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山形浩生の『ケイザイ2.0』
〜天下のまわりもの高座〜


第1回 連載開始記念大盤振る舞い
スーパー・アクロバチック・不景気脱出策――
So Crazy It Just Might Work.





 日本はいま、とってもとっても不景気だ、なんてことはぼくがいまさら言うまでもあるまい。企業倒産、就職氷河期、銀行もばたばたつぶれ、もうお先真っ暗なのに、いつまでたっても出口が見えない。わーん、どうしたらい? もはや矢弾も兵糧もつきた。あの戦争からはや50年、この神国日本もはやこれまでか! かくなるうえは……
 「いやいや殿。おそれながらあきらめるのは早いですぞ。聞き入れられるはずもないがゆえこれまでは黙っておりましたが、実はこの風来坊めに、景気回復の奇策がおじゃりまするのじゃ。かの匹楠導師が戯れに編み出したる外道の邪法ではございまして、よもやこれを使う日がくるとは思うておりませんでしたが……」
「ええい、茶坊主どもめが控えおろう、このお国の一大事に身の程をわきまえるがよいぞっ!」
「あいや家老、しばし待たれよ。ほほう、奇策とな。句留愚庵に日和庵とかもうしたか、このたわけどもめが、おもしろいことをぬかしよる。よし、言うてみぃ。ただしふざけた代物であれば、即刻斬って捨てるぞ! してその奇策とは?」
 「はあ、それは……」というまえにそもそもお殿様、不景気ってなんだかおわかりでしょうか? 今回はそこからはじめよう。

1 そもそも不景気ってなに?
 不景気ってなに? みんなもちろんわかってるつもりでいる。でも聞いてみると、ちゃんと説明できる人はほとんどいない。株価が下がってるとか、失業が増えてるとか、倒産が増えたとか経済成長率が低いとか、すぐそういう話をしたがる。でもそれは、結果として生じる現象でしかない。不景気そのものではないんだ。不景気が何か知らなければ、不景気対策の話もできないだろう。
 世の中には、ものを作る人と、それを買う人がいる。つくるほうが供給で、買うほうが需要だ。これはいいね。
 さて、その両者がものを売買するのが、市場ってところだ。両者はおたがいに相手の足下と自分の在庫をみつつ、お値段の交渉をする。人気が高いブツは値段があがる。売れないブツは、売れるまで値段が下がる。いい、今の分をもう一回読んで頭に叩き込んでね。売れなければ、売れるまで値段が下がる。そしてブツがはける。それが市場なの。
 ところが、何かのきっかけで、これが機能しなくなることがある。たとえば、ブツが売れないときに、売り手が値段を下げようとせずに、いっせいに「もうちょっと様子を見ようか」と思ったら? そのブツはいつまでたってもはけずに売れ残ることになる。
 そしてもう一つ。この世では、極端なガキと年寄り以外はみんな働いてる。つまり、みんな働いてるときはつくる人で、働いてないときは買って使う人になる。そしてある人が買えばそれはつくった人の儲けになって、その人はその儲けをもって、こんどは買う人になるわけだ。
 さてここで、世の中の人がみんないっせいにちょっと多めに貯金しようと思ったら? 「山一や拓銀が潰れるようじゃ、将来がちょっと不安だな」とか言って、みんな使うのを控えたりするわけだ。ところがみんなが同時にそれをやると、だれもモノを買ってくれなくなるので、売り上げが減る。すると思ったように貯金が増えない。これはまずいと思ってみんなもっと買い物を控える。するとさらに収入が減って・・・こうしてモノがどんどん売れなくなる。
 不景気ってのはそういう現象だ。経済全体としての需用がいっせいに下がって、供給がだぶついちゃうことなんだ。そしてそれを市場と価格メカニズムがちゃんと調整してくれない。それが不景気ってことなんだよ。人は失業し(つまり労働力っていうブツが余ってる状態だ)、店には売れない商品がならび、工場は開店休業。オフィスビルは空室まみれで住宅も売れ残り。株も売れずにどんどん値下がり。ね。まさにいまの日本の状態。

