たのむよ、仕事わかってくんない?

Understand My Job, Please!


Eric S. Raymond(esr@thyrsus.com
山形浩生(hiyori13@mailhost.net) 訳



たのむから、ぼくの仕事わかってもらえないかな。

 3 日前(1999.03.28)に、ぼくは「たのむよ、仕事かわってくんない?」をポストした。別にインターネットの心理学的プローブとして書いたつもりの文ではなかったのだけれど、あれへの反応はみんながいかにコミュニケーションを、自分自身の魂胆や思いこみや欲望にあわせてゆがめて解釈するか、というとっても興味深い調査研究になった。

 ぼくにとっていちばんおもしろい発見というのは、多くの人が実にせっかちに、ぼくがもうへこたれて、あきらめて、店を畳んで夜逃げしたんだと結論にとびついた、そのものすごい速さだった。たしかにぼくは、自分の生活を取り戻したいなー、Slashdot の小僧っこどもや、その精神的なご同類どもから石を投げられるのはもうやだなー、とは言ったけれど、ぼくの仕事をかわってくれる交代要員(あるいは交代要員たち)がいないなら心安らかに引退なんかできないというのは、かなりはっきり書いたつもりだったんだけれどな。

 だから、もうダイレクトに言わせてもらう。あの文章は、ぼくが引退を決めてそれを発表するためのものじゃない。あれは警告のつもりだったんだ。文化としてのハッカー界は、自分で自分を喰ってしまうというろくでもないクセがある――実現不可能なほどの完璧さを要求して、最悪の事態ばかり考えて、考えもせずにフレーミング。よそうよ。大人になんなきゃ。今週のつるしあげはぼくかもしれないし、ほかのだれかかもしれない。でも、上手な支持者や指導者はそんなに生まれてこないんだから、無駄になんかできないはず。それをやっちゃうというぼくたちのクセのおかげもあって、ぼくたちはずいぶんと周縁的で弱い立場におかれてきた。ここらでさっさと新しいクセをつけて、手持ちの旗振り役をあまりいじめないようにしたほうがいいよ。

 そして、ここでぼくは、いかなる意味でも別に自分一人だけの話をしてるんじゃない。過去 10 年にわたって、無理矢理がんばって切り抜けようとしたためにつぶれてしまった人は、少なくとも 1 ダースは挙げられる。この人たちは、ぼくがやったみたいな救助信号を出さないまま、その人たちのしんぼうの極限をこえてしまったわけだ。それに加えてぼくは、ひとたびならず限界を超えるくらいのところにまで押しやられて、もうストレスがたまりすぎていて、居残ってもらいたいならすごく気をつかったほうがいいような人たちも、あと 4 人くらいは挙げられるぜ。その一人は、リーヌス・トーヴァルズだよ。

 さらに、矢面に立ってくれる人たちを濫用するデメリットは、そいつらをつぶすというだけじゃない。確かに一部の人は、ぼくを弁士 10 人衆とすげかえるなんて話を、気軽にしてくれるけれど、でも多少は正気がある人で、この任に足るような人が一人でも手を挙げるかは怪しいもんだと思うな。労働環境がもっと改善しない限り。だって、なんのために? まともな人生を送る機会をなげうって、4 万人もの意見のそろわない理想主義者どものお気に召すことを心配したり、テストステロン中毒のチンピラどもに「選ばれたわけでのないのに出しゃばるな」だの「おまえ、目立ちたくてしょうがないだけだろう」なんて言われて我慢しなきゃならないのに?

 さっきぼくは「指導者」ということばを使った――前の文章では敢えて使わなかったことばだ。というのも、ぼくは自分が指導者だとは思っていないからだ。 支持者ではある。哲学者/理論家でもある。大使でもある。そして多少の太鼓持ちでもあるな、うん――ぼくはそういうのは上手なんだ。でもぼくを「指導者」にしたがる試みは、いつも避けてきたつもりだ。ぼくの仕事、つまり 1990 年に Jargon File を引き受けてからなんらかの形で続けてきた仕事というのは、ハッカー部族の価値観を表現・説明して反映させることだった。それを指導することなんかじゃない――そんなことは不可能だし、可能だとしてもぼくはやりたくない。

 それなのに、そこそこの数の人たちが、敢えて公開の場でぼくに呼びかけをして、指導したがるのはやめろとどうしてものたまいたがった。そして、われわれに必要なのは、どんな指導性なのか、そもそも指導が必要なのかなんてことを議論しよう、とか言う。ぽくにいわせれば、こういう議論ってのはそれを口にする人たちが、権力についてどういう先入観にとらわれているかを雄弁に物語るものであって、ぼくがやったり言ったりしたこととはほとんど関係ないね。古い禅講話のオチにあるだろう。「その女性なら、わたしは川辺に残してきたんだが。きみはいまだに背負ったままなのかね?

