{ Halloween IV}

ハロウィーン IV: ソフト腐りし頃

原文はhttp://www.opensource.org/halloween/halloween4.htmlをどうぞ。

エリック・S・レイモンド  翻訳:山形浩生

 マイクロソフトの重役さんたちは、オープンソースなんか中身のないかけ声だけだと言ってバカにする。マイクロソフトのグループ・マーケティング担当エド・ムスは こう語っている。「複雑な未来のプロジェクトは、大規模なチームと大規模な資本を 必要とします。こういうのはどちらも、シャーウッドの森のロビン・フッドと陽気な 仲間たちには、あまり向いていませんね」
―― 1998 年 12 月 30 日 pl.com 記事より


場面:シャーウッドの森の朝

 リーヌス・フッドとその忠実な副官たちたるアラン・アコックス、修道士エリック、乙女トーヴ、そして種々雑多なる陽気な仲間たち、右手より入場。

リーヌス:さてわが陽気な仲間たちよ、この緑の森で、今日はいかなる楽しみをば求めようか?

アラン・アコックス:この大いなる森をぬける情報超高速街道へと赴きましょうぞ、そして企業諜報技術担当者を待ち伏せるのです!

修道士エリック:リーヌス、愚僧はノッティンガムの町に向かい、さわやかなる弁舌もて人の噂と業界誌をば、われらが大義へと引き入れましょうかな?

乙女トーヴ:そして愛しき人よ、この妾は空手の修練にはげみましょう。さもなくば郡主の卑怯者どもが、貴公を手にかけようとするやもしれませぬ!

乙女トーヴ、実演のため傍らの木に回し蹴りを食らわせる。木は一撃で倒れる。

リーヌス:そして我が輩はといえば、われらが敵どもを震撼させるべく、新たなカーネルのリリースを用意いたそう。いずれもなかなか素敵なるたくらみ。では参ろうぞ!

陽気な仲間たち:万歳! リーヌス万歳!

 一同、舞台左袖へと退場。


場面:その日遅く、ノッティンガム城にて

 舞台にはノッティンガム郡主エド・ムスと、その不安げな手下 Vinod。

郡主:わが王ビリーは、まっことお怒りであらせられるぞ。リーヌスとその手下のならず者どもが、本日またもやわれらの富貴五百取引をば一つ奪取しおった件、すでにシアトルの王宮にも報せが届いておるわ。

Vinod:閣下、それはなんともむごうござりまする! このまま捨て置けば、やがてはぁどうぇあ商人どもまで寝返りましょうぞ。そうなったら、閣下のマイクロソフト税徴収も容易ならざることとなりましょう。

郡主:しかもあの業界誌の屍肉あさりどもめが、またもや「今年は Linux 元年」記事なんぞを書きおって。

Vinod:痛ましいことです閣下、まこともって痛ましい!

 郡主、Vinod に歩み寄り、音高く横っ面を張り飛ばす。

郡主:この痴れ者めが、なにもかも貴様の失態のおかげじゃ! おのれがあの覚え書きさえ漏洩させなんだら、百姓どもは未だにわれらを無敵と思いこんでいたであろうものを!

 Vinod、これみよがしに縮み上がる。

郡主:ここは一つ、入念なる策がほしいところ。この狼藉者どもを罠にかけて、つぶしてしまえるような手だてはないものか。うーみゅ……

Vinod:閣下、はばかりながらわたくしめによい案がございます。極度に複雑なそふとうえあをば書き、さらにはわれわれ以外にはまるで見当もつかないほどに変てこで、ドキュメンテーションも不十分なプロトコルを作り上げるのです!

郡主:なーる! そしてわれらが強大なるマーケティング軍勢をば使い、万人を締め上げてそれを使わせれば、リーヌスらならず者どもはおろかどんな競争相手も、もはやこの世の諜報技術商人の店先には、つま先たりとも二度と入り込めなくなるというわけか!

