アブド・アル=ラフマーン・イブン・モハメド・イブン・ハルドゥーン (Abd al-Rahman Ibn Mohammad Ibn Khaldûn, 1332-1406)

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ハルドゥーンの絵

 チュニジアの歴史家兼政治哲学者だったイブン・ハルドゥーンは、一番厳密な意味で世界初の「社会科学者」だったと言えるかもしれない。何世代もアンダルシアのセビリアで暮らした、イエメン系アラブ人一家のもとチュニスで生まれ、チュニジア、フェズ(モロッコ)、グラナダ(スペイン)、ベジャーヤ(アルジェリア)で各種の官職を歴任した。戦争と政治的紛争のおかげで、やがて 1374 年に北アフリカの要塞村落カラト・イブン・サラーマで亡命の静謐さを求める。ここで彼は キターブ・アル=イバル(イバルの書)または『普遍歴史』の執筆を始め、その後数十年を費やす。イブン・ハルドゥーンはついに 1382 年にエジプトに落ち着いて、マリーク派首長の大法官となり、カイロのアル=アザール大学で教えた。1400 年にはダマスカスに派遣され、タルタル軍によるダマスクス包囲の交渉を行ったタルタル軍指導者のティムールとの有名な出会いもここで行われた。

 イブン・ハルドゥーンは、その記念碑的 Muqaddimah (1377)『歴史序説』で最も有名だ。これは後に七巻の歴史記述となるももの、序説と第一巻だ。この中で彼は、政治経済の歴史的組織に関する体系的な理論を構築した。人間社会の起源やその法について、神話的、宗教的な説明を廃したイブン・ハルドゥーンは、おそらく史上初めて社会科学の「手法」を記述したのだった。

 イブン・ハルドゥーンは、トマス・ホッブスの政治理論を、多くの点で先取りしている。「攻撃性はあらゆる生物の天性である」とイブン・ハルドゥーンは述べた。人間は独力では、獣と戦って自然を抑えるだけの身体的な力を持っていないため、人間は協力が必要となった。この協力、またはイブン・ハルドゥーン流の言い方では「集団感」――これは血族間で最も強い――は社会の基盤を形成した。だが農業と定住を通じて文明が発達するにつれて、自然との闘いも落ち着き、このため協力の必要性もだんだん緊急性を失い、集団感も消えて、人の天性の攻撃性が復活し、こんどは他の人々やその財産を狙うようになる。結果として「人々はお互いを分離しておくために、抑制的な影響を行使する人物を必要とする。というのも攻撃性と不正は人間の動物的天性だからである」 (Khaldun, 1377: p.47) 。そしてそのための装置が法の制定および強制を行う「王の権威」 (ibid.)なのだ。「人々は原則として他人の所有物をほしがる。法による抑制的な影響なしには、だれの所有物も安全ではない」 (1377: p.313)。

 だが王を抑制するのはだれだろう? これもまた集団感だ。独裁者は強権だけで支配できるが長続きはしない。というのも、ひとたび彼が独裁者となれば、社会内で自分に「反対する」集団感の醸成条件を設定してしまうからだ。『歴史序説』の相当部分は、そうした結果を避けるにはどうすべきかを君主たちに説くのに費やされている。その中には経済問題に関する各種の警告もある。政府と民間事業との接点に関する繊細な考察は、ヨーロッパでは18世紀啓蒙主義以降にやっと始まったような、経済政策に対する「現代的」な態度をかなり先取りするものだ。

 イブン・ハルドゥーンは、ややこしい労働価値節を導入した。彼は労働が価値の必要十分条件だと信じていたのだ――「利得や利潤は、そのすべてまたは相当部分が、人間の労働から実現された価値である」(1377: p.298)。商人たちは「人非人的」な性質ゆえに軽蔑しつつも、ハルドゥーンは商業と利潤探求――商人の活動――を「生計を立てる自然な方法」、少なくとも人間の動物的な性格と一貫性を持つ物だと考えた。そして国の経済福祉を決めるにあたり、私企業の重要性も認識していた。「文明とその厚生およびその商業的繁栄は、各人が自分自身の利益と利潤を求めて様々な方向で努力することとその生産性に依存している」 (1377: 238).

 結果として、君主は経済政策を決定するときに、民間のインセンティブに注意を払わねばならない。イブン・ハルドゥーンは、統治にあたって君主もお金が必要だと認識していた――仲間を勝ち取り、政敵を堕落させ、軍を維持し要塞を建て等々――だが歳入をどう獲得するかは慎重に取り組む必要がある。「サプライサイド」経済学の論理を採用した有名な一節で、イブン・ハルドゥーンは、指導者たちに商業自体を邪魔したり介入したりするなと警告している。それは民間事業者のインセンティブを締め上げてしまい「臣民たちにとって有害であり税収に悪影響をもたらす」 (1377:p.232)。税収は「財産とその処遇の面で人々を平等に扱わなければ改善されない。そうすることで人々の希望は高まり、自分の資本が実りをもたらして成長するようなインセンティブを持つようになるからである」 (1377: p.234)。彼は価格固定命令を、直接の政府による競争よりも「臣民たちのとって危険で有害で悪影響をもたらす」 (ibid) と述べている。

 だが、王が失墜する最大の原因は、人々が圧政に放棄したり、経済的な介入による貧窮ではなく、外部からの侵略だ。国家間の戦争状態で、圧制者は支配する人々から有効な軍を作ることがなかなかできず、いくら資金を投入しても国防がどうしても弱くなる。かれの観察では、歴史的に見て定住人口は貧しい遊牧民や野蛮部族に侵略により滅びる。これは、遊牧民たちの厳しい生活環境のため、自然にきわめて強い集団感が生じるからで、これは攻撃になったときには、きわめて協力で団結した物怖じしない戦闘力をもたらすからだ。

 全体としてよい統治に関する提言をしつつも、イブン・ハルドゥーンは王国が長続きする見通しについては悲観的だった。いずれ権力に酔いしれ過去を忘れ、王家の何代目かは圧政の誘惑に負け、したがって内部からや外部からの打倒にあう。だから王朝が三、四世代以上続く可能性は低い、と彼は述べている。

イブン・ハルドゥーン主要著作

イブン・ハルドゥーンについてのリソース


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