 皮肉なことに、ぼくの仕事でいちばん「指導性」に近いもの(OSI の会長職)は、いちばん気を使わないですむものだったりする。アップルと APSL 1.1 での変更点について協議する(いまもこれをやってるところだ)は、APSL 1.0 に内在する邪悪さに関する糾弾文書をまたも読まされたり、一日 6 本目のマスコミ取材電話に答えたり、月に 2 週間もとびまわったりするのにくらべれば、ずっと楽だ。

 うん、そして APSL と言えばだ。多くの人は、あれについて悪評が広まったので、ぼくが落ち込んだんだという結論にとびついた。確かに関係はあるんだけれど、でもそんなわかりやすいものじゃない。多くの人は、あのライセンスに欠陥があって、OSI がまちがえたと思ったわけだけれど、別にそれでは大して傷つかなかった――ぼくはそんなことでしょげるほどいくじなしじゃあないよ。それは単に、OSI としてあのライセンスを見直して、ひょっとしたらアップルとも交渉しなおす義務ができたな、というだけのことだ。でも、かなりがっかりしたのは、その悪評が広まったときの 2 つのできごとだ。そしてそれは、ハッカー文化が繰り返さないようにすべきふるまいなんだ:

  1. もっとましなまねのできるはずの人たち(Perens/Akkerman/JacksonRMS)は、懸念事項があったときに、OSI やアップルに直接言うかわりに、いきなり公開の場で爆弾を投げつけるようなことをしてくれた。

  2. その他の人たちも、いきなり被害妄想のフレーミングきちがいと化して、OSI の回答を無視して、ぼくが自分だけでハッカー部族をごうつくばりの企業簒奪者どもに売り渡す陰謀を練ってるといって糾弾した。

 ここで何が気に障るのか? 公開の場に出た人たちは、だれ一人として深呼吸 10 回するほどの再考もしてくれなかったってことだ。それどころか、われらが派閥大事の文化的純粋性支持候補者のみなさん方は、コミュニティを分断し、要りもしない面倒を引き起こしただけだった。おかげで、アップルと APSL の問題点を解決しようという交渉をしていたのが、ずっとやりにくくなった――事前に OSI に静かに質問してくれればよかったのに。そして別に、かわりに何も達成できたわけじゃない。

 実際問題として、こういう足のひっぱり屋たちのだれ一人として、いちばん手近なスケープゴートへの電子リンチ合戦以上の建設的な反応を発展させた人はまるでいなかった。そしてこれはまちがいなくつらかった。もし努力と評判をを賭けてまで自分のために奮闘している人たちに向かって、イデオロギーナイフをふりかざす前に「これってどうなってんの」とていねいに聞こうとするだけの信頼もおけないというんなら、そういう人たちはたぶんこの先長くは協力してくれないだろうから。

 でも、ぼくがこれを問題にしているほんとうの理由は、個人的なものじゃない――ぼくたちは、こういう青臭い茶番を公開の場でやるべきじゃないってことを学習すべきだからだ。いまは懸かってるものが大きすぎるだろう。ぼくたちがガキみたいにいがみあってると、産業界も、主流のマスコミですら、それをかぎつけて、あああいつらは、監督者がいないと遊び場でも信用できないような、分裂気味のイカレポンチどもなんだな、というレッテルを貼るのがオチだ。まして、 21 世紀のコンピュータのインフラをこんなやつらに任せられないな、と思われるだけだよ。そしてぼくたちが、われわれの内部抗争をもっと優雅に慎重に処理することを覚えないと、連中のそのレッテルはほんとうに正当で、ぼくたちはほんとうにこのチャンスをふいにすることになってしまうんだぜ。

 だから、スポークスマンや指導者たちをやり玉にあげないためにすべきことは、ハッカー界の外部から正気で信頼できる責任ある大人として見られるためにすべきことと、まったく同じなんだ。これって、偶然の一致なんかじゃないのはわかってるよね……

 じゃあ、この先おまえはどうするのかって?

 まず、支持の電子メールをまさに何百も送ってくれた人みんなに感謝したい。特に、ぼくの仕事を必要以上に難しくしたとか、あるいはほかの連中に対してちゃんと反論しなかったことについて謝ってくれた多数の人たちに。謝ってもらえたのは、ぼくにとってだいじなことだった。フレーム屋や偏執狂たちの剣幕で、そういう連中が少数派だってのを忘れかけていたところだったから。Slashdot での「たのむよ、仕事かわってくんない?」に関するスレッドでさえ、ほとんど 50% はぼくに好意的で、これにはおどろいた。

 で、次に休みをとるぞ。そして戻ってきたら、講演や取材対応は少し控える。そういうわけで、昨日になって Wired が来月のぼくの経歴記事をとりやめたときいて、とてもありがたく思った。かれらがキャンセルした理由? ぼくが「国内外で取材されすぎているから」だって――つまりは露出過剰。ぼくもそう思う。ちょっとリラックスして充電して、コードを書いて、女房とつるんで、ネコと遊んで、.45 口径で 100 発くらい弾をぶっ放して、オープンソース経済とビジネスモデルについての論文を書き上げよう。

