ジェイコブ・ヴァイナー (Jacob Viner), 1892-1970.

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Photo of J.Viner autograph of J.Viner

 カナダ生まれのジェイコブ・ヴァイナーは、ナイト,とともに、第1次大戦から第二次大戦にかけてのシカゴ学派を導く明かり的存在だ。その業績は経済学すべてに及んだが、経済思想史と国際貿易理論がいちばん強い分野といえるかもしれない。それでもロビンスが指摘したように、ヴァイナーは「この分野における、当時の傑出した『万能選手』であった」 (Robbins, 1970: p.2).

 タウシグハーバード大で教えを受けたヴァイナー初の論文は手法に関するもの (1917) で、帰納手法を全面的に擁護したものだった。その後の論文は貿易理論に関するもの (1923, 1924) だ——これはその後引退するまで関心を抱き続ける。

 この研究は、価格理論に関する1921年と1931年の名論文と同時期のものだ——前者は不完全競争ににじり寄った論文で、後者は企業の理論に分析的、グラフ的な検討を加えたもの(つまり現代の経済学入門教科書に見られる、長期費用と短期費用の曲線が出てくる)。その1931年論文における、短期平均費用の長期包囲図線のまちがいは有名で、ハロッドが予見したものだったが、それでもヴァイナーの名声は衰えなかった

 ジェイコブ・ヴァイナーは、 ケインズ革命に猛反対だった——それは政策提案のせいではない。ヴァイナー自身、同じ提案をしていた。いくつかの論文 (e.g. 1933) で述べたように、かれは大恐慌が産出価格デフレが費用低減よりもはやく起こったせいだと考えていた。その回復には、利益率の回復が必要で、したがって政府によるインフレ創出——単に金融拡大だけでなく、赤字財政出動でそれをやるべきだ、とヴァイナーは主張した。これで必要な物価上昇が生まれ(そして費用上昇は遅れるので利潤も出る)、結果として産出が累積的に上昇して経済は不況から脱する。ヴァイナーはとても財政支出支持者で、固定ルールよりは政策的な柔軟性を信じていた——したがって、ミルトン・ フリードマンに「初期のマネタリスト」扱いされかけたのはあまり快く思わなかった。

 ヴァイナーの有名な1936年ケインズ批判は、政策的な面での論争ではなく、流動性選好と、ヴァイナーに言わせれば有効需要のあまりに単純化した議論をめぐる理論的な争いだ。ヴァイナーはケインズ理論を「短期」分析として「長期的」には新古典版が正しいと述べるのがお気に入りだったことは有名だ。ヴァイナーの辛辣な1936年の批判を受けて J.M. ケインズは有名な 1937 年QJE 論文を反論として書いた。

 ヴァイナーの経済思想史研究は、1926 年のアダム・スミス論に始まり、大著『国際貿易理論の研究』 (1937) に結実した——19世紀イギリスの金塊論争に関するぼくたちの知識はほとんどここからきた——そしてさらには、レイ『アダムスミスの生涯』1965年再刊につけた見事な序文も挙げておこう。

 ヴァイナーとナイトの関係は冷淡ながらも敬意あるものだった。ナイトに比べるとヴァイナーは定量手法にさほど反対しなかったものの、不信感は抱いていた。シカゴ大学で定番の(無意味ではあるが)お楽しみは、ナイトとヴァイナーの価格理論をめぐる論争だった——ナイトはオーストリア学派機会費用教義を支持し、ヴァイナーはマーシャル派の「実質費用」理論でやりかえすという具合。この立場は実は、単なる個人的な意見の相違にとどまるものではなかった。なんと言ってもヴァイナー (1932, 1937) は、ハーバラーによる「機会費用」に基づく比較優位論や、 オーリンの "factor-endowment"版に対抗して、「実質費用」に基づく比較優位論を約束していたのだから。

 シカゴ学派の指導者の一人だったのに、ヴァイナーはシカゴ大を離れて1946年にプリンストン大学に移った——これでシカゴ大の多くの一年生はホッとしたかもしれない。ヴァイナーの「価格理論」講義は教室の議論をヴァイナーが行うやり方の恐ろしさで有名だったから。後に、自分がシカゴ学派の一員だと思うか尋ねられたときのヴァイナーの答は明解なものだったl:

「『シカゴ学派』が存在することは認めてもかまいません(ただし経済学部に限ったものではなく、あらゆる学部を包含するものでもありません)。そしてこの『学派』が私のシカゴ離任に先立つ何年にもわたり、活動していて多くの有能な門下生を勝ち取っていたのも認めましょう。でも私自身は一度として意識的にそれに所属したことはないし、もしそんな学派があったとしても、私はその一員とは認めてもらえなかったし、少なくとも忠実で文句なしの一員とは見なされなかった、というのが私の漠然たる印象です。」 (パティンキンへの手紙, Nov. 24, 1969).

 ノーベル経済学賞には早すぎたが(ノーベル経済学賞は1968年に創設)、ヴァイナーはアメリカ経済学会 の名誉あるフランシス・A・ウォーカーメダルを1962年に受賞した——これは1969年までは、経済学者にとってノーベル賞に匹敵するものだった。経済学をまじめに学問として扱うべきだというヴァイナーの主張は、 1950年の有名な演説「大学院訓練における学問性の強調に関する慎ましい提案」によく表れている。

ジェイコブ・ヴァイナーの主要著作

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