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ハワイ

HB 2001.11 表紙
Harper's Bazaar 日本版 15 号(2001 年 11 月)

山形浩生



  ハワイにはほんの数回しかいったことがないけれど、おもしろい場所だ。何よりもキラウェア火山の迫力に並ぶものはちょっとほかにない。だって本気でマグマを噴いているんだもの。でも今回の話は、もうちょっとつまんないネタで、不動産と開発計画の話だ。

 とはいえ、わかる人にはこれもおもしろい。不動産はふつう、なにか都心があって、そこに近ければ近いほどお値段が高い。そして周辺部にくると、値段は下がる。ところがハワイは完全に逆で、周辺部(つまりは海岸に近いところ)がいちばん物件価格が高くて、そして島の中心部に近づくにしたがってそれが急速に下がる。もちろん、みんなハワイは海にくるので、海に近い物件が高いのはあたりまえなんだけれど、でもそれを地図で見せられると、なんだか不思議な感じがするのだ。

 そしてその海岸の持つ価値をきちんと支えているのが都市計画というか開発計画だ。その点でもあそこはおもしろい。多くの海岸リゾートでは、海岸沿いの浜辺からすぐのところに道がうねうねと走って、そにびっちり店や宿がはりついて、それがとってもきたならしいし、ゆとりのない感じを出すうえ、そこに車がたくさん留まって渋滞を引き起こすし、さらにその道を海水浴の人たちがひっきりなしに横切るので危なくてしょうがない。だから、そういうやりかたはよくないんだ。それはみんなわかっているんだけれど、道の通しやすさの点からも、商売の点からも、ついついやってしまう。国や地方自治体がこれを防止しようとして、海岸沿いの土地の買い上げをやろうとしたりするけれど、絶対にうまくいかない。だって、さっきも言った通り、ハワイみたいなところでは海に近ければ近いほど不動産の値段は上がるんだもの。いろんな規制をつくっても、みんななんだかんだと手を回して、その規制を骨抜きにしてしまい、いずれ海岸線にべったり建物と道が張り付いてしまう。結局それは、肝心の資源だった海岸の質を落として、いずれ自分の首をしめてしまうことになるんだけれどね。

 ハワイにはそれが(一部しか)ない。ハワイの地図を見ると建物がずいぶんと内陸に入ったところにある。よくこれができたな、よほど先見の明があった人がいたんだろう、とここの地図を見たときには思っていた。でも最近、それがまったくちがった理由によるものだということを知った。

 津波だ。

 昔は、ハワイも海岸線びっちりリゾートだったんだって。でも、ハワイは一方で、世界有数の津波被害地でもある。特に20世紀の前半には、すさまじい巨大津波がいくつかハワイを襲い海岸線沿いの街はほぼ完全に破壊されてしまったそうな。特に1946年の、何の予告もなしに太平洋を横切ってやってきた大津波。そして、そういう経験があればこそ、建物をあまり海岸に近づけないようにするという都市計画が徹底されるようになったし、また住民たちもそれをきちんと守って変な抜け穴を使おうとはしなかったんだって。そしてそれが一方では、ハワイの海岸線の美しさを維持する役にたっていて、ハワイの資源としての価値を維持する結果にもなっている。そしてそう考えながらみると、これまで単なる賢い開発計画図だと思っていたものも、まったくちがった意味合いを持つようになる。

 冒頭に挙げたキラウェア火山でもそうだけれど、ハワイの美しささというのは、実は人間にはまったくコントロールできない自然の恐ろしさと表裏一体のもので、むしろそれが人間の力を遙かに越えているからこそ、そこには畏怖も神秘も生まれている。ハワイに行ったら、まあ火山にはみんないくだろう。でもハワイには、太平洋津波博物館というのもある。地味なところではあるけれど、ハワイ観光だの買い物だののあいまに、ちょっとのぞいてみて、少しそんなことも考えてみてはどうだろうか。

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