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ユーロは貿易にあまり影響してないよ。

(The Economist Vol 379, No. 8483 (2006/6/24), "Economic Focus: The euro and trade," p. 90) million euros

山形浩生訳 (hiyori13@alum.mit.edu)

通貨統合のメリットと称されるものは、実はかなり小さかった。

  ヨーロッパ通貨統合という大胆な実験についてはまだ論争が続いているが、少なくともそのコストと便益がどこらへんにあるかについては、多少なりとも合意ができている。コストはマクロ経済的なもので、メンバー国の個別の経済状況にあわせて金利を設定できなくなるということだ。便益はミクロ経済的なもので、貿易や経済成長が拡大する可能性だ。なぜ拡大するかといえば、各国の通貨を両替するコストや、為替レートの不確実性が取り除かれるからだ。

  たとえば 2003 年にイギリス財務省は、フランクフルトの設定した金利でやっていけるほどは経済がユーロ圏と統合されていないという理由で、ユーロ参加を却下した。だがこれは、ユーロ支持者たちに絶好のエサを投げた形となり、ユーロ圏に入ればこんなに貿易や経済成長が増えるというよだれの出そうな推計値があれこれ出てきた。その手の推計によれば、もしユーロに参加していれば、ユーロ圏との貿易は 30 年で最大 50% 増え、生活水準は最大 9% も高まっただろう、という。

  ジュネーブの国際研究大学院の貿易経済学者であるリチャード・ボールドウィンは、この手の数字やそれ以前のさらに強気な推計をまな板にのせてみた。ボールドウィンの計算によれば、通貨統合による貿易への追い風はずっと小さいとのこと。多くても 15%、少なければ 5%、いちばん妥当な推計は 9% だそうだ。またこの増加はじわじわと起こるものではなく、すでにもう実現されてしまっている。そしてユーロを採用しなかったEU諸国――イギリス、スウェーデン、デンマーク――も採用国と同じくらいの便益をこうむっている。ユーロ地域への輸出が通貨統合のおかげで 7% も増えているのだ。

  ユーロによる潜在的な貿易増大に対する関心が一躍高まったのは、それ以前の通貨道号に関する研究が示したとんでもない結果のせいだった。カリフォルニア大学バークレー校の経済学者アンドリュー・ローズは 2000 年に、通貨統合は貿易を 235% 増大させるという研究を発表した。この数字は大きすぎてあり得なさそうだった。過去の研究では、為替レートの不安定さによる貿易へのマイナス効果はほとんどないとされていたし、この結果はそれと大きくくいちがう。1979 年にアイルランドとイギリスが通貨を分裂させたときにも、両国の貿易には目に見える影響はなかったこともある。

  こうした懸念が指摘されていたのに、研究者たちは通貨統合によって大幅な貿易効果があると主張し続けてきた。ボールドウィン氏は、そうした推計がなぜ信用できないかを説明する。最大の問題は、そうした通貨統合に参加しているほとんどの国は、小規模の貧しい経済で、かれらが通貨統合に参加したのはかつての植民地関係のせいだということだ。そうした小国はあまりに多様すぎて、貿易に対する影響をすべて十分にモデル化するのは不可能なのだ。だがモデルに含まれなかった要因の一部が通貨統合への参加と相関していたら、貿易への影響は過大に推計されることとなる。そして、これが逆にきくこともあるだろう。小さな開放経済の国は、どのみち貿易が多いし、通貨統合にも参加しやすい。通貨統合のメリットは、それが破綻したときに輸出入がどれだけ減るかということで計測される。だが、新規独立国が関税をかけたり、国内が不穏になったり、戦争が起きたりしても貿易は減ってしまう。

新しい理論の種

  これまでの通貨統合が貿易に与える影響を計測するうえで、こうしたどうしようもない困難があるということは、そうした過去に基づく研究に致命的な欠陥があるということだ。だがユーロはいまや 1999 年初頭から存在しているし、紙幣や貨幣も 2002 年 1 月から流通している。だからこの経験に基づいた新しい証拠がどんどん増えてきている。そしてこれは、ユーロ加盟 12 ヵ国のマクロ経済的なデメリットをはっきり示してしまった。通貨独立性の喪失は、まずはドイツを引きずりおろし、そして最近ではイタリアの足を引っ張っている。

