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これからのアジア有望市場

月刊『GQ』 2011/12月号

要約:アジアはまだまだ発展の余地があって、ミャンマーとかおもしろそうですよ。


 どんな産業であれ、今後どう見ても当分日本国内の市場が大きく拡大するようなシナリオを思い描ける人はほとんどいないだろう。人口構成の変化もあるし、それ以上に日銀がひたすらデフレ継続策を続け、そして政府は円高放置や狂ったような増税への固執で、日本にわずか残った産業もつぶそうとしているとしか思えない。デフレ経済はひたすらパイが縮む経済だ。あなたがスティーブ・ジョブズの再来なら、あるいはこの日本でも大ヒット商品を次々に打ち出せるかもしれない。でも天才より圧倒的に数の多いぼくたち凡人は、そうはいかないだろう。日本国内の仕事はすべて、せいぜいが現状維持しか期待できない。ヘタをすると、事業縮小やリストラも考えなくてはならない。

 だがアジアはちがう。

 これからはアジア、と言われてずいぶんたつ。九〇年代半ばから、日本企業が急速に進出しはじめ、一九九七年のアジア通貨危機でミソはつけたし、その後もあちこちで時々問題は起こっているものの、もはやその勢いはとめようがない。

 そして近年では、進出の形が変わり始めている。かつてはピンポイント的な輸出加工だけだった。その後、アジア域内での機能分散で面的な連携を考えるようになったが、それでも基本的な市場は欧米日の大消費地だった。でもいまやアジア進出企業の多くは、現地の市場を狙って展開している。巨大な市場を擁する中国インドはもちろん、ベトナム、タイ、その他どこでも。

 むろん、アジア進出が容易というわけじゃない。人材は結構優秀で器用とはいえ、気質的にむずかしいこともある。日本人なら常識的に、いわれなくてもやるような片付けをしないとか、あるいは下請けさんも、品質や納期を守るといった程度のことすらこなせない。だいたいできてりゃいいじゃん、ちょっとくらい質が悪くても製品は動くし、ちょっとした傷や歪みのせいで使える部品を捨てるなんてもったいないじゃん、という発想がいまだに主流だ。いやあ、参りますよ、そういう基本から仕込まないとダメですからねえ、と日系企業の人々は言うのだけれど、それに続けて「でも……」というのだ。

 でも、ここは成長を見込んだ話ができる。事業をどう拡大しようか、次はどこへ進出しようか。それは本当におもしろい、日本ではついぞ味わえなかった気分だ、と。やっぱり自分の手がけた製品がどんどん売れるのは楽しいし、自分の仕事が成長するのはやりがいがある、と。「本社に戻ると、雰囲気がよどんでいて後ろ向きの話しかなくて、会議出ててもつらいっす」とのこと。

 そしていまや企業の中でも、アジア市場こそが成長市場でありドル箱市場となりつつある。日本に戻っても胸の張れる部署だ。別にそれは、その人が特に優秀だからじゃない。でもパイが成長している環境では、普通の人でも、普通に成功を手にできるということだ。一部の産業は、もはや日本ではあり得ない。特にインフラ系は、日本ではせいぜいがメンテナンスだけ。チャンスは主にアジアだ。

 そしてそれは、日本だけじゃない。欧米の銀行もそうだという。いま各種投資銀行の人は、ロンドンやニューヨークに行っても、そんなにおもしろくないという。もちろん、ものすごく頭のいい超エリートで第二のサブプライムを起こせるくらい目端がきく人なら、いろいろできるかもしれない。でも普通の人が普通におもしろい仕事をやって成功して充実感を味わえるのは、いまはまだアジアだ。そしてまだまだアジアには開発余地がある。一部の国はもう飽和感もあるし、またすでに絶対安泰だと思っていたところが、今回のタイの水害のように、とんでもないトラブルを起こすこともある(が、それはいずこも同じだ)。でも、日本にこのままとどまるよりは、遅まきながらも進出するにに越したことはない。特にこの超円高環境では。

