わたくし、倉骨訳『オープンソース・ソフトウェア』(オライリー)の翻訳に深い憂慮を抱くものでございます。


山形浩生



はい、そうなのでございます。とってもとっても憂慮しているのでございます。というのもですね、そこに収録される予定の A Brief History of Hackerdom の翻訳が、Linux Japan 1999 年 8 月号に載ったのですが、それがどうも肯定しかねる代物だからでございます。(実物が出たけれど、やっぱ肯定しかねましたです。さらにはこういうことを書かれても反省した様子もなしに、そのまま Web にアップロードされている。ま、いっけどさ)

 論点がわかるように、冒頭の部分についてちょっと比べてみよう。ちなみに、原文はhttp://www.tuxedo.org/~esr/faqs/hacker-hist.htmlにある。


倉骨「訳」 原文 山形訳
 コンピュータサイエンスは、1945 年以降、世界でもっとも聡明なそしてもっともクリエイティブな人たちを魅了し続けてきている。そして、エッカートとモークリーが ENIAC を開発していた頃、つまりコンピュータの歴史の黎明期と言っても過言ではない頃にも真のプログラマたちがいて、手早く作れ実際に使いものになるプログラムの創意工夫に熱中していた。とはいえ、「hacker」という呼び名が真のプログラマを指す意味で使われはじめるのは、1980 年以降のことだから、昔むかしのプログラマたちが自分たちで「hacker」と名乗っていたわけではない。それはさておき、コンピュータの世界ではプログラマたちの手によって、どちらかというと自意識の強いテクノカルチャーが脈々と培われてきている。

 コンピュータサイエンスの黎明期にプログラマとして活躍した人たちの多くは、工学系や物理学系の人たちだった。彼らは、白いソックス、化繊のシャツにネクタイ、そして分厚いめがねといういでたちでプログラムを書いていた。使っていたのは、マシン語やアセンブラ、FORTRAN といった言語であり、今では存在していたことさえ全く忘れ去られてしまったいくつかのコンピュータ言語である。ほとんど注目を集める存在ではなかったにせよ、彼らこそ真のプログラマ(hacker)文化の先駆者(パイオニア)たちだった。

 第二次世界大戦の終了直後から 1970 年代初頭までの四半世紀は、巨大で高価なメインフレームとバッチ処理の全盛期であり、コンピュータ文化を真のプログラマたちが支配していた時代でもあった。いまでも語り継がれている神話のいくつかは、もとをただせばこの時代にたどりつく。(Jargon Fileに採録されている)真のプログラマ Mel の伝説。様々なマーフィーの法則。いんちきドイツ語で書かれた「Blinkenlights」のポスターなどなど。これらはみんな当時作られたものである。

 真のプログラマ文化育ちの人たちの中には、1990 年代に入ってからも活躍し続けた人たちがいる。スーパーコンピュータのクレイシリーズの設計者であるシーモア・クレイもその一人だ。伝え聞くところによると、彼は、制御パネルのオン・オフ・スイッチを操作してブートシーケンスをマシン語で直接入力し、自作のオペレーティングシステムを立ち上げることができたそうだ。しかもひとつの間違いもなく――彼こそ究極のプログラマだったのかもしれない。

In the beginning, there were Real Programmers. 

That's not what they called themselves. They didn't call themselves `hackers', either, or anything in particular; the sobriquet `Real Programmer' wasn't coined until after 1980. But from 1945 onward, the technology of computing attracted many of the world's brightest and most creative minds. From Eckert & Mauchly's ENIAC onward there was a more or less continuous and self-conscious technical culture of enthusiast programmers, people who built and played with software for fun.

The Real Programmers typically came out of engineering or physics backgrounds. They wore white socks and polyester shirts and ties and thick glasses and coded in machine language and assembler and FORTRAN and half a dozen ancient languages now forgotten. These were the hacker culture's precursors, the largely unsung protagonists of its prehistory. 

From the end of World War Two to the early 1970s, in the great days of batch computing and the ``big iron''
mainframes, the Real Programmers were the dominant technical culture in computing. A few pieces of revered hacker folklore date from this era, including the well-known story of Mel (included in the Jargon File), various lists of Murphy's Laws, and the mock-German ``Blinkenlights'' poster that still graces many computer rooms.

Some people who grew up in the `Real Programmer' culture remained active into the 1990s. Seymour Cray, designer of the Cray line of supercomputers, is said once to have toggled an entire operating system of his own design into a computer of his own design. In octal. Without an error. And it worked. Real Programmer macho supremo.

