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『高度一万メートルからの眺め』 連載 15 回??

搭乗行列に見る人間心理の諸相

月刊『GQ』 2010/01月号

要約:空港の搭乗行列を見ているだけでもいろいろ人間心理がうかがえておもしろいものです。


 飛行機の出発時間が過ぎてもまだ搭乗が始まらないのだけれど、これを書いている横では、気の早いエコノミークラスの連中がすでにゾロゾロと搭乗口の前に行列を作っている。

 年の半分近くを出張で過ごすようになってずいぶんたつので、この光景はいやというほど見ている。そしてそれについての態度もだんだん変わってきた。ぼくも昔は行列に加わっていた。そしてその横で、ビジネスクラス以上が優先的に搭乗させてもらえて、しかもその搭乗口が多くの場合に無人なのを見て、許せーん、少数の金持ちのためだけにあの搭乗口が活用されていないのは、非効率であり社会的な損失である! と義憤にかられていたものだ。

 が、だんだん知恵もついてくるし、状況もかわる。まず、そもそも搭乗口にずらずら並ぶのがバカだ。十五年ほど前なら意味はあった。いまよりダブルブッキングも圧倒的に多く(特に格安だとそうなった)、なるべく早めにのって席を押さえるのは必須だった。

 満席に近いフライトほどその可能性は高く、したがってはやめに行列に並ぶことが賢明で、みんながそう思うので行列はなおさら早めに長く形成され、その列を見て焦った人たちがもっと我先に並び……そんなこんなで、出発一時間前からすごい行列ができているなどという光景も結構あった。もちろん、それを見てなんだかわからずとりあえず並ぶ人、というのも山ほどいて、それが状況にさらに拍車をかけた。

 でもいまやダブルブッキングははるかに減った。ITは偉大だ。その場の判断でウェイティングリストの人たちにどかどかシートをあげてしまう、アメリカやインドの地方航空会社などでかろうじて起こるくらい。そのリスクがなければシートは指定されてるんだし、はやく入っても意味はない。そうそう、全財産を機内に持ち込もうとする人たちは、場所取りに必死で早く乗りたがるけれど、そう何でもかんでも持ち込みなさんな。

 そしてそれ以上に、自分もたまにビジネスクラスに乗れるようになると、態度がかわる。きみぃ、追加でお金を払えば追加のサービスが受けられるのは当然ではないの。だいたいそういう社会原理を理解せずにビジネスクラス用搭乗口にやってくるやつに限って、搭乗券をあらかじめ用意しておくくらいのこともわかっておらず、その場でかばんをひっくり返しはじめるのだ。ええい、控えおろう、この貧乏人どもめ!

 ……などと考えている自分に気がついて、各種の社会問題がなかなか解決できない理由はこんなところにあって、立場によって人は無意識に考え方も変わってしまうせいもあるんだろうな、というのを認識したのもずいぶん前のことではある。義憤だと思っているものは実はひがみであり、原理だと思っているものが実は単なる自分の既得権擁護だということはあまりに多い。そこにはなかなか歩み寄りの余地は生じない。

 ついでながら、たぶんいま書いた搭乗口への行列形成の仕組みも、バブル形成・崩壊の仕組みそのもので、うまくモデル化すればノーベル経済学賞がとれるくらいの論文になるんだろうなあ。少数の、非常に小さい確率のリスクや儲けを予想した人々がそれを回避したり確保するための行動をとり、それがそのリスクや儲けを大きく見せ、さらに付和雷同がそこに加わり、というわけだ。

 と書いている間に優先搭乗が始まり、そしていまやっと一般搭乗がはじまった模様。うちの会社もしばらく前から経費削減とやらで、珍しくお金のあるプロジェクトでもとにかくエコノミークラスしかまかりならぬという間抜けな規定ができてしまったので、ぼくもまもなくこの人々に加わることにはなる。が、考えてみればそれは規定のせいではなく、ぼくのプロジェクトはそもそもお金がなかったので、どのみちエコノミーしか無理だっただろうけど。この列がなくなるまでにはもうしばらくかかるだろうが、それまでに原稿を書き終えられるかな。Nex stop, Singapore.



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YAMAGATA Hiroo <hiyori13@alum.mit.edu>
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