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ニューヨークの夢

(GQ ニューヨーク特集掲載)
ウィリアム・S・バロウズ
山形浩生訳



 角で男二人を追い越す。一人がこう言っている。「取引がうまくいけば、二万二千ドルだ」 二人は中年、ひげをはやしてユダヤ人っぽい。歩き続け、汚れた大理石のファサードや、細い通りにせり出す八階建てと十階建てのビルを通過。オフィス・ビルだ。どんな異質の商売や事業に譲り渡されたオフィスやら。アパート。出入りする人もまばら。その誰一人として住人ではなさそうだ。何の荷物も――そして袋も持っていない。

 空き地の横を通る。路面から五〜十メートル下がっている。その上にぎざぎざのコンクリートがせり出す。一段下がったその空き地には、通りに沿って錆びた鉄条網が張られている。何千部もの「ナショナル・ジオグラフィック」誌が見える。すすと染みだらけで、空き箱や段ボールでこしらえた、長い本だなに並んでいる。創刊号から全部そろっているのだろうか? いや、並べ方がいい加減すぎるし、それにずいぶん永いこと放置されていたように見受けられる。

 ひびだらけの革でできた古いスーツケースもある。横一メートル、たて六十センチくらい、革ベルトで縛られ、ラベルやステッカーだらけ、一部はそこそこ新しいが早速汚れていて、他のものは古くて汚なく染みだらけで判読不能。あたりにはだれも見当たらないが、どうもこれらの物体が売りに出ているような気がする。でも、ここでの商品取引ルートには馴染みがない。一見無人のビルが空き地の向こう側にあって、同じ深さまで続いている。横手のドアがこの空き地に続いているが、どうやら横板で釘付けにされているようだ。

 別の空き地では船を見かける。古い三本マストのスクーナーのようだ。これも一段下がった空き地で、路面からの深さ十メートル。一段上の道路と空き地の間は、茶色の縄でできた、重いカーテンのような雑な柵で仕切られている。

 このぼんやりしたあたりを一巡りしたので、わたしは我が古き恋人のもとに戻る。この恋人はいまや「よりを戻す」つもりでいる。(ひどい表現だ。まるで生真面目なヴァッサー女子大の娘まがい)

 「わたしたちの関係について、どうしても話し合わないとね」

 わたしたちの霊間関係。わたしたちの餓えた霊間関係。だが、この幻影的結びつき、どこに到達できるというのだろう。どういうわけか、餓えた霊にとって、これは非常に重要なのだ。何かしがみつける、確固としたものを与えてくれるから。死者の夢世界では多少の価値があることだ。

 わたしたち、今度は瓦礫だらけの児童公園に立っている。謎めいたぶらんこやすべり台、そして見慣れぬ遊びに興じる子供たち。一人が立って、残りがその周りをぐるぐる歩き、真ん中の子はまわりの子供たちに顔を向けるように回転し、それがだんだん速度をまし、霞み、そして今度は別の子が真ん中になる。子供たちはショッキングなまでに清潔だ。研磨用パウダーのように噛みつく、むきだしの清潔さ。あちこちに散在するのはハチの巣状のシェルター、というか、フレームに麻袋をかけた代物。雨除けの役にも立たない。

 角を曲がって汚ない通りに入る。虹色の水たまりと、えらく古いタール室からのオイルの匂い。最後にここを通って以来、無限の時が流れた。通りすがりのストレンジャー。今の通りは前より深く、そして暗く、まるで油の染みた石灰石の地層を沈下したかのようだ。空きビルを通り過ぎる。どれほど空いているかって? 部屋はみんな小さくて薄く、奥行き六十センチくらい。多くは片側が通りに向かって開いている。アリがトンネルの中で働いている様子を観察できる、アリの観察箱のような感じだ。もうだれもいないが、今にもだれか現われそうな気配。

 さっき通り過ぎた、船のある空き地にやってきた。ロープの柵を分けて、六メートル降下して空き地のコンクリートの床に着地。わたしは重要な交易(これは性的価値によって行なわれる)の万が一の予備として、船を調べる。恋人がついてきてこう言う。

 「これはどうなってるの?」

 「さっぱりわからん」

 船がどんどん縮んで、気がつくと細長いスーツケースになってしまう。だいたい船のような形で、甲板の中心をジッパーが通っている。それを開けると、少し小さい別のスーツケースが現われる。そしてその中にはさらにもう一つ。数人がベンチにすわってしゃべっている。みんな髭を生やしてユダヤ人っぽい。毛の縮れた老女が場を仕切っているようなので、船の値段をきいてみる。

 老女曰く「百七十五ドル」

 わたしは百夢ドル札を二枚、空っぽの指で渡す。老女は四十二ドル釣りをよこす。こうしてわたしたちは船を手に入れたのだが、しかし航海に耐えられる船だろうか?

 染めた布製の船型スーツケースが、何重にも入れ子になっている。もちろん中に行くにつれて小さくなる。見ると、外側のスーツケースはマホガニーっぽい赤茶色だが、その一つ内側のスーツケースは薄いベージュで、その中のはさらに薄いベージュ――クリーム色だ。どこまで続くのだろう。支那の箱のように、箱の中にまた箱、職人の腕が続くかぎりそれが続く。

 これをとことんつきつめてみよう――目に見えないほどの船型……これはもう、微小な船をいくらでも量産するようなウィルスを抽出すべきかもしれない。船病――海熱だ。

 甲板の真ん中に、銅の持ち手がついてる。ジッパーの片側だけで、それがリーバイスのジーンズのように、布の甲板に銅リベット止めされている。手に取ってみる――そんなに重くはない――そしてあたりを見回す。

 ここはどこだ? 通りに戻るにはどうすれば? 地下室は、突然虚ろ。その一端に、コンクリートにはめ込まれたドアをみつける。ドアを開けるとそこは通りで、それが急な坂となって向かう先は、どうやら波止場らしい。

(おしまい)

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