 はじめに、「本物のプログラマ」たちありき。

 かの人物たちが、自らこのように名乗ったわけではない。「ハッカー」とも自称しなかったし、なにか特に名前があったわけでもない。「本物のプログラマ」なる呼称は、1980 年以降まで使われなかった。しかしながら 1945 年からこのかた、計算機テクノロジーは世界最高の聡明でクリエイティブな頭脳をひきつけてきた。エッカートとモークリーの ENIAC 以来、熱心なプログラマの自覚的な技術文化は、大なり小なり絶え間なく続いてきた。それがおもしろいからという理由で、ソフトをつくって遊ぶ人たちの文化である。

 「本物のプログラマ」たちは、ふつうは工学や物理畑の出身であった。白い靴下にポリエステルのシャツと、ネクタイと分厚いめがねを身にまとい、機械語やアセンブラやFORTRANや、すでに忘れられた古代言語半ダースほどでコードを書いた。これがハッカー文化の先達であった。ハッカー文化前史の、ほとんど名もなき主役たちだ。

 第二次世界大戦末から 1970 年代初期まで、バッチ処理コンピューティングと「でっかい鋼鉄の」メインフレームの大いなる日々にあっては、「本物のプログラマ」たちが計算機世界の主要な技術文化だった。愛されしハッカー伝承のいくつかは、この時代からのものだ。たとえば有名なメルの物語(「Jargon File」に収録)、さまざまなマーフィーの法則の一覧表、そしていまだに多くの計算機室を彩っている、いんちきドイツ語による「Blinkenlights」ポスターなど。

 この「本物のプログラマ」文化で育った人々のうち、数人は 1990 年代になっても活躍を続けた。スーパーコンピュータの Cray シリーズを設計したシーモア・クレイは、自ら設計したコンピュータに、自ら設計した OS を、丸ごとトグルスイッチで入力したと伝えられる。八進数で。寸分たりとも過たずに。そしてそれが動いた。なんと雄々しき超弩級「本物のプログラマ」であることよ。

 さて、すぐにわかること。山形訳は、原文の文とだいたい対応している。ところが。倉骨「訳」は、原文と対応していない。まず頭の一文がぬけているし、最初の段落は、原文の最初の段落をぐちゃぐちゃに書き換えているのがよくわかるはず。全編この調子。たぶん読みやすくしたつもりだったんだろうね。後のほうになるにつれて、疲れたのかな、原文直訳に近くなってはいるんだけれど、ちょっと言い回しにこったり、ふざけたりしているところはすべて、倉骨が勝手に書き換えている。おいおい、ちょっとあまりにひどくないか?

 それと細かいとこがしゅっちゅうちがってるのがむかつくわな。原文の持っている意味を少し強めるとか、どうしても駄洒落がほしいとかいうときは、ぼくだってやるけれど、倉骨の場合、すべて恣意的で、そうする必然性がまったくない。「手早くつくれ実際に使いものになるプログラム」ってどっからでてきた? 1980 年以降まで出てこなかったのは、「本物のプログラマ」という呼び名であって、「ハッカー」っていう表現じゃないぞ。(追記:Real Programmer という表現は、Real Programmers Don't Use PASCALをベースにしているから、「本物のプログラマ」と訳すように、との指示を多方面よりいただいた。なるほどなるほど。そうそう、懐かしいね。あの文を忘れていたとはお恥ずかしい限り。早速なおしました。)

 この後者について言えば、なぜ倉骨がこういうまねをしているかというと、それはこの人の悪しき翻訳方針を温存するための小細工でもあったりするのね。原文では、もともと「本物のプログラマ」たちがいて、その文化がハッカーに引き継がれた、と主張しているわけだ。ところが倉骨は、Real Programmer を「真のプログラマ」と訳したうえに、「ハッカー」ということばにも「真のプログラマ」という訳をあてちゃってる。だからそのままだと「真のプログラマ文化が真のプログラマ文化に引き継がれた」というわけのわかんない文になるしかない。さすがにそれじゃまずいと思ったんで、それそごまかそうとして、なんかわかったつもりで原文をいじくってる。どっちかで「真のプログラマ」っていうのをやめればいいだけなのにね。
 ついでにシーモア・クレイがすごいのは、別にブートシーケンスごときをパチパチの二進数で入力してったからじゃねいぞう。IPL のロードくらいなら、このおれだって中学時代にやってたよ。かれがすごいのは、自作の OS を丸ごとそれで入力したからなのだ。こういう、細やかなジョークや逸話は壊滅状態。

 それでも、まあ原文のだいたいの意味は、だいたいのところは残っている、という意味では、ないほうがましな一部の機械翻訳もどきよりはマシなのかもしれないけれど、でもさあ、この最初の段落みたいなことは、翻訳ではしちゃいけないのよ。こういうのは翻訳じゃない。リライトって言うんだ。

