめずらしいのではないかしら。

 ぼくが言いたいのはそういうことだ。そういうことを考えるのが善意の否定だとい うなら、うん、そんな甘いだけの善意は否定してしまえばいい。確かレーニンが言っ た通り、地獄への道は善意で敷き詰められているんだから。



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