
1851年ウィーンに生まれ、当初は社会学を学んだが、カール・メンガーの初期の オーストリア学派で、主導的な役割を果たす。同じく活躍したオイゲン・フォン・ベーム=バヴェルクは、同僚で幼なじみで義兄弟だ。
ヴィーゼルとベーム=バヴェルクはウィーンで、1890 年代末から 1900 年代初頭にかけて、次世代のオーストリア学派を育てた。その中には L.フォン・ミーゼス, F.A. ハイエク、J.A. シュムペーターもいる。ヴィーゼルはウィーンとプラハの大学で教授を務めたが、1903 年にメンガーの後継者としてウィーンに招聘された。クールで超然とした雰囲気で生涯知られていたヴィーゼルだが、1917 年にはオーストリアの政治に参加することになる。
ヴィーゼルの主要な業績の一つは「転嫁」の理論だ。これは要素価格が産出価格で決まる(これは古典派の考え方とは逆だ) 。もう一つは「代替費用」または「機会費用」を価値理論の基盤に据える考え方だ——これは新古典派理論における根本的な「主観主義」の柱だが、マーシャルら「実質費用」イギリス理論家たちには実質的に無視されてきたものだ。こうしたアイデアを発展させるにあたり、ヴィーゼルは新古典派経済学を、希少性と資源配分——資源は固定量しかなく、欲求は無限にある——にしっかり向け、そのすべてを限界効用原理で検討させた点で評価できる。当初はメンガーがこれをやろうとしたが、生産や要素にきちんと展開できなかった。ヴィーゼルの転嫁理論は、この一つの原理をあらゆるところに適用できるようにした。ヴィーゼルの代替費用理論とマーシャルの「実質費用」理論はすぐに対決モードに入った——ウィックスティードとエッジワースもこの論争の一バージョンで丁々発止と渡り合ったし、後にはロビンス、ナイト、ヴァイナーも争った。だが今日では、これは折り合いが(おおむね)ついているといえる。これは現代の線形プログラミングと一般均衡理論からくる洞察によるところが大きい。
ヴィーゼルは主要著書二冊で有名だ。『自然価値』 (1889) は代替費用ドクトリンと転嫁の理論を詳述したもので、『社会経済学』 (1914) はそれを現実世界に適用しようとする野心的な試みだ。
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