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『高度一万メートルからの眺め』 連載 15 回??

ことばを知っていると安心できる?

月刊『GQ』 2010/09月号

要約:実物を知らなくても、それを表す言葉を知っていると安心してしまうのはなぜだろう。なお、この話はフィクションで、ぼくは鱧くらいずっと昔から書ける。オズ安二郎の映画に出てきましたもの。


 いつぞや京都にでかけたとき、レストランのカウンター席でご飯を食べていたら、隣に、アメリカ人の観光客カップルがすわった。そこは結構よい店で、コースで料理が出てくる。かれらも喜んでデジカメで写真など撮りつつ食べていたのだが、途中で出てきたのが、ハモの料理だった。

 それを見てかれら、ちょっと怪訝な顔をして、店の人に英語で「これはなんですか」と尋ねたのだった。

 さてそう言われて、何と答えればいいだろう。ぼくはその場で、自分なら何と答えるだろうと思ってかなり考えこんでしまったのだった。店の人も、同じくちょっとちょっと困ったような表情を浮かべてつつも「This is Hamo」と答えたのだった。

 そう言われたアメリカ人たちは、当然ながら次の質問をするわけだ。「Hamoって何?」

 うーん。そう言われてもなあ。店の人は答えに詰まって「魚の一種だ」と答えたのだが、質問モードに入ったアメリカ人はさらに「どんな魚?」と尋ねるのだった。

 ぼくの連れはそれを聞いてクスクス笑いながら「どんなって言ったって、目の前にあるその代物がハモだとしか言いようがないわよねえ」とつぶやく。むろんその料理はハモの元型などとどめてはいなかったのだけれど。ぼくはぼくで、ハモというのがいったいどんな魚だっけ、と考えようとして、実はよく知らないことに思い当たったのだった。だって魚屋で日頃見かけるような魚じゃないし、料理された状態でしか見たことないんだもの。

 店の人たちはそれに対して「おい、どう説明すりゃいいんだよ」とカウンターの向こうで顔を見合わせつつ、「えーと、なんかウナギみたいで、銀色のもので、細長いんだよ」と説明していて、それでアメリカ人たちも一応引き下がった。おお、そういえば確かハモってそんなものだったような気もする。その後はみんな普通にご飯を食べつつ、ぼくは連れといまの一件の話になったのだった。

 ぼくだったら「これ何?」と尋ねて「ハモです」「クエです」と言われたらそれで納得しただろう。でも、実はハモもクエもよく知っているわけではない。つまりハモだという答えは、ぼくにとっては実は追加の情報を持っていない。隣のアメリカ人と同様、それで納得する理由はないはずだ。それなのに納得してしまうのはなぜ?

 でも、とりあえず何か名前がついてるものだというのは安心できるんじゃないの、と彼女は言う。一応、得体の知れないものではなくて、食べ物として認められているものだということはわかるでしょうに。

 でもそれはアメリカ人も同じだよなあ。でもかれらはHamoっていう名前を教わっただけじゃ納得しないし、ぼくだってアフリカで出てきた肉が、グラスカッターの肉だと言われただけでは納得しなかったぜ、とぼく。

 グラスカッターって何? と尋ねるので教えてあげると、彼女は顔をしかめた。食事中にそういうのを持ち出さないでよ。ご飯がまずくなるじゃない。ちなみに知りたくもないだろうが、それは、でっかいネズミの一種なのだ。

 でもハモの場合、たぶん魚としての詳細は知らなくても、あなたはその名前や用途をどこかで聞いて漠然と知ってはいるし、何よりすでに食べたこともあるから、それで安心するんでしょう。そういう背景がまったくない、その手のゲテモノとはちがって。それにハモは、実物はあたしも知らないけれど、漢字もなんだか美味しそうじゃない?

 ぼくはキョトンとした。ハモって、どういう漢字なの?

 彼女はそれを聞いて、勝ち誇ったように笑って言うのだった。えー、信じられない。魚偏に豊って書くのよ。常識じゃない! ほら! と言って、ケータイで変換して出して見せてくれる。なるほどね。鱧ね。

 あれだけ本出してて、意外とモノ知らずなのねえ。そう言われて、ぼくは思ったのだった。ハモなんか嫌いだ、と。



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YAMAGATA Hiroo <hiyori13@alum.mit.edu>
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