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『高度一万メートルからの眺め』 連載 15 回??

高齢化に思う

月刊『GQ』 2009/10月号

要約:上海の日食はどしゃぶりで見えず。己の不運を呪う中で、やはり不運だったマクナマラ他界を思う。(注:自分でもえらく強引な組み合わせだと思う。何を考えてたんだ? その後、さらに読むとマクナマラは運が悪いだけでなく、己自身が失敗の種をまいていたことがわかってきた)


 この一世紀で、人間の寿命は恐ろしいくらい延びた。そしてその分、生活も変わるはずなんだけれど、基本的なライフサイクルはあまり変わっていない。ぼくはそれが今の世の中の多くの問題を引き起こしていると思うのだ。

 数世紀前、平均寿命が五十歳に達しなかった頃の人の伝記とかを読むと、活躍のピークは二十歳すぎ。三十前には世界征服を果たしたりしている。四十過ぎたらもう年寄り、五十過ぎたら爺婆でいつ死んでもおかしくなくて、六十過ぎて生きるなんてのは村に数人の珍しい存在。それが世界の常識だった。

 十九世紀くらいから医療が飛躍的な進歩をとげ、先進国では寿命がやたらにのびた。それでもたぶん二十世紀半ばくらいまでは、大卒二十二で就職、二十五で結婚、三十前くらいに子供ができて、三十代半ばくらいで親の死に目にあって葬式を出し、四十代になったらもう自分一人。五十過ぎには子供が独り立ちして、孫ができるくらいで定年、あとは二十年ほど余生を送る、といったライフスタイルがだいたいできあがっていた。

 でも、それが近年さらに大幅に変わっている。

 親の世代は、昔通りに二十代半ばから後半で子供を産んだ。その子供が五十、六十になっても、今は両親はおろかその祖父母まで平気で生きていたりする。子供が定年で仕事やめても、親はずっと生きている。ぼくはそれは万人にとって不幸なことだと思う。子供は、何となく親を養わなくてはいけないような気分がある。でもその親の親も生きていると、とても養いきれない。

 いまの日本の景気悪化は、需要が不足しているせいだ。みんな金を使わず、貯金ばかりしている。それは一つは日銀がデフレを悪化させる政策をかたくなに採り続けているせいだ。デフレでは、手持ちの現金の価値は明日になったら上がるから、なるべき今日はお金を使わないようにする。でも、年寄りが不安だ不安だとバカみたいに繰り返して貯金ばかりしているのは、一つには寿命が無用に延びてしまったからでもある。

 そしてそのおかげで、いろんなところで世代交代が進まない。かつて、宮沢喜一や金丸信が百年たっても政治の一線から退かなかったために、ぼくはいまの自民党の若手(当時)が活躍する機会を奪われて、融通のきかない年寄りになってからやっと表舞台に出たために、政治は硬直したと思う。建築も芸能も物書きの世界も似たり寄ったり。いつまでも同じ顔ばかりだ。

 アメリカでは、世代交代を意識的にやっていると思う。バーナンキがFRB議長に就任して、サブプライム問題が顕在化した頃、前任のグリーンスパンがかれの政策の一挙一動についてコメントしていた時期があった。そのとき、「おまえは黙れ」という声が経済学者たちからきちんと出た。特に、バーナンキの苦労の半分はグリーンスパンの尻ぬぐいだったこともある。そして、その後グリーンスパンは賢しらなコメントをしなくなった。世代交代はきちんと進んだ。

 たぶん日本でそこまで意識的な対応を望むのは無理だろう。儒教の影響で敬老精神が必要以上にありがたがられているから。でも敬老なんて、年寄りが少なくて珍しいからできたことだ。でもいずれ、生物学的な年齢構造の変化まで考えた新しいバランスができると思いたい。そしていま、それが起きているんじゃないか。晩婚化が進み、出産年齢もあがっている。やがて四十過ぎで子供ができて、その子供が就職してしばらくしたら、もう親は七十前後ですぐに死んで、子供たちが足かせなく活動できる世界を遺してやる――なんかそんな新しいバランスに移行できるんじゃないか。そうなると、高齢化も少しは楽になるかもしれない。

 今はその過渡期だからいろんなもののおさまりが悪い。あれこれ問題と称するものも起こる。でも、こうした変化を考えると、少し様子はちがってきて見えるんじゃないかな。



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YAMAGATA Hiroo <hiyori13@alum.mit.edu>
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