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0 山形浩生の『ケイザイ2.0』

第11回 後悔と可変割引率

text: 山形浩生



●人がなぜ太るのかを経済学で説明すると・・

 人はなぜ太りすぎて後悔するんだろうか。

 それは基本的には、人は目先の快楽には負けやすく、将来の(ダイエットとか)苦労については甘い見通しをしてしまうから、といっていいだろう。ところが実はいまの主流の経済学の考え方では、こんな単純なことがうまく説明できないのである。いまの経済合理性ってやつに基づいた考え方だと、人が目の前にケーキを出されて、こういう計算をすることになる。

「こいつを食べると、おれはいま10の満足を得ることになるな。でも、その結果として太って、来年10の不快感を伴う運動をしなきゃならない。から腹の贅肉を気にしたりして、毎月1の不快感をずっと得ることになる。さてどうしようか」

さてこの場合は、人はためらわずにケーキを食べる。なぜかというと、経済やファイナンスの基本原則がここで効いてくるからだ。曰く「いまの100円は来年の100円より価値が高い」。

なぜか。だって、来年までオレが生きてるかどうかわからないもの。ひょっとしたらそれまでに超簡単なダイエット法ができるかもしれないもの。急に食糧危機がきて、結局ダイエットしなくてすむかもしれない(それはそれで困るだろうけど)。つまり、来年のそのダイエットの苦労というのは不確実だ。不確実なものは、確実なものより価値が低いのだ。だから、来年の仮想的な10の苦労に比べて、いまケーキを食べる10の確実なメリットは絶対に大きいんだ。

どのくらい大きいか? それは、その不確実さの程度にもよるし、あなたの体質によっても変わるだろう。でも、たぶんなにかその人なりに目安となる比率があるはずだ。たとえば、来年のダイエットの苦労が10じゃなくて11だったら、あなたはギリギリのとこでケーキを食べるのを思いとどまるとしよう。すると、今日の10のメリットと、来年の11のデメリットが同じだ、とあなたは判断していることになる。

この比率を、経済やファイナンスの世界では「割引率」という。この場合だと、割引率は10%になる。

これはだいじな概念だ。あるプロジェクトに投資するかどうかの基準は、その手のプロジェクトの割引率と比べて決める。たとえばある不動産開発事業が、利回り10%だとする。銀行に預けておくよりはずっと利回りが大きいけれど、投資しちゃっていいだろうか? もし不動産開発事業の、割引率が15%なら、投資しないほうがいい。不動産開発でどのくらい儲かるかは不確実な部分がとても多い。だから、そのリスクを考えると割引率も高くなる。利回りはそれより大きくないと、それだけリスクを負う価値がないわけ。


●画期的な経済学説の登場?

さてこれだけなら話は簡単なんだが、ここで最初の質問に戻る。なぜ人は、太りすぎて後悔するんだろうか?

もし人が割引率に基づいてきちんと計算をしているなら、ちゃんとケーキを食べるメリットと太るデメリットを比べて、納得して食べているはずだ。あとで太っても「あのときおいしかったから」と納得できるはずだ。後悔なんかしないはずだ。でも、実際には人はたっぷりと後悔をするだろう。なんでだ?

あるいは実際に自分がどうふるまうか考えてみよう。朝起きて、体重計に乗って「あら、太りすぎ」と思って、じゃあおやつは控えましょうと思う。でも、その日の三時がやってきてデザートが目の前にくると、ついつい食べてしまうではないか。食べておいしいメリットとその後のダイエットのつらさとの比率は、朝とぜんぜん変わっていないのに。

つまり人は、目の前の誘惑に弱い! ということは、近くなればなるほど割引率ってのは低くなるのかもしれない。目の前にきたものはでっかく見えて、遠くのものは小さく見える! つまり自分との距離によって割引率が変わるんだ。だから、ケーキが目の前にあるときは、ケーキがでかく見える。で、そのあとダイエットが目の前に迫ると、ダイエットのつらさが増幅されて見える。それで人は後悔するのだ!

体験的にはあたりまえのことなんだけれど、経済学やファイナンスでは、いままでこういうことは考えなかった。割引率は遠かろうと近かろうとすべて一定で、人は10年先に起こることも5分後に起こることも、同じ割引率で等しく評価する、ということにしてあった。ようやく最近になって、それではたぶん不十分だ、ということが言われるようになってきた。そして、こういう「自分に近いほど割引率が小さい」モデルをつくって、いろんなことを説明しようとしている学者が出てきた。やれやれ、暇だねえ。


●今のファイナンスのあり方もひっくり返る?

が、別にこれは酔狂じゃない。これを使うと、群集心理とかバブルみたいなものも説明できる。目の前でぐんぐん上がっている株や土地は、こういう機能のおかげで実際より増幅されて見えるので、みんなとびついて、それでときどき市場が暴走したりするような話も、ちょっと説明がつきそうだ。なかなかおもしろいし、これがもっともっと発展すれば、いまのファイナンスのありかたもかなりひっくり返るぞ。

このモデルのおもしろいことは、その当人にとっては自分がこういう可変割引率に基づいて行動しているなんてころを知っても、なにもいいことはない、ということなのだ。かえって悪い!
つまり人が朝起きる。ケーキを食うまいと決心する。でも、このモデルを知っている賢い人物は、自分がおやつの時間になったら誘惑に負けてケーキを食べてしまうことを知っている。同じ食べるなら、早めに食べたほうが得だ。そこでこの賢い人物は、いまケーキを食べてしまう! そしてもっと早めに太って後悔するはめになってしまう?!!

それなら、最初っからこんな変なモデルで要らない知恵をつけないほうがいいではないか! そうすれば、せめておやつの時間になるまで我慢するくらいの効果はあったわけだ。どうも具合が悪い。賢くなったらその分、メリットがあったっていいはずではないか。というわけで、このモデルを考えた人たちの一部は「自分が誘惑に負けやすいことを肝に銘じて謙虚に身を慎むモデル」とかいうのを考えているそうだが……


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