ビジネスサイクル理論が問題になるのは、単純に多くの人がビジネスサイクル/景気循環の存在を信じているからだ。この信念は、そんなに古いものではない。19 世紀には、ビジネスサイクルは周期だとは思われておらず、単に経済のなめらかな発展に割り込んでくる、突発的な「危機」でしかないと考えられていた。後年になると、経済学者も非経済学者も、こうした危機が定期的に起こると信じはじめて、その間隔や、経済構造変化との関連を分析するようになった。
当然ながら、すべての経済周期が同じ尺度で動いているわけじゃない。以下の分類は、シュムペーター (1939) がでっちあげたものだが、そうした周期のいくつかを期間によって(つまり谷と谷、または頂点と頂点との間隔で) 分類する:
シュムペーターはまた、周期の「4相」を命名した。好況、景気後退、不況、回復。まん中から初めて、好況というのは上昇期で、それが頂点まで続く。景気後退は、頂点から下がってもとのところに戻るまで。不況はそこからどん底まで。回復は、どん底からまん中に戻ってくるまでだ。その後まん中から、次の好況期に入って、こうして次の4相周期が始まる。ある意味で、どんな期間のどんな周期でもこうした4相を経ると言えなくもない――そうでなければ、その上下動は「周期」とは呼べなくなってしまう。
ビジネスサイクル/景気循環の理論家の信念は、経済が何らかの理由でこうした経済活動の波を経験するのだ、というものだ。しかしながら、ずばり何が経済にこんな上下動をさせるのか、というのは多くの想像力豊かな激論のタネとなってきた。
過去のすべてのビジネスサイクル/景気循環理論家たちと同様に、われわれもいくつか経験論的な事実を抑えておこう。まず何よりも、経験的な証拠を見ると、19世紀を通じて物価水準は大幅にふれたが、産出はそれほど上下動しなかった。したがって初期の「循環/周期」の分析は、まさに物価水準の上下動という定義に基づいていて、産出の上下動についてではなかった。しかしながら 20 世紀になると、いくつかの例外を除いては物価は絶えず上昇を続けた。物価はもちろん変動はしたが、全体としての上昇傾向を中心にふれたにすぎない。だが産出は、20 世紀には大幅に上下動した――したがって「周期/循環」とされたのは産出の動きだった。景気後退や不況では産出が低下する。回復と好況期には、産出が増える。したがって、「周期/循環」や「危機」を産出の変動として定義するのさえ、かなり最近の現象なのだ。
第二に、ウェスリー・C.ミッチェル はその生涯の相当部分をビジネスサイクル/景気循環の計測と分析に費やした。したがって、ミッチェルの NBER がアメリカで最も広く受け入れられたビジネスサイクル/景気循環の歴史的な記録を維持しているのも当然だろう。過去 1 世紀のアメリカのビジネスサイクル/景気循環についての見方を知りたければ、是非とも NBER が記録しているビジネスサイクル/景気循環の日付表 (business cycle dates table) を参照してほしい。
NBER はコンドラチェフ 周期 (または「長期波動」) を記録していない。なぜかというと、NBER は多くの経済学者同様に、そんな周期が存在するとは考えていないからだ。それでも、以下の4つのコンドラチェフ波動が同定されている(年号と名前は Kuznets, 1940より):
コンドラチェフ波動についてもっと知りたいひとは、コンドラチェフ波動のホームページ と Longwave Press のサイトを参照。(訳注:いずれのページも消滅。)
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