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ケインズ派の反撃

 1950年代、60年代を通じて、ケインズ派の支配的な見方は、拡張版ヒックス=モジリアニIS-LMモデルによる新古典派ケインズ総合 だった。 ピグー効果は金融理論では大論争になったが、結局は論争の結論として、ピグー効果はきわめて狭い範囲の資産でしか効かないという話に実質的になってしまったため、ピグー効果が存在するとしても、実証的にはそれは無視してかまわないということになった。因習的な思い込みとして、長期的には新古典派モデル が成立し、短期で賃金が粘着的流動性の罠金利に敏感でない投資がある場合にはケインズ派のモデルが正しいというものだ――そしてこれはどれも現実世界についてもっともらしい想定だったので、「あとは政策を考えるだけ」ということになった。

 でもこのため、ケインズ系の理論的な有効性は否定されてしまった。というのもこの見方だと、失業はケインズ (1936) の主張とは裏腹に、「完全に機能する仕組み」においては失業は長続きしないということになってしまったからだ。だからそれは、なにやら他の不完全性に頼るしかない。その理論的有効性を回復すべく、もっと忠実なケインズ派は少なくとも「粘着価格」という条件を取り除くことだ。この点で重要なのは、アバ・ラーナー (1952) の主張が有名だが、高い価格柔軟性は、経済を安定させて完全雇用を復活させるどころか、実は「不安定性をもたらし」、失業を維持または悪化させるのだ、ということを示すことだった。これにより、ケインズの忠臣たちにとっての課題が設定された。これが証明できないのなら、ケインズの系はまさにまったく理論的な重要性を持たないことになってしまうのだ。

 突破口はケインズ自身だった。『一般理論』19章で、ケインズは「ケインズ効果」に取り組んだ。これはご記憶のように、名目賃金と物価水準が下がればお金の需要も下がり、だから金利も下がって、経済は完全雇用に戻る、という議論だあ。でもケインズは経済のエージェントの間にもかなりの相違があることを無視したわけではない。名目賃金と物価水準の低下は所得再分配につながるとかれは指摘している――まずは賃金労働者から不労所得者へ、続いて借り手から貸し手へ、そして全体としての結果は経済全体としての限界消費性向低下となる (Keynes, 1936: p.262)。

 この「所得再分配効果」を不完全競争モデルの中で採り上げたのがミハウ・カレッキ(1939: Ch. 3; 1942) だ。具体的には、もし名目賃金が下がったら、物価と賃金との間のマークアップが増える(つまりカレッキ流にいえば「独占の度合い」が増える)。すると賃金労働者から金利生活者への所得再分配が生じる。もし金利生活者が賃金労働者より消費性向が低ければ(社会の現実を視ればこれは納得できる想定だ)、経済全体の平均的な消費性向は下がり、したがって総需要は下がる。だから失業がある状況での名目賃金低下は、総需要をかえって引き下げ、したがって失業を増やしかねない。こうした総需要と所得分配との関係を追求したのは ケンブリッジのケインズ派、たとえばニコラス・カルドア (1956) やジョーン・ロビンソン (1962) で、ちょっと路線はちがうがシドニー・ワイントラウブ (1958, 1965)、ケネス・ボールディング (1950)、フランク・ハーン (1950, 1951) などだ。

 第二の影響は、ケインズ (1931) とアーヴィング・フィッシャー (1933) が考えたもので、「デットデフレ効果」と呼ばれている。要するに、物価が下がれば民間の資産の実質価値は上がり、つまり借り手の借金と、貸し手の資産は実質ベースで増える、ということだ。ここでも社会の現実を視れば、借り手は貸し手に比べて消費性向が高い(だからこそ、そもそも貸し手になれたわけだ!)ので、つまり実質的に富は借り手から貸し手に再分配され、したがって社会全体の限界消費性向は下がる。失業のある状態で物価柔軟性がもたらすのは、するとまたもや消費需要の低下となり、したがって総需要と雇用はもっと下がることになる。このデットデフレ効果を中心に据えたのはジェイムズ・トービン (1980)、J. Caskey and Steve Fazzari (1987)、Thomas Palley (1996) などだ。

 第三の影響もまたケインズが提案したものだった。「[名目賃金と物価の]引き下げが、さらなる賃金低下の期待、いや真面目な可能性であっても引き起こすのであれば(中略)それは資本の限界効率を逓減させ、投資と消費をどちらも先送りにさせてしまいます」 (Keynes, 1936: p.263)。これはその後「トービン=マンデル効果」として知られるようになったものを含んでいる。ジェイムズ・トービン (1965) およびロバート・マンデル(1963) にちなんだ呼び名だ。要するに、物価が下がれば、適応期待により、章らはもっとデフレになるという期待ができる。結果として、お金と資本との間でポートフォリオの割り当てを行おうとすると、デフレ期待はお金の需要を高める。すると LM 曲線は左にシフトする――そして産出と雇用を引き下げる。トービン=マンデル効果のもたらす不安定さを分析したのはジェイムズ・トービン(1975, 1992), J. Bradford de Long and Larry Summers (1986) などだ。

