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山形浩生の『ケイザイ2.0』

第7回 味なことやるビッグマックインデックス

text: 山形浩生



 大前研一という変な人が「SAPIO」という変な雑誌で「これからはユーロとドルの対立だ、でも毎日為替レートで評価されるから、毎日戦争してるようなものだ。いずれどっちか力つきてドルとユーロが統合される」とか言ってて、しかもこいつはUCLAの教授なんだって? ホントに? いやあ、あそこも落ちたもんだ。ここまで知識と思考力と恥の欠如を平然と(いや得意げに)むきだしにできるヤツを飼ってるとはね。
 だってさ、キャベツと円の交換比率(値段、ともいうな)を考えてよ。で、キャベツの値段が日々変わるからといって、キャベツと円は戦争してるのかよ。いずれキャベツが力つきて、キャベツと円が統合されるのかよ。独立した通貨を持つメリット、統一通貨を持つメリットっていういちばん基本がわかってないな。知らないなら黙ってればよいのに。



◆これを知ってるだけで通ぶれるすっごく重要な指標がある

 そこで今回はその基本の話……はしないで、もう少しお手軽な話を。勉強をするのがめんどうで、いっぱしの顔をしたくて、きいたふうなことを口走りたいだけの、そこのきみ! いかにも国際金融がわかってますという顔がしたくて、しかも大前研一みたいな恥はかきたくないきみ! あなたが絶対おさえて置くべき、これを知ってるだけで通ぶれる(しかも理論の勉強にもなる)すっごく重要な指標があるのだ。
 それがイギリスのThe Economist による、ビッグマック・インデックスだ。
 ビッグマック・インデックスを理解するには、外国為替レートのいちばん基礎の理論を知らなきゃならない。それがPPPってやつだ。PPPといってもあのダイアルアップ接続方式じゃなくて、購買力平価(Purchase Power Parity)のこと。
 原理はとっても簡単だ。同じものは、世界のあらゆる場所で同じ価値を持つはずだ、ということ。日本でiMacが12万円して、アメリカでは1,000ドル、タイで5万バーツだったとする(いまの数字はデタラメね)。すると、同じものは同じ価値を持つから、12万円 = 1,000ドル = 5万バーツ、ということになる。これで本当の為替レートが出せるはずだ。実際の為替レートは、投機なんかでここからずれているけれど、長期的にはこの水準になるはずだ、というわけ。なぜ同じものは同じ価値だといえるのか? もし価値がちがったら価値の低いところから買って、高いところで転売する商売ができるはずでしょ。そうなると、価値の低いところで需要があがって、高いところは供給がふえて、結局価値はならされて、いずれ同じ水準になる、はずだ。お金が物を買う力(購買力)で為替レートを考えてるから、購買力平価というわけ。
 これはとてもだいじな考え方。国際経済学やファイナンスでは、これがわかってないと話にならん。それに収支の予測をするときには、これに頼らざるを得ないのだ。多少なりとも根拠のある為替レートの予測方法って、ほかにないに等しいんだもん。
 ただ、これを実際にやろうとすると問題がいろいろ出てくる。モノもサービスも、関税があったりするし、実はそんなに簡単にあっちこっち運んで売るってわけにもいかない。税金もある。お値段だって、価格統制が入ったりしてたら意味がない。石油のとれる国ととれない国では、石油の価値もちがうんじゃない? そしてそもそも「同じもの」ってなに? 日本での牛肉とインドの牛肉は、同じ牛肉でもちがうでしょ? おにぎりはアメリカで日本と「同じ」だろうか? だからPPPの計算も、実は結構面倒だったりはするのだ。


◆世界中のビッグマックの値段を調べてみる

 うーむ、どこの国へいっても変わりばえしなくて、まるっきり「同じ」ものというのがあれば、話はすごく簡単なのになあ。そういう便利なものがないかなあ。
 あるじゃないか。マクドナルドのビッグマック。
 ビッグマックは世界中、どこでも同じ味、同じパッケージ、同じサービス。ビッグマックの価値というのは、まさに「どこへいっても同じこと」だったりする。でしょ? じゃあ、世界中のビッグマックの値段を調べて、それでPPPを計算すれば完璧! これが天下のビッグマック・インデックスだ!  さて、これの最新のやつが4月の頭に出た。んー、ビッグマックはアメリカで$2.43で、日本では294円(消費税こみ)。ということは1ドル121円で、うん、だいたい今の実勢レートくらい。あまり大きな為替変動はないな。ユーロだと、ビッグマックは2.52ユーロ(って、どこで売ってんだ、これ?)。ここから出るレートは、実勢レートより11%も高いので、まだ下がるかも。で、いまボロボロの東南アジア諸国だと、タイや香港では実勢の為替レートがえらく(40%以上も)低いぞ。ほうほう、じゃあこれから上がるかな。いま買い時かもしれないよ。ほらごらん、もっともらしいだろう。  はい、では宿題。このインデックスの問題点を指摘すること。インドはどうなるかな?


◆ジョークではあるけれど、まったくのおちゃらけじゃない

 そもそもビッグマックのお値段を決めるのはだれだろう。だから鵜呑みにするなよ。ジョークだからね。でも、ジョークではあるけれど、まったくのおちゃらけじゃない。きちんとした理論をバックに、実装でちょっとだけおふざけを入れた、とってもためになる頭のいいジョークなのだ。世界中でちょっとでも国際ナントカのお金がらみのことをしている人なら、かならず知っているし、最低でも、飯時のジョークのネタには確実に使える。
 そうそう、これがらみでしばらく前に耳にしたのが、「ところでなぜビッグマックでクォーターパウンダーじゃないんだろう」という冗談で、こたえは『パルプフィクション』を観た人ならもちろんわかるよね。ではまた。



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