たのむよ、仕事かわってくんない?

(Take My Job, Please!) 1999.03.29 発表


Eric S. Raymond(esr@thyrsus.com
山形浩生(hiyori13@mailhost.net) 訳



たのむから、ぼくの仕事かわってもらえないかな。

 どんな仕事かって? えーと……つまりハッカー一族の公式旗振り役、ジャーナリストへの口寄せ、企業界への伝道師・インターフェースってなもんだ。

 だいじな仕事なんだよ。だって、思想やアイデアってのはひとりでに売れてくれるもんじゃないもの。技術的にすぐれていても、それだけじゃ勝てない。まともなプロパガンダがないと。しかもここで相手にしてるのは、企業屋根性の惰性と、あらゆる競合相手を押しつぶすために手当たり次第の FUD を死ぬまで使う覚悟のマーケットリーダーが背負った全勢力だから。メディアや企業人たちは、信用できるなと思える顔を見せてあげて、信じられそうなお話を連中のことばで聞かせてやらないとダメだ。そうでないと、ぼくたちがどれほど賢くて優秀で純粋であっても、レッドモンドからこんどまた 10 億ドルのマーケティングキャンペーンがやってきたら、おぼれ死んじゃうだろ。

 でも、すごくいい仕事でもあるんだ。アメリカや世界中を飛行機で飛び回れるし、豪華なホテルにもいっぱい泊まれる。全国紙で権威としてコメントが載ったりする。フォーチュン 500 の大企業重役さんたちが、いっしょうけんめい耳を傾けてくれるよ。ペンタゴンのグレーの高官たちまで、国家安全保障ワークショップで話をしてくれなんて言う。おもしろくて有力な人たちともいっぱい会えるんだ(うん、この 2 週間だけでも、スティーブ・ジョブス、ジェフ・ベゾス(訳注:これだれ? Amazon.com のもと親分だって)、ジョン・スカリー(訳注:これだれ? って、こっちはジョークね)、ミッチ・ケイパー、エスター・ダイソン、財務省ロシア担当次官と、さしで話をしてるんだぜ)。全国雑誌に原稿を書いてくれって言われるし、Linux ユーザグループにいけば王侯貴族なみの扱いだ。Wired (来月号)にも経歴紹介が出る。歴史を自分でつくりだせる。それにグルーピーたちだってついちゃうんだぜ(はいはい、実を言えばまあこれはホントは 1 回しかなかったんだけど、それでもとぉってもいい娘だったぜ)。

 ほぉ、じゃあもしこの仕事がこんなに大事でクールなら、なんでやめちゃいたいのかって?

 一つには、これをやってることで失うもっとだいじなものがあるってこと。プライバシーとか、自分の時間とか、私生活のかなりの部分とか。この仕事をちゃんとやるには、時間の半分は旅行中で、残り半分はほとんどジャーナリストの要求に応じてるばっかりになっちゃう。2 週間もすると、女房やネコや家がすごく恋しくなってくるし、いつも荷物しょって機内食ばかり喰ってるってのは、それよりずっとはやく飽きがくる。それをぼくはもう 1 年もやってきてるんだよ。

 でももっとひどいことがある。そもそもこうやってその道につく原因になったことについて、本気で考えてみる時間が、必死でたたかわないとつくれないんだ。そして実際にコードをハッキングするエネルギーがほとんどなくなる。かわりに、スーツ姿の知らないヤツ相手にあーだこーだと弁舌ふりまいてる自分に気がついて、だんだん地面からゆっくり抜かれていく植物みたいな気分になってくるんだ――根っこはまだちぎれてないけれど、その圧力はじわじわと感じられる。

 でもいちばんつらいのはそれじゃない。いちばんつらいのは、自分の愛した人々、自分がそのために血の汗を流してるその部族の連中の仕打ちなんだ。まさにその連中が、攻撃してくるんだもの。必ず。全員じゃないし、大部分でもないけれど、こっちが傷つくくらいの数にはなる。