 ケインズが提案した第四の影響は、デフレとそれに伴う債務負担の上昇が、借金を抱えるビジネスマンの「アニマルスピリット」を押さえつけてしまうか、ヘタをすると完全に破産をもたらしかねないということだった (Keynes, 1936: p.264)。この可能性もデットデフレ論と関連しており、それを最も徹底して検討したのはハイマン・ミンスキー (1975, 1982, 1986) だった。ミンスキーは、企業が負債を発行して生産の資金調達をするのは、将来の利潤を期待してのことだ、と論じた。好況期には、企業の債務負担は増え、したがって企業はどんどん低質な負債でますますレバレッジが高くなる。ミンスキー流にいうと、システムは「財務的に脆弱」になる。つまり、普通なら吸収できるような小さなショック(たとえばちょっとしたデフレ)でも、負債残高次第では巨大な影響をもたらしかねない、ということだ。これが引き起こす大量の倒産は、すぐに総需要を引き下げ、それがまたもやデフレと倒産の波を引き起こす。この「負債=破産」スパイラルをもともと提案したのは ケインズ (1931) だが、この基本的にはケインズ派の主題に無数の変奏を加えたのはミンスキーだ。

 第五の影響は、『一般理論』のこの部分では明示的というよりは暗示的に触れられたもので、「内生的なお金」の存在だ。この古い概念は金融仲介に関するジョン・G. ガーリーとエドワード・S. ショー (1960)、ジェイムズ・トービン (1963)の研究で復活し、マネタリスト論争 (特にニコラス・カルドア, 1970, 1982) で中心的な役割を果たした。その後、これはポストケインズ派経済学の中核的な概念となり、たとえばハイマン・ミンスキー (1982), ベイジル・ムーア (1988), Randall Wray (1990), Marc Lavoie (1992), Thomas Palley (1996) などがその代表だ。お金の供給(マネーサプライ)が内生的なら、マネーサプライ関数は「水平」またはそれに近いものとなり、垂直ではなくなる。結果として名目賃金引き下げは、確かに 新ケインズ派 が仮説として述べたようにお金の需要を引き下げるかもしれないが、お金の供給は内生的なので、お金の供給もそれに対応して下がり、実質的には結果として金利はまったく低下しない。このため「ケインズ効果」は完全に打ち消され、経済は失業均衡のままとなる。

 最後に、第六の影響を提案したのはアバ・ラーナー (1936, 1939, 1944, 1952) で、これはかなり巧妙なものだ。つまり、もしあらゆる要素がきわめて柔軟な価格を持っていたら、名目賃金が下がっても雇用を増やすのは実質的に不可能になる、ということだ。基本的な発想は一種のマクロ経済学における「非代替 (non-substitution)」的な考え方となる。賃金が下がったとしよう。企業は機械なんか捨てて、労働で代替しようとする。でも機械(およびその他の要素)の価格はきわめて柔軟か、少なくとも名目賃金よりは柔軟なので(納得できる想定だ)、そうしたものの価格はすぐに下がる――そしてもはや労働による代替をするのが望ましくない価格になってしまう。したがって、価格がきわめて柔軟であれば、労働と他の要素との間で代替は起きない。結果として、名目賃金が下がっても、企業が労働雇用を増やすインセンティブはまったく生じない。パラドックスめいた話だが、ラーナーの指摘によれば、ケインズの失業均衡理論の成立は、高い(だが完全ではない)価格柔軟性とは矛盾しない――いやそれどころか成立のために必須なのだ。そして物価が硬直的か粘着的か調整が遅い場合に限り、ケインズの理論が効力を持ち始めるのだ。

 ラーナーの議論は、相当部分が一般均衡モデルにおける有効需要制約に頼ったものなので、後にケインズ理論への「不均衡」アプローチと呼ばれるようになったものの初期の表現だと考えていい。この不均衡アプローチは、ロバート・クラウアー (1965)、アクセル・レイヨンフーヴッド (1967, 1968)、ロバート・J・バロー、ヘルシェル・グロスマン (1971, 1976) などの研究により、1960 年代末から 1970 年代初期にかけて、短命ながらも輝かしい成果をあげた。

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