{ Halloween III -- 1.5}

ハロウィーン文書 III:お返事編
――マイクロソフト、「ハロウィーン・メモ」に答える

原文はhttp://www.opensource.org/halloween/halloween3.htmlをどうぞ。



原文:マイクロソフトオランダ支社の声明
注釈:エリック・S・レイモンド  翻訳:山形浩生+yomoyomo


{ マイクロソフトの高名なまでに有能な三百代言さんたちが、時間を割いてハロウィーン文書への返答をこしらえてくれた。最初、月曜日に連絡したときには、VinodV (もとのメモの著者)は、かれにはそれが本物かどうか「肯定も否定もできない」と答えていた。

追求すると、マイクロソフトは「ハロウィーン I」が本物であることを月曜日の遅くになって認めた――たぶんこれは、この文書がとんでもない代物であるとはいえ、これについてウソをついたら、アメリカ司法省の捜査官がいまでも反トラスト訴訟をやっている最中なのに危険すぎると判断したからではないかと思う。

しかし以来 3 日間、レッドモンドのマイクロソフト総本山は、ハロウィーン文書の存在を必死で黙殺して、その中身も取るに足らないものであるふりを、いっしょうけんめいしてきたのだった。

ゲイツの手下たちも、しかしながらまったく口を閉ざしていたわけではない。オランダの Linux ユーザグループが、マイクロソフトのオランダ支社の広報担当部長であるオーレリア・ヴァン・デン・ベルグ( Aurelia van den Berg )から声明を(英語で)引き出すのに成功したのである。

この声明が、単に現地の勇み足だという可能性はある。でもマイクロソフトの名高い中央集権管理方式から考えて、これは一方で宣伝文句の試験用風船のようなものだと思っていいだろう。これでいい反応が得られたら、アメリカでもこいつで押していこうというわけだ。ではみなさん、いっしょにこいつを検討させてただこうではないの。

このページの原文は、 http://www.opensource.nl/articles/1998110501.htmlにある。例によって、ぼくのコメントは緑で{}に入っている。

1.1 -- 初の注釈版、1998 年 11 月 5 日(リリース日)

1.2 -- (1998年 11 月 6 日)奇妙な展開だが、 Henk Kloepping からの報告で、なんでもヴァン・デン・ベルグ女史から泣きの電話が入って、彼女によると「発表したメモは 彼女個人が書いたものではなくて、MS 本体からもものだ」そうで、だから Web ページ から自分の名前は消してくれ、とのこと。ヴァン・デン・ベルグからぼくのところには 直接連絡はない。

 Henk の報告を間接的に裏付けるものとして、いまや 公式声明が出ており、その中身はヴァン・デン・ベルグ女史の声明とか なり近い。この声明の注目点は、 VinodV の上司があのオイシイくだり「 OSS プロジェクトの市場参入を止める」というのが本当はどういう意味かを 語らずにかわそうとするあたりだろう。

1.3 -- (1998 年 11 月 7 日)ちょっと追加。

1.4 -- (1999 年 11 月 16 日) 皮肉理解の不自由な方々のためにヒントを追加。

1.5 -- (1999 年 10 月 1 日) 古くなった URL を修正。

}

メモについて:

このメモはマイクロソフト内部で 8 月に書かれて、それにだれかが注釈をつけたもののように見受けられます。

{ そのとおり。マイクロソフト本社も、そのくらいは Wired 誌、Wall Street Journal 紙、New York Times 紙に 3 日前に伝えているよ。 }

弊社マイクロソフト――そしておそらくはほかのベンダーもそうだと思いますが――が競合相手すべてについて調査し、報告を書き、評価を行うというのは、ごく普通のことであり、また適切なことでもあります。これはビジネスモデル的な観点からも、技術的な観点からも行われることです。

{ はいはい、そしてベンダーがその競合に対してどんな手をうつか議論するのも、普通だし適切なことです。しかし普通でも適切でもないのが、その議論が FUD 戦術(邦訳はこちら)なんかを含んだり、オープン規格を「脱共有化」して独占ロックイン装置に仕立て上げるといった汚い手口を、冷酷に容認したりしていることなんですよ。 }