 でも、 OSI を辞任したりはしない。企業界のアップルだろうとだれだろうと、ハッカー流のやり方を本気でしてみたいところとは、協力を続ける。ほとんどの場合、この仕事というのは表に出ない、舞台裏での静かな話し合いだ(いまだってそうだ)。ときどきは、大きく報道されることもあるだろう。後継者を育てる努力もしよう。時がきたら、その人のために身を引こう。

 ぼくはわが部族を見放したりはしない。もう 20 年以上にもわたって、ぼくはむかつかないソフトにあふれた世界に暮らすことを夢見ていた。きれいで、強力で、信頼できて、きちんと書かれたコード、技術屋たちが愛して誇れるコード、ボロボロで穴だらけで悲惨で罵倒するしかないような代物じゃないコードの世界だ。人々に、胃潰瘍じゃなくて選択を与えるようなインフラ、独占によるロックインじゃなくて、自由を与えるインフラ。そこへの道として、オープンソース・モデルはいちばん見込みがありそうだと信じているし、ハッカー文化の力と自由市場が手を組めば、それがうまくいくとぼくは信じている。勝てるよ。世界をほんとうにましな場所にできるんだ。ぼくたちにはそれだけの脳味噌も人物も持っているんだ――もし技術との関係だけでなく、お互いとの関係においても、最高のものを求めるようにしさえすれば。

 親切さを育てようよ。信頼を育てようよ。イカレた連中が気勢をあげてたら、ちゃんと反論しよう。でも、連中のレベルにあわせることなく。寛大になろうよ。ぼくや、その他の支持者や指導者たちに対してだけでなく(もっともぼくたちだって、それは必要だ。ぼくたちだって人間だし、責任ってのは重たいんだから)、お互いに対しても。ぼくたちがお互いにケンカして使うエネルギーは、ぼくたちが大事な仕事に使えたはずのエネルギーじゃないか。ぼくたちは世界にもっとましなものを提供できるはずだろう。いっしょにやるべきでかい仕事があるじゃないか。そっちにかかろうよ。


訳注:

Slashdot
http://www.slashdot.org/を見てほしい。おたくむけの技術関連情報を流して、それに対していろんなマニアたちがコメントをつけて議論しあうというサイト。エリック・レイモンドがここで描写しているほど悪いところではなくて、まじめにみんな技術問題やその意味について議論していて、かなり参考になるんだけれど、こういう場の常として「MS 死んでよし」とか「企業のやることすべて悪」とかいう連中もかなりの割合でいる。


.45 口径で 100 発
ときどき驚く人がいるんだけれど、エリック・レイモンドはガンマニアで、拳銃保持賛成論者で、完全自由主義論者。いわゆるリバータニアンってやつ。フリーソフト支持者だからって、ヒッピーがかった左翼くずれとは限らないのだ。


オープンソース経済とビジネスモデルについての論文
もちろんこれは、あの名論文「伽藍とバザール」「ノウアスフィアの開墾」に続く論文のこと。はやく書いてね。4 部作なんだけれど、次のやつがテーマ的にはいちばんおもしろそうだ。日本では少なくとも、この論文の予告を見て研究テーマを変えた人が 3 人はいる。


禅講話のオチ
訳したときには意味がわからなかったんだけれど、通りすがりのきむらさんが教えてくれた。こんな話だそうな:

禅僧と同行者(仲間の禅僧か?)が旅をしている時に,とある川にさしかかった。橋がないので,向こう岸に渡るには膝上ほどの深さがある水の中を歩いて行く必要がある。
ふと見ると、うら若き女性が川岸で立往生している。 (「服を汚したくない.しかし,裾をからげるのはみっともない」だったか) そこで禅僧はその女性を背負ってやり,川を渡った。
 禅僧達は旅を続けたが、やがて同行者は「僧侶であるにも関わらず女性に 触れた」事について,禅僧を責めはじめた。しばらくそれを黙って聞いたあと、禅僧は次のように言った.(以下オチに続く)

 なるほどなるほど。うーむ、深いわ。ありがとうございます。

 あと、このままだとフェアじゃないところがあると思うので、ここでやり玉にあがっているペレンスのこれに対する反論も是非読んでほしい。ペレンスは、事前にアップルや OSI にコンタクトしてるんだけれど、どうもいきちがいがあったらしい。その意味で、ちょっとここに書かれていることは言い過ぎの面もある。さらに、公開書簡で APSL に問題点があるんじゃないか、と指摘することが「公の場で爆弾を投げつける」ことになるというここでの ESR の議論も、かなり変だ。ペレンスのほうも、APSL みたいなものをまったく評価していないわけじゃないし、そんなに両者に開きはないと思うんだが。なんとかうまくお互い握手できるといいね。

付記:ESRが「爆弾」と称しているものと、「OSI の回答」にはyomoyomo氏による邦訳があったので、リンクをそっちにはりなおした。

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