モーリス・アレ (Maurice Félix Charles Allais), 1911-2010

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Photo of M.Allais

 独立独歩のフランス経済学者モーリス・アレは、ワルラスパレートによる当初のローザンヌ学派の主張を、1930 年代の パレート革命(と当サイトが呼んでいるもの)を通じて復活させようと尽力した。モーリス・アレは 1940 年代に主要な論文を二本書いた。 Á la Recherche d'une discipline économique (1943, 再録 1952) 及び Economique et interet (1947) だ。この発想は大部分が「レオン・ワルラス、アーヴィング・フィッシャー、そして中でもヴィルフレード・パレートという私に深い影響を与えた三偉人の業績を考察する中で生まれたものだった」 (Allais, 1992) という。後にある人が述べたように、アレがこの二論文を英語で書いていたら、「経済理論のまるまる一世代がまったくちがった方向をたどっただろう」 (サミュエルソン, 1983)。

 1943 年の力作で、アレは パレート体系の基礎をほとんど固めた。これは静学的な枠組みと時間をまたがる動学的枠組みの両方における、厚生経済学の基本定理の証明も含む。さらにいまや一般均衡状況における市場の失敗に関する、いまや標準的な発想となっているものを明らかにした。自然独占や取引費用、不自然なレントが市場効率に与える潜在的な意味合いを認識したアレは、いくつかかなり「過激」な政策提言を行った。古いローザンヌ学派との親近性は、政策上の論点にも及んでいる。つまり、後者が土地の完全国有化と、資本課税を通じた極端な所得再分配を主張したのに、アレも賛成しているのだ。

 アレの時間をまたがる(動学的)均衡と資本に関する研究は、1947年の著書で拡張され、他の論文でさらに展開された (1960, 1962, 1965, 1967)。1947年の貢献としては、いまや有名な「オーバーラップ世代 (OLG)」の発明がある(これはサミュエルソンより早い)。アレはまた、「最適成長の「黄金律」を考案した (フェルプスよりはるか前だが、フォン・ノイマンよりは後)。 ボーモルの、 お金の取引需要法則 もまた1947年にアレが予見している。

 アレの貢献として英語圏で一番有名なのは、たぶん不確実性の下での選択理論における 「アレのパラどっっくす」だ——これはアレが、1953年の論文数本で述べたものとんる。簡単に言うと、このパラドックスは、伝統的な期待効用理論で想定される前提は、現実生活の意思決定と矛盾している、というものだ。具体的に、アレは期待効用のルールに反するふるまいを見つけている。アレが導入したアイデアは、エージェントのリスクに対する態度と「不確実性の度合い」の間には系統的な関係があるというものだ。これは後に「共通帰結効果」と呼ばれるものだ。このパラドックスを見つけたアレは、不確実性の下での新たな意思決定理論の構築に乗り出した (たとえば 1983, 1984, 1986, 1988, 1991)。

 それに先立つ 1943 年の著書で、アレは厚生理論と時間をまたがる均衡の概念以外に、いくつか他にも一般均衡理論の進歩を導入した。具体的には中間価格なしの独特の non-tatonnement 安定仮定を導入したのだった。1971年論文以後、アレは自分が創設に手を貸したネオワルラス派 経済学の基盤再検討を訴え、かわりに自分の 1943 年過程に基づく「多市場経済」の理論を提案した。これは交換における「余剰の探索」に頼ったもので、導きの原理としての価格概念を批判した。アレの主張だと、均衡は余剰が底をついたときにしか実現されず、そのときにやっと価格というものが存在するようになる。かれの余剰と市場の理論の概略を最もよく示すのは 1989 年の論考 Théorie Générale des Surplusだ (また 1973, 1981, 1986, 1987 も参照)。

 アレの遺産はよい話ばかりではない。二本の主要論文 (1943, 1947) と、ネオワルラス派理論の最も有力なパイオニアたる二人、ジェラール・ドブリューとエドモンド・マランヴォーの指導者であることを通じ、アレは当初のローザンヌ学派経済学者たちの考察を数多く、戦後の一般均衡プログラムに注ぎこんだ。今日、かれは不確実性理論における「アレのパラドックス」で一番有名かも知れない。だがアレのきわめて独自性の強い貢献——特に交換と安定の譲与理論と、独特なお金の「心理相対論的」理論 (1966, 1972, 1974, 1975) ——は、完全に無視されたか、きちんとしたクレジットもなしに、主流経済学体制にこっそり盗まれている。ネオワルラス派理論の基盤再検討の呼びかけと、それを改訂しようとするかれの孤高の努力は、ごく最近になってやっと広い関心を集め始めた。

 それでも、専門キャリアにおける無数の障害にもかかわらず、モーリス・アレは1977年にレジオン・ドヌール勲章のofficerとなって業績が評価され、さらに長らく待たれていたノーベル経済学賞を1988年に受賞した。またアレの経済学への貢献は、不承不承ながら承認されたというべきものである一方で、物理学と歴史への貢献はずっと認知度が高いことも書いておこう!

 アレはパリのエコール・ポリテクニークと高等師範鉱山学校 (ENSM) を卒業し、1944-88年にわたり ENSM で教鞭を執った。フランス国立科学研究センターの研究長官 (1954-80) とパリ大学金融分析センター所長 (1970-85) を歴任。

モーリス・アレの主要著作

モーリス・アレに関するリソース


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