Vinod:御意にござりまする、閣下。不肖わたくしめが「脱共有化」と名付けましたる秘策にてございます。

郡主:おまえもワルよのぅ。いやまことあっぱれなる策じゃ! それを思いついたとは、このわしも捨てたものではないな。ふぉっふぉつふぉっ。

 両者、額をよせあって何事かを企む様子……


その晩、場面は変わってシャーウッドの森にて。

 リーヌス、アラン・アコックス、修道士エリックと陽気な仲間たち、緑の森の奥深くにて策を練る……

修道士エリック:昨今耳にする噂がござりまするが、愚僧はこれがどうも気に入りませんのじゃ――郡主の手の者たちが、なにやら巨大にして複雑なからくりをば構築しているとか、そしてそれをもって、われわれを完膚無きまでに押しつぶしてしまおうと企んでいるとか。

アラン・アコックス:いかにも。そは「窓二千」なるものなり。しかしそのベータ出荷は著しく遅れをばきたし、その性能もとるに足らぬ。拙者はいささかも恐れてはおらぬぞ。

リーヌス:それはまもなく知れることだ、仲間たちよ。明朝にはノッティンガムの町にて、一大ベンチマーク競技会が催される。全国より集いたる名うてのOS開発者たちが、賞金をもとめて腕を競うことになるぞ。

乙女トーヴ:リーヌス、そはまさにほかならぬ貴公がために敷かれたる罠の匂いが!

修道士エリック:いかにもその通り。愚僧は気に入りませぬな。きゃつらめ、結果に小細工をばいたし、貴殿の作品をば貶めようと謀るやもしれませぬ。

リーヌス:それでもなお、我が輩はそれを試みねばならぬのだ。なぜならその場において、きゃつらはその恐るべきからくりを披露するであろう。そして我が輩はこの目で、その真価を見定めなくてはならぬのだから。

陽気な仲間たち:万歳! リーヌス万歳!


場面は翌朝、ノッティンガム市の広場にて

 お祭り気分に浮かれた群衆が、広場にもうけられた多数の台上におかれた PC のまわりを取り囲む。「そらりす」「のべる」「SCO」など、競合チームの旗印が掲げられている。その群衆を見下ろす城のバルコニーでは、郡主が雑多なマーケティング軍勢と雇われマスコミどもを交えて策謀。

郡主:あの愚かなる若造め、腕試しの機会となればどうあっても見過ごしにはできぬじゃろうて。見ておれ、必ずや出場者のなかに現れるであろうぞ。

Vinod:ははっ、閣下。してそれから?

郡主:(残酷な笑みを浮かべつつ)きゃつらの変装を見破ったときには、冷酷無比に FUD の餌食としてやろうぞ!

Vinod:ははっ、閣下。わたくしは小包かぎ出し装置を見て参るといたしましょう。

 リーヌスとアラン・アコックス、トーヴ、修道士エリック、農民の変装で広場に向かう。

修道士エリック:(指さす)見ろ! あれだ!

 市の広場の中の心には、巨大で複雑で輝くからくりがそびえたっている。そこから正面に向かって、巨大なもにたぁがあたりを瞼無き目のごとくに睥睨している。もにたぁの下には、ゴチックの文字がこう宣言していた。「窓二千」。その台座の周辺には、MCSE どもがかけずり回っている。

乙女トーヴ:でも……かくも巨大だとは!

アラン・アコックス:それも当然の理であろう。きゃつらのここ数回のリリースで、最低のハードウェア要求仕様を目にしているであろうが。

修道士エリック:たったいま、われらがハンドル名を審判に登録してまいりましたぞ。リーヌス、貴殿は「ヘルシンキのロビン」ですじゃ。が……本気でこれをおやりになるつもりかな? ここからでさえ、何十人もの追従者やマーケット軍兵が見えますぞ。貴殿の正体を見破ったとたんに、いっせいに襲ってくるは必定。

リーヌス:弱気になるでないぞ、みなの者! (かれは矢立に手を差し入れて、黄金の CD-ROM を取り出す。そこに刻まれた運命の刻印には「2.2」とある)

 審判がかけ声をかける:これよりスループット競技を開始する!

 リーヌス、黄金の CD-ROM を手近の PC に入れて起動。広場中央のもにたぁには、巨大な微軟の紋章があらわれる。他のチームも準備が整う。審判たち、典型的なイントラネットのジョブ負荷を全サーバにかけはじめる。負荷は徐々に上昇。

アラン・アコックス:ここまではよし……ややっ! こ、これは何者かが、われらに、怪かしの接続口走査の術を使っておりまするぞ!

 広場のいたるところで、機器が次々にクラッシュ。一方、バルコニーでは……

Vinod:閣下! 閣下! きゃつらを見つけましたぞ!

郡主:ほお? いずれの者たちじゃ?

Vinod:ははっ、あちらにおります――最新の CERT セキュリティホールをもってしても能くクラッシュさせ得なかった唯一の参加者にてござりまする。

郡主:賢しらな。なぜそのようなことが?! あの警報はほんの 3 時間ほど前にネットに流れたばかりではないか!