このメモは、マイクロソフトの Linux に対する「公式な立場」ではありません。技術的な分析であり、スタッフエンジニアが書いたもので、議論のための論文です。

{ スタッフエンジニアが書いて――でもそれにプログラムマネージャ二人と NT 開発担当重役のシニア副社長と、8 人構成の重役会議(マイクロソフトの政治官僚組織トップで、ビル・ゲイツの要望にのみ応える会議だ)の役員 2 人から加筆や承認、レビューを受けている。このグループがこれ以上「公式」になるには、ビル・ゲイツ自身が参加でもしてくれるしかない。

参加者とこの内容から考えて、これに「公式」のスタンプがないのは、なによりもなにかあったときに、知らぬ存ぜぬを押し通せるようにしたかったためだというほうが、筋が通っていそうだ。

皮肉なことに、もしヴァン・デン・ベルグ女史のことばを額面通りとるなら、このメモはもっとずっとずっとのろわしいものとなる――だってもしそうならば、この組織においては FUD や独占支配の汚い手口が、単にトップ重役数人の思いつきにはとどまらずに、スタッフエンジニアのレベルまでずっとここの文化に根深く浸透しているということになるからだ。 }

Linux について:

ときに Linux は Windows NT と競合します。これはだれでも知っていることです。でも NT vs Linux という話ではありません。

{ 市場シェアをのばしている OS が NT と Linux しかないということを考えると、あたしゃヴァン・デン・ベルグ女史ってばちょいと防戦しすぎっつー気がするんですがの。 }

これは OS 市場における広範に異なるビジネスモデルを劇的に示すものであり、この産業を特徴づけている、あらゆるレベル(技術面、提携、アプリケーション、チャネルやビジネスモデル面)で見られる激しい競合を示しているのです。

{ ほほう。これは実に賢い。広報の第一ルール:虎穴にはまったら、虎児をとってこい。やばい状況に入ったら、それをなんとか利用することを考えろ。ヴァン・デン・ベルグ女史は競争の証拠のほうに注目してほしいわけね、そしてそこから、マイクロソフトは独占ではなくて、意地悪な司法省さんはマイクロソフトをそっとしておいてあげて、というわけだ。

この呪文まがいのトリックをごろうじろ。ヴァン・デン・ベルグ女史がこの概要で主張する立派な競争の話でほんわかしているうちに、ぼくたちはまさにその具体的な競争手法としてあのメモに書かれていた、陰湿で破壊的な戦術のことからつい目を離してしまいそうになっている。

ヴァン・デン・ベルグ女史は給料分の仕事はちゃんとしていますな。 }

しかしながらそれに加えて、 Linux はほかのバージョンの UNIX の代替物であり競合である面が強いのです。特に RISC UNIX の競合となります――そしてこのほうが市場への影響という点では強いともいえるでしょう。

{ すっごい頭いいね。彼女はここで完全に話題をすりかえている。もう読者は「脱共有化」のことは頭になくなっている。それどころか女史は、Linux がいずれ、マイクロソフトの不可避的な市場支配の手助けをすることになるかもしれないとにおわせている。

しかもこれが、競争はすばらしいという話をしてからほんの数行だもんな!

いやあこの人、詩人になるべきだよ。}

Linux は、Windows NT 用の包括的なマイクロソフト統合モデルとはまったく異なったビジネス、サポート、投資モデルを持っています。そしてこのマイクロソフトのモデルは、何百万人もの開発者と何万ものアプリケーションを引きつけてきたものなのです。

{ よしよし。ここで追加でにおわされているのは、それと比べれば Linux は、ソフト業界の無人島のトタンあばら屋に住む、不適応者の小集団が物好きにもトチ狂っている代物にすぎない、という話だ。

どんな手を使ってでも、読者には「ハロウィーン I 」における VinodV 自身の発言を忘れさせなくてはならないわけだ。かれはこう言ってる。「もっと重要な点は、 OSS のエバンジェリズムは、われわれのエバンジェリズムの試みよりもずっと高速に、インターネットの規模拡大と対応する形でスケーリングしているということだ。」(ここを参照) }

Linux は技術的な現象であると同時に哲学でもあります。その長所は、それがきわめて徹底した同業者のレビューを実現して、さらにはいろいろな機能について独立並行した作業を実行できるということです。マイクロソフトとしても、これをもっとよく理解して、その力学を採り入れる方法を探ることに興味をいだいております。