 それでいいならいいんだけれど、でもぼくはよくないと思うのだ。言い回しとか、原文の雰囲気や語り口とかも、翻訳すべきだいじな「意味」のうちだと思う。特にこの文の場合、これがちょっともったいつけた言い回しをしていて、全体に歴史書調のえらそうな感じを出そうとしてるのね。冒頭の一文は、ヨハネ福音書のもじりだけれど、これもそういうもったいのつけかたの一つなわけだ。そういうのを殺していいの? ホントに? ぼくはダメだと思う。

 比較的わかりやすい ESR ですらこれなら、あのほとんどわけわかんない語り口だけのおもしろさでつないでるような、ラリー・ウォールの文はどうなっちゃってることやら。ほかの人たちも、どう加工されてるやら。不安だ!

 あと、最後のところもちょっと比べておこう。ここからわかることは、倉骨彰という人は、たぶん英語をちゃんと読めていないのではないか、ということ。きちんとした文法や構文的な理解ってのがなくて、単に、ことばを直訳して、そこからだいたいの内容を類推しているだけではないか、ということ。たいがいはそれでもうまくいくんだ。「おれ、ターザン、ごはん、食べる」の世界ね。でも、ちょっとややこしい話とか、細やかなニュアンスになると全然だめね。


倉骨「訳」 原文 山形訳
CDA での勝利以降、我われは現在という時代に生きている。そして、この時代は、歴史家といえども単なる観察者ではなく、行為する者として行動しなければならない時代である。第17章の「真のプログラマたちの回帰」では、この点についての私見をまとめてみたい。

全ての政府は、大なり小なり人民と対立する存在の組み合わせである……徳のないことにかけては、統治する者も統治される者と変わらない……政府の権力は、それと等しい力、すなわち人民全体の感情を表示することによって、定められた範囲内でのみ保持することができる

ベンジャミン・フランクリン・ベーチ「フィラデルフィア・オーロラ」の社説(1794年)から

With the CDA victory, we pass out of history into current events. We also pass into a period in which your historian (rather to his own surprise) became an actor rather than just an observer. This narrative will continue in `Revenge of the Hackers'.

"All governments are more or less combinations against the people ... and as rulers have no more virtue than the ruled... the power of government can only be kept within its constituted bounds by the display of a power equal to itself, the collected sentiment of the people."

-- Benjamin Franklin Bache, in a Piladelphia Aurora editorial, 1794

 対 CDA 戦の勝利とともに、歴史はいま現在のできごとへと引き継がれる。続くこの時代には、史家たる不肖このわたくしめが(われながらいささか驚いたことに)ただの傍観者ではなく、役者をつとめる時代でもある。物語は「ハッカーの復讐」 へと語りつがれる。

「すべての政府は、多かれ少なかれ人民に抗するものの組み合わせだ(中略)そして支配する側が、支配される側より徳において勝るわけでもない(中略)政府の力を、その定められた領域の中に押しとどめておく唯一の手段は、それに匹敵する力を見せつけることである。そしてその力とは、民衆の集合的な思いなのである。」

――ベンジャミン・フランクリン・ベーチ、フィラデルフィア・アウロラ紙社説より、1794 年

というわけで、ぼくはこんな「訳」が出回ることについて、あまり気分がよくないのである。もちろん、強調してはおくけれど、倉骨「訳」は原文のおおまかな意味は、おおまかに保存されている。白を黒とするようなところは、少なくともぼくがいままで見た範囲内ではあまりない。ただし、それだけじゃダメなのである。気分がよくないので、よくなるように山形訳をつくって出回らせるのである。以下にあるぞよ。

http://cruel.org/freeware/hackerdom.html

 おそらく同じ運命をたどるであろう「ハッカーの復讐」については、中元訳ベースのバザール訳と、稲葉訳がそれぞれ以下のところにある。

 http://www.netfort.gr.jp/~nakamoto/articles/revenge_of/ (中元バザール訳)
 http://www.cus.cam.ac.uk/~yi205/revenge-j.html (稲葉訳)

 また、同じく GPL になってるブルース・ペレンスの文も、そのうちやろう。RMS の文は、なんか熾烈なチェックが入る予定だときいたが、だいじょうぶか? というわけでみなさま、お楽しみあれ。そして、『オープンソース・ソフトウェア』(オライリー)とも比べてみてほしい。そしてちょいと翻訳ってものについて考えてみてほしいのだ。翻訳って、良し悪しがほんとにわかる人には必要ないんだよね。そういう人はハナっから原文で読むだろうから。でも、なんかそれでたかをくくって、あまりいい加減なまねをされると、一応その業界の人間としてはむかつくのである。読者としても、そういうなめたまねをされないように、もうちょっと inform されてもよいのではないかしら。てなわけで、では。


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