2 不景気退治の定番手口とその失敗
 すると、不景気はどうすれば回復する? 供給をいくらいじってもだめだよね。みんながお金を使おう、買い物しようと思わなきゃいけない。
 じゃあまず、ものの値段を下げたら? でも自由主義経済では、値段を下げろと命令するわけにはいかない。
 それ以外の方法は? まず、金利を下げることだ。するとみんな、貯金しても大して利息がつかないし、じゃあ買い物しようという気になって、需要がふえる。ローンとかも気軽に組めるようになるしね。
 次に、公共投資ってのがある。政府が、道路をつくろうとか学校をつくろうとか、とにかくでかい事業を借金してまでやらかす。すると工事を請け負った建設屋さんがリッチになって買い物して、はずみがついてみんな買い物するようになる。
 減税してもいい。税金が減ったら、その分みんな使うかもしれない。
 そしてもう一つ、お金をいっぱい刷るという手がある。そうすると、そのお金がまわりまわって(ここの仕組みは面倒なのでまたいずれ)みんなの懐に入り、みんな太っ腹になっていろいろ買い物をするようになる。
 さて、じゃあいまの日本でこれをやらないんだろうか。

 いや、全部やってるんだ。まず金利。これまでも金利はどんどん下げてきている。こないだも、日銀が金利を0.25%下げた。でも、もう金利はゼロに近いんだ。だからもうあとがない。でも効果なし。
 減税。これもそこそこやってる。恒久減税だの一時減税だの、流派はあるんだけどさ、でもまあやってる。効果なし。じゃあ公共投資。これもあわてていっぱいやってる。それなのに効果がない。財政赤字ばかりがふくれあがって、「きみたち借金返せるの?」と信用もなくなりだしてる(格付けが下がるってそういうことね)。
 そしてお金を刷ることだけど、日銀はお金をいっぱい増やしてるんだ。
 つまり手は尽くしてるのに、効果がぜんぜんない。それぞれの手口にはそれぞれシンパがいて、みんな「いやまだ公共投資/減税/資金供給が足りない」と叫ぶんだけど、じゃああとどれだけあれば十分なのか、だれもわかってない。みんな、現状をちゃんと説明できるモデルがなくて困ってるんだ。でも、そう認めるのが恥ずかしいから、わかったような口をきいてるだけなの。
 さて、ここで新聞をよく読んでいる人は、首を傾げるだろう。景気対策という話で、構造改革とか不良債権処理とか出てくるじゃん。あれはどこいった?
 うん、どっちも必要だしどんどんやってほしいんだけど、でもどっちも景気対策とはあまり関係ないんだ。構造改革ってのは、つくる人がものをつくりやすくしましょうって話でしょ。需要を増やす役にはたたないもの。不良債権処理も、まったく無関係じゃないけど、あまり歯切れのいい理屈じゃない。「風が吹けば桶屋が」式のずいぶんまわりくどい話で、やたらに「かもしれない」が多い議論だったりする。それで景気が回復するかどうか、実はぜんぜん怪しいんだよ。とりあえず他にすることがないので騒いでる、というのが実状に近いんだ。
 もううつ手はないんだろうか。なんとか需要が回復する手はないんだろうか。もうあとは神頼みしかないのか……

3 打つ手はある! 句留愚庵のとんでもない奇策
 ところが1998年5月、何のまえぶれもなく変な論文がインターネット上にあらわれた。いいや日本くん、うつ手はある。金利をもっと下げよう。いまの金利がゼロなら、金利をマイナスにしよう。そして実質的に金利をマイナスにするには、インフレ期待をつくれ! 政府・日銀が、これからインフレを起こすと宣言しろ! そう論じたのがMITのポール・クルーグマン「日本のはまった罠」(原文はココ、邦訳はココ)だった。
 インフレ期待があると、なぜ需要が増えるのか? インフレだと、手持ちのお金の価値はどんどん下がる。だからはやくモノに変えたほうが得なんだ。昔のインフレ年率40000%なんていう南米やドイツだと、一日でお金の価値が半分になったりするから、もうみんな金を手にした瞬間にモノを買おうとした。つまり、インフレが長く続くと思ったら、みんなどんどんお金を使うようになる。だったら、インフレが長く続くと思わせようよ。そうやって需要を増やせばいいじゃないか。クルーグマンの議論は、基本的にはそういうことだ。そしてかれは、この方法がよくてそれ以外の方法がなぜダメかを、とってもきちんとしたモデルを使って理論的に説明している。いまの日本の不景気をまがりなりにも説明した、数少ないモデルだ。