  だがこうした欠点があるのに、一部の研究は通貨統合のおかげでユーロ圏の貿易が大幅に拡大したと結論している。たとえば、最初の 4 年で貿易が 20-25% 拡大したという研究がある。だが、過去の通貨統合の場合と同じように、これには他の要因もたくさん影響している。ありがたいことに、過去の通貨統合とはちがって、今回の場合には「対照群」が存在している:ユーロに参加しなかった三カ国だ。そしてこの三カ国は実にありがたいことに、EU 加盟の他の関連便益(たとえば貿易政策)は共有している。これを根拠にして、ボールドウィン氏は 9% という最も妥当な数字を導き出している。

  同じくらい重要な点として、ボールドウィン氏によれば貿易増大の原因は、ユーロ圏との取引コスト低下のために起きたのではない。もしそうならば、ユーロ圏参加国で取引されている財の価格が、それ以外の諸国と取引されている財の価格に比べて相対的に下がることから貿易に刺激が起きたはずだ。だがボールドウィン氏は、予想されるようなこうした価格低下は起きていないし、ユーロに参加しなかった参加国から貿易が奪われるような現象も見られないという。かれの説によれば、別のメカニズムが働いているらしい。ユーロ導入により、ユーロ圏で貿易する固定費用が下がったというのだ。だからこれまで、ユーロ参加国のうち数カ国だけで取引をしていた企業は、急にその市場を 12ヵ国すべてに拡大できるようになった。だからこそ、貿易への追い風効果は一回限りのものにとどまったわけだ。そしてだからこそ、参加国と同じくらい非参加国もメリットを享受できている。

  つまり、イギリスがユーロを採用する根拠は、これまで考えられていたよりずっと薄弱なものでしかない。だがこれはユーロ圏12ヵ国にとっても重要な教訓となる。これまでもう一つの希望として、各国が通貨統合に最適とはいえないような調整しかできていなくても、相互の貿易が大幅に増えることで各国の経済状況はだんだん一致してくるのだ、という期待があった。だがボールドウィン氏の研究は、この期待は甘いと告げている。ユーロ圏は単一の金融政策で最高の成果をあげたければ、労働市場をもっと柔軟にするなどの改革をもっともっと行わなくてはならないわけだ。

*1: Richard Baldwin "In or Out: Does it Matter? An Evidence-based Analysis of the Trade Effects of the Euro", Centre for Economic Policy Research.


解説

 おおお、なんと頭のよいやつがいるもんだ。ユーロの影響を見るには、同じ EU でユーロに参加しなかった参加国と、参加した諸国とを比べればよい! 考えてみればあたりまえの話だが、コロンブスの卵。で、結局のところ、この記事を見る限りでは通貨統合の影響はないも同然、実際に出たプラスの影響は、ユーロの参加/不参加と関係ないので、実は単なる貿易上の規制撤廃などからきているだけ、ということですな。

signion   なんか通貨統合とか通貨圏とかいう言い方に、得体の知れない幻想を抱いている人が多くて、やれシニョレッジだ(ちなみにぼくはこのことばをきくと、毎回なにやら髪をシニョンにした変なおばさん男が頭に浮かんでしまって、ついニヤニヤしてしまう)、国債をいくら発行しても印刷機をまわすだけで返済できる(できねーっつのだ、というかそんなことをしだしたら、国債をいくら発行してもだれも買わないよ。ねえバーナンキ先生)とかくだらないことを言うやつだらけ。さらにはバカな底の浅い歴史をふりかざして、やれユーロはハプスブルグのなんとかへの回帰だのなんだのとか。そして日本は円経済圏をつくるべきだの、アジアの統一通貨がどうしたの。そんなの意味ないって。過大な期待を抱いている人は、本稿で頭を冷やすように。

  なおユーロに関してはこのクルーグマンエッセイそれ以前の状況 (ECU/EMS 時代ね)、通貨統合全般についてはこちら(通貨統合するも地獄、しないも地獄)もお読みください。


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