{ Halloween VI}

ハロウィーン VI : 涙のアニバーサリー

原文はhttp://www.opensource.org/halloween/halloween6.htmlをどうぞ。

エリック・S・レイモンド  翻訳:山形浩生



 ハロウィーン文書が、なにも知らない世界に向けて公開されてからちょうど一年。あれからいろいろなことが変わった。 Linux 2.2 は、未来の約束から思い出へと変わった。ハロウィーン文書の著者はマイクロソフトをやめて、 Linuxベースの新興企業に移り、IDC など主流マーケットリサーチ会社は、近い将来に Linux のサーバー市場シェアが 30% になると予想するようになり、初の Linux 企業の IPO で Red Hat の市場価値は 60 億ドルにはねあがった。いくつか変わらなかったこともある。ウィンドウズはあいかわらずバグだらけでセキュリティも低く、クラッシュばかり。 ウィンドウズ 2000 はあいかわらず出荷されていないし、マイクロソフトは相変わらず弁解ばかり。

 でも、ハロウィーン物語でいちばん劇的な進展というのは、マイクロソフトからの宣伝ぶりの軸が変わってきたことだろう。エド・"ノッティンガム領主" ムスは、静かに公衆の前から姿を消した。つま先で自分の扁桃腺をつつくようなまねをしすぎて、ビリー国王すら堪忍袋の緒を切らしたのかもね。かわりにマイクロソフトは、第三者による「客観的」調査と称するものによって、 Linux をボコボコにしようとしてきた。でも実はその第三者たちは、レッドモンドの子たちが雇って金を出していた連中だったんだ。

 運のいいことに、こうした戦術は、エド保安官の攻撃をあんなにおもしろいものにしてくれたのと同じ、ニコポンじみた無能ぶりで遂行されている。1999 年 3 月の Mindcraft 騒動で、その後の続編にいたるパターンができたようだ。マイクロソフトは、自分のほしいようなベンチマークテスト結果を得た――が、Mindcraftがそのテストを、マイクロソフト提供のマシンで、マイクロソフトの敷地で、さらにはマイクロソフトの技術屋の助けを借りてウィンドウズと(実に親切にも)Linuxのチューニングまでやってもらっていたということが判明して、かえって恥をかいただけだった――そしてプレスリリースでもかれらはマイクロソフトがこの試験を全額負担してホストしたということには、まったくふれなかったのだ。Mindcraftの信用は、もちろん完全に失墜した。

 でも Mindcraft はただの小物にすぎなかった――マイクロソフトが花を持ってきたら、それはいずれなんらかの形で、自分の墓場のおそなえになることが多い、というのを学ぶのが遅すぎた中小企業がまた一つ、というだけのこと。ハロウィーン I の涙のアニバーサリーが迫る中、マイクロソフトはどうやら、同じペテンをもっと大規模に再演したようだ。今回のダンスのデート相手は IT 市場予測では一目おかれている、かの Gartner Group だった。

はい、ここでおどろおどろしい背景音楽入れて……

1999 年 10 月 6 日のしばらくまえに、Gartner Group は自社のメイン web サイト <www.gartner.com/> に、Linux を罵倒する報告書 5 つを掲載して、Linux の魅力は、いずれウィンドウズ 2000 のサービスパック 1 が出たら消滅してしまうだろうと予言した。この報告書をタネに、「Linuxの先は長くない」記事がすぐにたくさん出てきた。たとえば IDG オーストラリアの Web サイトにのった 10 月 15 日の記事の例は、この報告を独立したGartnerによる客観的な調査として持ち上げている。

ところがその報告、ケツのところの小さな註に、こんなことが書いてあったんだ:

Microsoft Web Letter is published by Microsoft. Additional editorial material supplied by Gartner Group, Inc. © 1999.
(Microsoft Web Letter、発行:マイクロソフト。Gartner Group, Inc. が一部追加の内容を提供。 © 1999)

……つまり、どうもこの「Gartner報告」というのは、実はマイクロソフトが書いて Gartner の web サイトで公開したものだ、ということらしい(確証にはならないけれど)。

 この報告の厳密な日付は書けない。というのも、もうなくなっているからだ。10 月 19 日、Gartner は報告の著作権表示を変えてマイクロソフトの名前を消し、公式にはこの調査がマイクロソフトの出資によるものではない、と固執していた。でも、その報告の URL は相変わらず以下のように始まっていた。なかなか意味深:

http://www.gartner.com/webletter/microsoft/

そしてあの報告と同じwebletter/microsoft/ディレクトリにあるほかの記事には、さっきと同じ版権表示が、マイクロソフトの版権をつけたままで書かれているんだ。報告書はすべて、1999 年の 10 月 19 日から 27 日までの間にサイトから削除されてしまった。