 さて、かれの議論はどう受け取られただろうか。
みんなひっくり返った。怒る人さえいたくらい。インフレというのはこれまで、とっても悪いものだというのが常識だったからだ。インフレ→物価高→生活圧迫。よってインフレは地獄の使い。それを政府・日銀が旗振って起こせ? ふざけるな! というのがほとんどの人の反応だった。
 でも批判は山ほど出てきたけれど、不思議なことにかれの理論そのものに対する反論は一つも出ていない。少なくともぼくは見たことがない。これまで出ている反論はすべて「でも、インフレには副作用もある」と言っているにすぎない。「円安で銀行が困る」とか「インフレは劇薬だ」とかね。でもそういう連中も、かわりの理論は出せていない。「不良債権処理」とか「土地流動化」とか繰り返してるだけ。なぜか?それは、クルーグマンの理論が基本的には正しいからなんだ。理論的な可能性としては、インフレ期待ってのが効くかもってことをだれも否定できないからなんだ。ただ、前例がない。インフレは悪いものだとさんざん叩き込まれてるし、失敗して収拾つかなくなったら何言われるかわからない。まして、そうでなくても付和雷同の好きな日本人。だから政府・日銀がこの政策をためすことは、当分ないだろう、と考えられてる。バカだな、小渕政権なんてどうせ何も失うものはないんだから、ばーんとやっちゃえばいいのにぃ、とぼくは思う。それに、クルーグマンは各種の副作用批判に対して反論を行ってて(原文はココ、邦訳はココ)、これまたかなりの説得力なんだ。

4 そして世界初公開! 日和庵の外道の邪法
 よろしい。インフレ期待ってのがあまりに無茶だと思うんなら、もしだれもやったことがなくて怖いっていうんなら、ぼくに別の案がある。需要を回復できて、みんなが経験済みで、さらにとってもすぐれた副作用もおまけでついてくる妙案だ。耳の穴かっぽじってよくききやがれ。