 ではいま、どこの国がおもしろいだろう。個別の国をいちいち説明する余裕はない(どのみちぼくもすべては知らない)。それにどこもそれなりのおもしろさはある。ただ香港、シンガポール、台湾、韓国などは、いまさらここで解説するまでもないだろう。マレーシア、タイは、単純な組み立て製造業からはそろそろ脱出しなくてはならないのに、その次の高度付加価値産業の段階に行くのに苦労していて、中国やベトナムもそろそろそうした苦労に直面しそうな感じだが、そうした産業発展の次の段階への移行と、自国内消費者市場の発展との組み合わせわざで日本にもビジネスチャンスがあるかもしれない。一方、インドは中国ほどまとまった発展パターンを見せず、えらく発達した部分と極貧とが入り交じって混沌としているけれど、ポテンシャルは高いが、ここではとても書ききれない。

 一方インドネシアとフィリピンは、これまでいろいろてこ入れしたのにめざましい発展がなく、まだまだ国内の歯車がかみ合わない。生産拠点としてもそんなによくはないし、国内消費市場が盛り上がるほどでもないという歯がゆい展開だ(少なくとも首都に関する限り、個人的にどちらもあまり好きではない)。が、その中でインドネシアが近年安定したのびをみせてくれて次のステップにいけるかな、と希望がもたれている。

 まったくのフロンティアは必ずしも多くない。あまり手がついていないのは、中央アジアの各種スタン諸国だけれど、これらの国は天然資源以外いまのところこれという強みがないし、政治的にも変な独裁政権になっていて、うーん扱いに困る感じではある。ここは今後まだ未知数だが、文化的にも完全にイスラム圏でちょっと勝手がちがう。モンゴルは、東アジア的な感覚が通用するのでまだ楽だが、人口が著しく少ないこともあり、いったいどんな発展が描けるかよくわからないところ。いまは資源ブームに湧いているが……

 とはいえ、何がどう化けるかわからないのが国の発展のこわいところでもあり、おもしろいところでもある。カンボジアは、制度も弱いし汚職も多いしインフラもだめだし自国通貨すらろくに流通しない(経済の九割以上は米ドルだ)ので、一時はほとんど論外と思われていたのだけれど、親分が少しやる気を出して改革をしたら、弱い制度が逆に自由度を高めてくれたこともあっていきなり発達しはじめ、ちょっとした奇跡とまで言われている。ちなみにここの人口ピラミッドは異様で、四〇台から上はポルポト時代に虐殺されていないも同然。だからこれまでは中堅層がいなくて政府も機能不全気味だったが、いまやその後育った若手が国を担いはじめ、新しい試みにかなり意欲的なのもいい方向に作用しているように思う。

 むろん悩みは多い。インフラは弱い。また進出したある企業の話では「ここは労賃はベトナムの半分だが、人の生産性は六割」とのこと。むろんどこにいっても、生産性が高いのに労賃は安いなどというムシのいい話はない(あっても長続きはしない)。

 さてラオスは、本当にのどかでいいところで、あまり発展してほしくないという気もするが、その一方でインドシナ半島の域内統合が進むにつれて、なかなかおもしろいポジション。大規模市場にはならないが、周辺国との関税協定をうまく使った立地などは検討に値するかも。

 特にここらへんは、アジア開発銀行が旗をふってグレーターメコン構想を勧めている。各国が経済連携を深めれば、規模の経済が発揮できるうえに地域内の小競り合いも減る、という発想だ。このため、東西回廊や南北回廊と呼ばれる、国際高速道路網などが整いはじめ、これが近年かなり開通してきて域内の立地環境を大きく変えつつある。ラオスやカンボジアやベトナム中部は、よくも悪しくもその影響を大きく受けている。

 そしていま、人々が期待しているのはバングラデシュとミャンマーだ。バングラデシュは世紀の変わり目には、三日ごとにゼネストをやっているどうしようもないところで、目先の変わったところが好きなぼくですら、二度ときたくないと思ったほどだが、近年急速に改善を見せて、まともな投資先になりつつある。