Vinod:おそれながら閣下、先にも申し上げましたとおり、OSS プロセスが、インターネット中の何千人もの集合的な IQ を集めて、それを有効に利用できるという能力は、まさに驚異的なものなのでございますからして。

 郡主、Vinod の横っ面をはりとばす。Vinod、縮み上がる。

郡主:ええい、この痴れ者めが、いまはそれどころではないわ! 首尾よくあやつらめを追いつめたというのに。(呼びかける)FUD の犬どもを解き放て!

 各種の雇われマスコミや微軟提灯かつぎが、とびあがってリーヌスとその仲間たちの陰口をたたきはじめる。

雇われその1: Linux はサポートがないぞ!

雇われその2:成熟した製品とはいえないぞ!

雇われその3:微軟のような安全な選択肢じゃないぞ!

雇われその4:そうだそうだ、あんなヒッピー連中なんか、ちょっと複雑だったり難しかったりするものとなると、手も足も出ないぞ!

 群衆、騒然とする。みんな腐った野菜を手にして、それを脅かすようにわれらが英雄たちめがけてふりかざす。

リーヌス:みなの者、落ち着け。Linux は未だ走り続けておる。あとは待っていればよい……

 突然、広場の中央が騒然とする。群衆、いっせいに巨大もにたぁに向き直る。群衆、息をのむ。続く沈黙のなかで、トーヴの軟らかな声がはっきりと響きわたる。

トーヴ:見て! 見て! あれこそが噂にきく青き死の画面なんめり!

アラン・アコックス:いかにも左様。もうぴくりとも動かぬわ。

リーヌス:片や Linux は未だ動き続けておる。連続運転時間記録で、われらの右に出るものなどありはしない!

修道士エリック:そろそろ愚僧の出番ですかな。

 一同、ぴくりとも動かぬ「窓二千」からくりに向かって素早く突進。MCSE 数名が、かれらに手をかけようとする。その哀れな小者たちに、トーヴがすかさず回し蹴りをくらわす。MCSE、倒れる。

 修道士エリック、身動きとれない巨大からくりのてっぺんによじのぼり、群衆に向かって熱弁をふるいだす:

修道士エリック:たったいま、おまえさまがたが目になさったのは、ピアレビューの威力が解き放たれたる有様ですぞ! さよう、わが衆のみなさん、愚僧らはまっこと信頼に足るソフトウェアをつくる方法を見いだしましたのじゃ――ソースを公開するのですじゃ……

 郡主がバルコニーからの絶叫でそれを遮る。

郡主:ええい、黙れ黙れだまれぇぇぇぇぃっ! 窓二千がベータよりい出し暁には、完璧であるぞよ! 誓って!

リーヌス:ああもちろんそうであろうとも。ちょうどあの「窓約百」のようにな。

 群衆笑いだし、その笑いは、いやますます高まるばかり。MCSE、提灯かつぎ、雇われマスコミども、混乱のうちに逃げ去る。
 巨大からくりからは、破片が次々にはがれ落ち、大きな金属音をたて続ける。郡主めがけて野菜が投げつけられる。

郡主:うぬぬぬぬぬぬっ、わが「すとっくおぷしょん」がぁっ! Vinod、なんとかせぬか! Vinod?

Vinod:下におりますぜ、親分。 (かれは城の門をいつのまにかぬけだして、通りに立っている)

郡主:なにをボサッっとしておる! やつらをどうにかせいっ!

Vinod:ええ、どうにかいたしましょうとも。 (かれはリーヌスの仲間に歩み寄る) 親分、あたしゃもうお暇をいただきますよ。どうせ昔っから、あの窓のAPIは大っきらいだったし、それにこの連中は寝てるときでも、起きてるときのあんたよりはなんぼか賢いし。

群衆、歓声をあげる:万歳! リーヌス万歳!

 一同、笑いながら退場。




 この風刺に対する初期の反応を見ると、あまり詳しくない読者のために以下の点を説明しておいたほうがいいようだ。

訳注:いくつかむずかしい専門用語について、以下に説明しよう!(ロビン・フッド系のネタは説明しないので、映画でも観ておくれ。あと、アラン・コックスが Linux の主要開発者の一人だというのも説明しないぞ。)


すぺしゃる・さんくす つー Mr. umzですな。

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Eric S. Raymond (esr@thyrsus.com), YAMAGATA Hiroo (hiyori13@mailhost.net)