 消費税を7%にあげよう。

 さっきぼくの景気対策の説明を読んだ人は、アレ、と思っただろう。景気対策には減税してみんなの手持ちのお金を増やすんじゃないの?
 そしてそこで爆笑してるか絶句してるあなた。うん、あなたはわかってる人だ。あなたが考えてるのは、こういう話だろう。1996年には、景気が上向いてきてた。なのに、1997年に消費税が導入されたので消費者が買い控えに走って景気がまた冷え込んだんじゃなかったっけ? だから共産党は、消費税を3%に戻して景気回復、なんて口走る。それなのに、そこで消費税をまたあげたら、さらに景気が悪化するに決まってる!
 でもそれはちがうと思う。それは因果関係が逆じゃないだろうか。1996年当時、あなたのまわりで家や車を買おうとしていた人はいなかった? 思い出してよ。みんなもう、9月までに買えば消費税が3%というので必死こいて駆け込みで買ったでしょう。だから消費が上向いたんだ。このケチなぼくですら、3月にコンピュータを(中古だけど)買い換えたもの。だから景気が上向いたんだよ。増税したせいで景気が下がったんじゃない。増税期待のせいで景気があがったんだ
 だったら、それをもう一回やろうよ。いますぐに税金を引き上げるって話じゃない。将来それがあがるという期待をつくるんだ。「2000年元旦に消費税を7%に上げまーす」とアナウンス。するとかけ込み需要がたくさん発生して、景気は盛り上がるだろう。さらにそのままだと、増税した時点で1997年4月みたいに消費が冷えこむので、そうならないように、あげたその日にもう一発増税をアナウンスしておけばいい。来年には10%にするよ、と。
 これはある意味で、クルーグマンの議論と似ている。ぼくたち消費者からすれば、インフレも消費税アップも同じこと。いずれにしても、いまの手持ち現金の使いでが減るってわけだ。だから、はやく金を使おうとする。それで需要は上向く。
 さて、クルーグマンはインフレ期待を盛り上げろとは言ったけど、じゃあどのくらい盛り上げればいいかはまだ詰めていない。でも、ぼくの案はなにせ前例があるもので、効果が試算できるのだ。1996年の日本の実質経済成長は3.6%。このすべてが消費税効果ではないにしても、たぶん2%くらいの押し上げ効果はあったはず。1998年の日本はマイナス成長だよ。GDP成長率が2%アップっていったら御の字だ。
 そしてこの案のすばらしいところ。まず、やりやすいってこと。これからインフレにしまーす、といって国民を納得させるのは、こりゃ至難の技だ。それが景気対策だってことを納得させるのは不可能といっていい。しかし消費税アップは経験があるから、やりかたはわかる。そしてそれを国民に納得させるのも簡単だ。やっぱり景気回復には財政再建が必要なんです、と言えばいい。「ごらんなさい。財政出動ばっかして赤字国債だしまくったら、格付けが下がってジャパンプレミアムで、ボロボロでしょう。やっぱ国の財政がしっかりしてなきゃ景気なんか戻りませんや」とキャンペーンを張るんだ。
 もう一ついいこと。インフレは、手におえなくなる可能性はある。目標どおりにおさめるのはむずかしいかもしれない。でも、税金は7%と決めたらその率で決まりだ。さらにとってもすばらしい副作用。財政再建は方便にしても、これをやれば税収は確実にアップする。万が一需要が上向かなくても、とりあえず財政赤字は減る。それはそれで悪いことじゃない。なーに、どうせいつか消費税はあげようと思ってたんでしょ、みんな。それを来年やって何が悪い?

 さて、このアイデアを友だちに話したところ「でもそれって、1回2回は使えても、3回目あたりからみんなひっかからなくなるでしょう」と言われた。ぼくも一瞬そう思ったんだが……そうか? 「ひっかかる」ってどういう意味? 別にだますわけじゃない。税金をあげるよ、といってあげるだけだ。待てば待つほど税金は高くなる。なんのひっかけも隠し事もない。なんなら「今後10年で消費税を15%まで上げます」と宣言しておけばいい。
 そしてこれは、需要を前倒しにすることになる。消費税があがるぞ、とおもって、来年家を買う予定だった人が無理して今年ローンを組むわけね。だから、だんだん後がなくなるような気もするんだが、一方でその一時的にしても上向いた分の需要がどっかでまわってくるから、また新しい需要も出てくるはずだ。1997年だって、住宅需要は1995年並に戻っただけで、それを割り込むようなことはなかったんだよ。

5 So Crazy, It Just Might Work.
 だれも指摘していないことだけれど、クルーグマンの案には(そしてぼくの案にも)かなり気になる点がある。いかに理論的にはなりたっても、たぶん直感的にみんなが反発する部分だ。ニュートラルな状態で、「うーんと、このCDプレーヤ、かっこいいし便利そうだから買おうかな」と考えて買い物をするのは、文句のない健全な需要だ。でも「いま使っちゃわないとお金の価値が目減りするから、いらないものでもとりあえず買っちゃおう」というのはなんだかとっても不健全な気がしないだろうか。みんながとにかくお金を使っちゃうために、なんでもいいから買い込むってのは、本当に正しいことなんだろうか? みんなが無駄な買い物までするようにインセンティブをゆがめるのは、本当に望ましいことなんだろうか? いまの日本なら、どんな需要でもないよりまし、という考えはある。でも、ほとんど浪費を奨励しているようなこの方策なんて、本当にいいことなんだろうか。もちろん、4%のインフレなんてのは史上ざらにある。この程度なら大した害はないし、それで人々の行動が極端にゆがむことはない……かな? クルーグマンの(そしてぼくの)説は、まさにそれがゆがむことが前提になっている。そして、結果的にしかたなくインフレになるのと、それをわざと意図的に人に押しつけるのとでは、なんかちがう……ような気がするんだ。
 いまの経済学の考え方では、需要の性質はまったく区別しない(できない)。無駄な浪費でも、本当にだいじな消費でも、100円は100円。それでいいのかな? これはちょっとむずかしい問題なので、いつかまた考えてみる。環境問題ともからむ、すごくだいじなポイントではあるんだ。それを区別できないのは、ひょっとしたらいまの経済学の欠点なのかも知れない。ただし、いまの経済学はそれでかまわないという。需要は需要だという。いまはとりあえず、それで納得しておいて。ほかに手がないことでもあるし。