 そして一時、有望投資先としてバングラと並び称されることが多かったのがミャンマー。でもここは最近、一気に人気を高めている。これまで軍事政権だの人権問題だのといったくだらない(いや、ぼくは本気でくだらないと思っている)話で経済封鎖をされていて、発展に取り残されてきたところだ。でもここは、かつてのイギリス支配もあって、法制度はある。証券市場も昔からある。人口も多い。資源もあるし、ポテンシャルはとにかく高い。みんな注目している。

 いままでだって、欧米企業は経済封鎖といいつつ、実はうまいことトンネル企業を作って結構手を出しているし、そんな話は気にしない韓国や中国の企業がすでにどんどん来ていて、日本企業だけが律儀に進出を控えていてたいへんもどかしかったところ。ある禁止の一線があるとき、日本は線を踏んでもいけないと思うが、他のところは超えなければいいと解釈する、というのはよくあることだ。が、デモ隊への発砲などで一時後退はしたものの、いまやスーチーを解放し、形式的には選挙もやり、そろそろ封鎖も解けそうだ。日本もODA復活が視野に入ってきたし、一気にビジネス環境が整うかも知れない。

 ちなみに経済封鎖をしたからって民主化が進むわけじゃない。国民は軍事政権に依存せざるを得ず、かえって軍政は強まりかねない。中国やアラブ圏でもわかるように、経済を発達させることで人々が権利主張と民主主義にめざめる可能性のほうがずっと高いはずだ。逆にそれは不安定要素でもあるので要注意だけれど。

 細かい話をすればきりがない。そして全般に各国のいいところを書いてきたが、もちろん悪いところは山ほどある。交通渋滞、タイの洪水や政治動乱が示すような、かなり発達したところでも持つ脆弱性。人材面の層の薄さもある。トップは留学経験者も多く、そこらの大卒日本人では太刀打ちできないが、そこから一段下がったとたんに急に人がいなくなり、中間管理職などを任せられる人材がいないのはどこの国でも見られる現象だ。でも、ポテンシャルはだれにでも感じられる。成長がまちがいなければ、こうした問題もいずれなんとかなるし、その対応を考えることさえときにビジネスチャンスに変わることもある。

 一方で、日本がそうしたチャンスをモノにできるかも問題だ。日本企業は決定が遅く、名刺交換しかしないというのは不評だ。他の国では、現地に重役がきたら契約書にサインして話がまとまるのが当然だが、日本は重役が何も決められないうえ、事業のことも大して知らず、ドラッカーとか抽象的なお説教ばかりでうんざりすると不評だ。外に出たら、当然ながら中国、韓国、欧米企業、そして国内市場を狙うなら現地企業との熾烈な闘いになる。戸口に片足をつっこむような強引な手口をなかなか使わない/使えないのは日本の強みだと言われることもあるが、むしろ弱みになっている面も大きい。また現地に住み着く中国人に比べ、出張ベースですませようとする日本人はどうしても腰の入り方も弱い。これはたぶん、読者のみなさんが自分の問題として考えなくてはならないことだろう。

 執筆時点で日本で話題になっているのは、TPPをめぐる愚かしい議論だ。TPPなんかより、同時期の円高放置のほうがよっぽど貿易に悪影響を与え、国内産業の壊滅を招くことを考えると、そもそもがピント外れではある。そしてTPP反対論にあらわれているのは、昔ながらの保護貿易議論だ。内にこもった、既得権保護のみを考える身勝手な議論にすぎない。そういうレベルでしか議論が章jないということ自体が、いまの日本の不幸でもある。いますぐ事業展開しないにしても、いまのアジアの発展を何らかの形で実感することは、そうしたいまの日本に蔓延する偏狭ぶりを認識することでもある。それを一人でも多くの人が感じ取ってくれれば、日本にとってもちがう道筋が見えるんじゃないかと思うんだが。



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YAMAGATA Hiroo <hiyori13@alum.mit.edu>
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