{ 裏の意味:われらマイクロソフトは、できるだけこの魔法を簒奪しようとします。ただしそれが価格を下げたり、利ざやを下げたり、どんな点でもコントロールを移譲したりしないですむ限りにおいては。 }

しかしその短所は深刻なものです:

Linux は知的所有権を侵害しない限り、長期的には技術革新を提供できないのです。

{ この最後の一文は、それだけで記事が一つかけるくらいのものだ。これはヴァン・デン・バーグ女史の発言すべてのなかで、いちばん非論理で――そして同時に、いちばん口汚いせりふでもある。

プロパガンダとしては、できすぎみたいに賢い。これは、Linux なんかを使うほど愚かな MIS マネージャは、将来的に特許侵害訴訟で、その OS が足下からかっさらわれて、痛い目にあうかもしれないよ、という考えを植え付けているわけだ。その訴訟を起こすのはひょっとして(ないしょないしょ)マイクロソフト自身かもしれないよ。完璧な FUD 戦術というやつだ。

この FUD が幻想だと信じるべき実際的、法的な理由はたくさんある。でもそっちのほうに深入りすると、要点を見逃してしまう――要点とはつまり、これがマイクロソフト自身の考え方について何を明かしてくれるか、ということだ。

これが幻想だってことは、こんな主張をしてみればすぐわかる。「SCO は知的所有権を侵害しない限り、長期的には技術革新を提供できないのです」「Solaris は知的所有権を侵害しない限り、長期的には技術革新を提供できないのです」あるいはいちばんいいのが「NT は知的所有権を侵害しない限り、長期的には技術革新を提供できないのです」とでも言ってみよう。だれも才能を独占したりはできないんだ(そして VinodV が指摘したように、「OSS プロセスが、インターネット中の何千人もの集合的なIQを集めて、それを有効に利用できるという能力は、まさに驚異的なもの」なんだ)。もしいまの主張が信じるに値しないのであれば、彼女の主張だって同じこと。

もしヴァン・デン・ベルグ女史が本気でこの主張をしているなら、ぼくたちとしては、マイクロソフトは本当に、既存の知的所有権を侵さないような技術革新がだれかにできるってことが想像もつかないんだ、と推論するしかない。

これはまあうなずけなくもない。マイクロソフトは鍵となる技術を自分で技術革新するよりは、買収したりもろに盗んだりしてきた長い歴史を持っているんだから。 MS-DOS:買収(Tim Paterson から)。 PC1 BIOS コード:盗んだ(Gary Kildall の CP/M BIOS とほとんど 1 ビットたがわぬくらい)。常駐型ディスク圧縮:盗んだ(Stac Electronics 社から)。Internet Explorer:人によって説がちがうけれど、買ったか盗んだか( Spyglass から)。そしてこれは一覧表のごく頭のところ でしかない……

マイクロソフトは本当に、企業全体として、鍵となるアイデアのプールは上限つきで、そのほとんどがすでに発見されていて、それをめぐってソフト設計者たちはゼロサム競争で果てしない分捕りあいを演じなくてはならない、と思っているかのように行動している。このゲームでの「勝利」の唯一の定義は、自分が独占のロックインをできるように保証してくれるだけの十分な小物を自分のコーナーに集めるということになる。

でもこれは、マイクロソフトの将来に賭けているすべての人々に対して疑問を投げかけることになる。こういう信念をもった人たちが、自ら「技術革新をもたらす」ことなんかできるんだろうか。それともむしろ、 Linux みたいな文化からどんどん遅れをとるようになる可能性のほうが高いだろうか。 Linux 文化は永遠に未探査の領域を探し求め、技術革新を信じている――そしてそれを実践するにあたっても、VinodV が見て取ったような「気分は爽快で、くせになりそう」なほどの情熱を持っている文化なんだよ。

ヴァン・デン・ベルグ女史の最後っ屁をいちばんマイクロソフトにとって好意的に解釈してあげるとするなら、これはだまされやすい人たちを脅かそうとしたウソだ、ということになる。そしてもしこれをマイクロソフトが本気で主張しているとすれば、あの会社には創造的エネルギーが驚くほど貧困だということを明らかにするものとなってしまう――何十億ドルもかけてあれだけ優秀な人材を集めながら、かれらはだれかが本当になにかまったく新しいものを創りだせるのだということが、想像すらできないと言っているんだから。 }


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YAMAGATA Hiroo (hiyori13@mailhost.net)