 ありがたいことに、有名な Linux 活動家 Rick Moen がその報告書を Netscape のキャッシュから掘り起こしてくれた――上の版権表示はそこからとったものだ。マイクロソフトはこの調査にいっさい資金を出していないという Gartner の抗議を考えたとき、版権表示の以下の部分は特に興味深いものだ:

マイクロソフト提供の内容は、 GartnerGroup の分析とは独立したものであり、この情報はいかなる意味でも、GartnerGroup がマイクロソフト社の製品やサービスを推奨したものとして考慮されてはならない。

 ほうほう。一見すると、この「Gartner Group」報告は、実はマイクロソフト社が自分に向けて書いた、やさしい慰めだったらしい。この理論で、版権表示も内容もぴったり説明がつく。中身は、これまで見てきたマイクロソフトのマーケティング口上をぴったりなぞっている――この口上の商標じみた言い分である、Linux はほかの Unix から市場を奪っているだけだ、という(裏付けのない、そして IDC によればまちがった)主張なども含まれている。

 なのに Gartner Group は、この報告を書いたのはマイクロソフトではないと固執している。同社のスポークスマンは、あの10/15の「Linuxの先は長くない」記事を書いた IDG オーストラリアの記者を通じて説明をしている。リンクをたどって、この三百代言ぶりをご堪能あれ。マイクロソフトとこの記者が、かれらの言い分の矛盾点について、決然としたさわやかな混乱の霧を編み出すさまは、ぼくたちがどんなにパラフレーズしても、味わいを失ってしまう。ぼくたちは、以下の話を鵜呑みにしろと言われている:

かれらの説明については、ぼくのよりも Rick のコメントのほうが雄弁だ:

いやもちろん [Gartner の否認は] 正直きわまりないものだったんでしょう。ちゃんと指定の角度から目を細めて眺めてやれば。いやもちろん、マイクロソフト社から洗濯サービスだの宿泊費だのと称して送られつづけてる小切手は、なんともみごとなただの偶然によってマイクロソフトのLinuxについての公式見解を細部まで繰り返している報告の代金だとは(はっきりとは)書かれていなかったでしょうとも。わたしは確信しております。

 いやまったく。ぼくたちとしては、証拠がどんなに示唆したとしても、Gartner Group がまさかマイクロソフトとインチキな野合をば謀ったなんてことをにおわせるつもりはまったくないのである。これはなにもかも、とんでもないまちがいにすぎないんだろうか? Gartner Group は哀れにも、獅子身中のマイクロソフトの手先によって知らぬ間に被害者にされてしまったんだろうか? たぶんこの説明のどれかで、問題の報告が静かに消えたことも説明がつくかもしれない――が、いっしょに Gartner Group の信用もかなり消えてしまったとは残念至極。哀れな Gartner Group。Mindcraft の連中なら、まちがいなく涙せずにはいられまいよ――そして深く同情してくれることだろう。

ま、いっか。なにが起こったにしても、この一件の前後に、Gartner がマイクロソフトから受け取ったと認めている大金があれば、提灯担ぎに見られた痛みもかなり楽にはなっただろうし。

 Gartner Group が否認声明を出すのに忙しかったその頃、マイクロソフトはまたもや攻撃文書を公開した。それが Linux Myths(Linux の神話) ページ。この神話ページ自体については、ほかのところで十分に批判されているけれど、ここではそれが技術的に持つ重みよりも、これが Gartner Group の報告を、自説を支持する第三者の見解として引用していることのほうに注目したい。参考文献にしっかり入っている。当の報告はなくなっているのに。あの報告を実際に書いた人物が本当にねらっていたのは、こっちのほうだったのかな?

 そしてこういう出来事が起きている一方で、マイクロソフトの版権がついたこともない、マイクロソフトからなにがしか受け取ったこともない企業によって Linux-vs.-NT 調査が行われていた。 Bloor Research だ。かれらの 10/19 発表の結果は、John Kirch のMicrosoft Windows NT Server 4.0 versus UNIX(邦訳はhttp://www.ne.jp/asahi/personal/kobayashi-osamu/Translation/kirch.net/unix-nt.j.html)をはじめとする他のあらゆる第三者による調査と整合した内容となっている。かれらいわく「審判は明らかに Linux 優位である」。

(1999 10/31 原文初公開。内容の一部はRick Moen著。許可を得て転載。翻訳もオッケーをもらってある)


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