 メディアで飽和した世界では、メインストリームの関心をひきつづけるには、最低限の個人宣伝は絶対に不可欠なんだけれど、連中は手段を目的ととりちがえる。こっちが宣伝しようとしている思想やアイデアじゃなくて、それにのって空騒ぎしたいだけなんだと思って、無慈悲にいじめてくれる。手口がどうのとか。動機がこうのとか。人間が公式の場で口にするとは思いもしなかったような、すさまじい被害者意識まみれの妄想の犠牲になるよ。成功すればそれは歴史的にみてあたりまえだったというし、失敗したらつるしあげ。失敗は、こっち一人のせいにされるんだから。

 これはホントにつらいよ。頭では、こういうグチたれ屋のほとんどはテストステロン中毒の青臭いガキで、こっちをダシに騒いでるだけなのはわかってるんだけどね。後ろで騒いでる岡目八目連中の 50 人に一人だって、こっちのコーディングの経歴とはりあえるものはもってないし、100 人に一人だって、この任がつとまるだけの人格はもってなくて、そしてだれ一人としてこの仕事に一歩たりとも貢献してないのは、頭じゃわかってるんだけれど。それでもつらい。

 憐れんでくれなくてもいい――ぼくだって、そのくらいの覚悟はあってこの仕事に就いたんだから。道中で疲れてくるのもわかってた。自分の側にいるはずの連中の一部が、青臭いご託でこっちの息を詰まらせるのも見えてた。メインストリームへの迎合に見えることならなんにでも牙をむき出すやつらがいるのも知ってた。あまりに多くのハッカーたちは、「システム/体制」へのルサンチマンがなにかえらいことだと思いこむようになってるし、自分自身が周縁でしかないことについて、すっぱいぶどうの裏返しみたいな愛情を抱いてるんだから。

 でも、自分をごまかしちゃいけない。きみだって同じめにあうだろう。どんなに優れた仕事をしてもね。権威と成功についてのありとあらゆる被害妄想にとって、きみは心理的な雷の一閃に等しい存在になるんだから。

 これでやっていける唯一の方法は、この仕事が自分自身よりほんとうに大事なんだと心から信じていることだ――オープンソースソフト世界の可能性は、人間の自由と未来にとってあまりにだいじだから、だれかがどんなクソをくらわせてくれたって、そんなのはほとんど比べものにならないんだと信じていることだ。

 でもそう信じてはいても、そういうクソにはまちがいなく死ぬほどうんざりしてくるだろう。

 それでもまだこの仕事に興味あるって? すばらしい。必要な資格は以下のとおりだ:

 で、そこのきみ! もしこれだけの条件がそろってたら、いますぐ連絡よこして仕事をかわってくれ。ぜひきみにやってほしいのよ。ぼくがつぶれる前に、どうしてもだれかにかわってもらわなきゃならない。有能なところを見せてくれたら、もう全面的に応援しちゃう。マスコミの連絡先も全部あげるし、必要な紹介や根回しは全部するし、それがすんだらきみがクラクラするくらいの全速力で退場してあげるよ。引退してコーディングに戻れたら、ワタクシこれに勝るよろこびはございませんの。

 で、もしきみにこれだけの条件がそろってないんなら、自分のやってることが仕事を助けてるのか、じゃましてるのかってのをよく考えてみたほうがいいんじゃないかな。その時々で、だれがその仕事をやってるかはどうでもいいことだ――でも、この仕事そのものは、どうでもいいことなんかじゃない。この仕事がこなせそうなヤツはそんなに多くはないし、そいつらをみんなつぶしちゃったら、ぼくたちみんなが負けることになるんだぞ。

 だから、きみが先導役になる気もなくて、したがう気もないってんなら、少なくともこの立場にいるみじめなロクデナシにウンコを投げつけるようなことは、しないでくれないかな。ちょっとはかわいそうに思ってくれよ。なんといってもこいつは、きみのために働いてるんだからさ。


関連資料:

 この文章で言いたかったことはかなり誤解されてる。だから追加を書いた。「たのむよ、仕事わかってくんない?」( Understand My Job, Please!

 この文章を1999.03.29 に発表してものの数時間で、だれかがなかなかおもしろいパロディ版を書いてくれた。でも、おもしろくてもここで提案された問題は薄れていない。

オランダ語の翻訳

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YAMAGATA Hiroo <hiyori13@mailhost.net>