 さてどうだい、小渕さん。あなたもそろそろ、無能な凡人呼ばわりされるのはうんざりだろう。このままいってもじり貧だし、いっちょこういうわけのわからん(と一見思えるが、実はかなり堅実な)ことをやっちゃあみませんか。ぼくは他人の不幸が好きだからこの不景気も楽しかったんだけど、でもぼくもそろそろ飽きてきたんだ。このままじり貧で沈没してもいいけど、どうせならこれまでだれもやったことのない実験を一発やって、ぱーっと散ろうではないの。インフレ期待でもいいよ。あるいは増税による景気回復実験でもいい。どっちも前代未聞の大実験だ。おもしろいですよ。うまくいけば、あなたも稀代の名宰相。『プレジデント』の表紙にしてもらえるよ。そして失敗したら?

 失敗したって、実は大した害はないんだ。長いこと不景気だったイギリスを見てごらんよ。たぶんどこまで落ちてもあの程度だ。失敗したら、生活はちょっと苦しくなるだろう。日本の国際的な地位も下がるかもしれない。社会もちょっと荒れるかもしれない(でもいまだってかなり荒れてるよ)。でも、ぼくもあなたも、死にはしないんだ。日本が滅亡するわけじゃない。それに何をしたって、いずれ長期的には景気は戻る。もちろんケインズの言うように、その前にぼくやあなたの寿命がつきるかもしれないけれど、でもたぶん、それはそれでおもしろい実験が見られたおもしろい人生だった、と割り切ればいいじゃないか。不景気は不景気なりに人は生きる。5年前にいまの日本の状況を話したら、世界の終わりだと思われたはずだけど、なーに、日経平均12000円台でもみんな、ひいひい言いつつ生きてるじゃん。大丈夫だって。安心してちょっと実験してみようや。ね? いまの長銀処理とかでやってるサル芝居よりは、理論的なバックはずっときちんとしてるんだし。いままでの伝統的なやりかたはすべて失敗してる。まずそれを認めなさいよ。ほかに手がある?

 英語にはこういうときの決まり文句がある。西部劇やなんかで、小さな村がギャングに襲われてもう打つ手がない。どうしよう。そこへ変な流れ者がやってきて、ぜんぜんわけのわからない提案をする。家を全部赤く塗れ、とか。(いまの時期だと「よし、侍を雇おう」でもいいかな)。迷う村人。そんなことをして意味があるのか。村のインテリである牧師さんか学校の先生は、なにをバカな、と一笑にふす。でも、ほかの手はみんな失敗してる。そして流れ者の案には、確かに一抹の真理があるんだ。村人の心は揺れる。そして最後に、孫娘かなんかを殺されたところで、村長さんが決断するんだ。よし、もう失うものはない。やってみよう。反抗する牧師さん。「村長、あなたまでなにをバカなことを!」「いや先生。もうわしらにはこれしか残されてないんだよ。このまま手をこまねいて死ぬよりは、やってみようと思うんだ」そしてここで出る決まり文句。「確かに変な案だが……でもSo crazy, it just mightwork.」発狂しすぎてて、かえってうまくいっちゃうかもしれないじゃないか。そしてもちろん、それはうまくいくんだ。起死回生の奇手にギャングは撃退され、村は救われ、そして流れ者は夕日の中へと去ってゆく。

 ……いかがですかなお殿様。なかなかいいエンディングだろう。もちろん人生はマカロニウェスタンではないんだけれど……いや、どうかな。ただ、そういうエンドマークのつけかただって、ひょっとしたらあるかもしれないんだよ。

 ではまた来月。



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