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『高度一万メートルからの眺め』 連載 15 回??

どしゃぶりの上海日食とマクナマラ

月刊『GQ』 2009/9月号

要約:上海の日食はどしゃぶりで見えず。己の不運を呪う中で、やはり不運だったマクナマラ他界を思う。(注:自分でもえらく強引な組み合わせだと思う。何を考えてたんだ? その後、さらに読むとマクナマラは運が悪いだけでなく、己自身が失敗の種をまいていたことがわかってきた)


 このコラムの初回、ぼくは日食の話を書いた。今世紀最大級の日食が、二〇〇九年の七月二十二日に起こる、と。そしていまこれを書いているのは七月末。上海から戻ってきたぼくは深い泥のような失望の中でのたうちまわっている。来た、見た、負けた、というより来た、見えなかった、負けた、とでも言おうか。

 この日の上海の天気が悪そうだというのは、一週間くら前から言われてはいた。でも、前夜かなり強い雨が降って、それで雨雲が消えてくれるんじゃないかという期待もちょっとあった。かつてハンガリーで見たときはまさにそんな感じだったし。それに人民解放軍が(北京オリンピックのときと同様に)降雨弾を撃って前日までに雲を全部落とし、当日は中国で世界的な天文ショーをアピールしつつ、上海万博の宣伝をするのだ、というまことしやかな噂も流れた。だからひょっとしたら、と期待したのだが。

 が、当日の朝は低く垂れ込めたものすごい雲。太陽がどこにあるかすらわからない状態。それでも、人民広場には、少しでもお天道様が顔を見せないものかと紅毛人も中国人も日本人も、たくさん集まっていて空を仰いでいた。だが日食開始の八時半頃になっても、雲は減るどころかなお厚くなるばかり。だんだん空が暗くなってきたのも、太陽が月に隠れたせいか、それとも雲が濃くなっただけなのか。

 そして、とどめはまさに皆既日食になる直前頃からの雨。あーあ、天はとことん人々を愚弄するつもりのようで。

 それでも、皆既日食になると最後の三十秒くらいで、あたりがぐんぐんと暗くなり、太陽が完全に隠れるとあたりは真っ暗になる。それはそれはシュールな光景ではあった。雨の中、人々みんな「おおーっ」と感動の声をいっせいに上げたが……

 そこで雨はさらに強さを増し、人々は逃げ出すしかなかったのだった。

 帰ってテレビを観ると、まさに今回の日食コースにほぼ沿う形で厚い雲と豪雨地帯となっていて、是が非でもこの皆既日食を中国の人々に見せるまいという悪意のようなものすら感じられてげんなり。これでは降雨弾くらいではどうにもならないだろう。

 実は七月頭に、ベトナム戦争悪化の主犯格の一人とされる、ロバート・マクナマラが他界した。一般には好戦的なタカ派の印象もあるけれど、かれは実は戦争など嫌いで非常に実直な人物で、定量化によるシステム分析と合理的な戦略立案では本当に優秀な人間だった。優秀なテクノクラートで、すばらしく頭がよかったんだが……かれの最大の欠点は、ツキがないことだった。フォードでも、アメリカのペンタゴンでも、かれが入ってきたときに限っていろんなことがうまくいかない。それはどう見てもかれのせいではなく、たまたまそうなってしまっただけ。かれはそのツキのないところで最大限の成果をあげようとはするんだけれど、でも合理的にできることには限界がある。

 宿に戻って、降り続く雨空を眺めつつ、なんとなくそんなことに思いをはせてしまいましたよ。いや、世界の歴史を左右したマクナマラの運命と、なんと言っても日食が見られなかったくらいの話とでは比較にならないのは承知のうえだが、それでもやはり、ツキには勝てないよなあ。いっしょに来たいといっていた晴れ女が一ヶ月前に足抜けしたのは、これを予見していたのかなあ。

 とはいえ、常にプランBを用意しておくのも人の知恵。こんなこともあろうかと思って、今回の夏休みの行き先は上海にしたのだった。万が一天気が悪くても、上海なら他にすることもある。飯はうまいし新しい開発も山ほどあるし。どこかの島にテントを張っていた人々はかわいそうに。そして数年ぶりの上海は、やっぱりおもしろいところではあったのだった。が、この話はまたいずれ。



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YAMAGATA Hiroo <hiyori13@alum.mit.edu>
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