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Courier Japon, 57
Courier 2009/06,
表紙はパリ特集で青地に赤いエッフェル塔

そろそろ現実の話をしようか:世界最高のビジネス誌「The Economistを読む」 連載第14 回

タタ自動車「ナノ」のすごさ

(『クーリエジャポン』2009/06号 #57)

山形浩生



 インドのタタ自動車が、二千ドルの車ナノを発表し、先日ついにその実物がお目見えした。既存の各種自動車系メディアなどを見ると、あまり褒めている様子がないんだが、ぼくに言わせると多くの報道は既存の自動車の枠組みでナノを見ているだけで、かなり見当違いをしているように思う。ぼくはナノが、自動車の新しいジャンルを切り開くものだと思っている。それは昨年、初めてネットブックが出てきたときの反応と同じだ。既存メーカーや評論家は「あんな安物はうちらは手を出さないよ」と言っていたが、いまやそれがパソコンの大きな流れを作る一大ジャンルとなっている。ナノもそんな役割を果たすんじゃないか。そして、それがインドから出てきたということの意義をもっとちゃんと考えた方がいい。『エコノミスト』はそれをちゃんと指摘できている。

「ナノ」なのは車体だけ:途上国企業の世界進出

(The Economist Vol , No. (2009/03/21), "" pp.72)

 世界でいちばん安い車、タタのナノ――今週ムンバイで、嵐のようなフラッシュとインドの威信をかけて発売された――は、またもや発展途上国で台頭する他国製企業にスポットを当てることとなった。鉄鋼のアルセロアミッタールから、電気通信のZTEまで、インドや中国を初めとする発展途上国の野心的な企業は、最近は世界の舞台に躍り出ており、革新的な製品や大胆な買収で、富裕国の既存多国籍企業を脅かしている。ナノは、こうした台頭する巨人たちの野心を象徴するものだ。

 だが二〇〇八年一月に、タタ自動車がこの小さな車を発表してから世界は大きく変わった。金融危機、株式市場の急落、商品価格の失墜は、富裕国と貧乏国のどちらにも打撃を与えた。タタ自動車は昨年、二三億ドルでイギリスの高級自動車メーカーであるジャガー・ランドローバーを買収したが、いまやその負債を借り換えるのにくろうしており、同社の株は今週スタンダード&プアーズに格付けを引き下げられた。すると、エマージング市場の巨人たちが既存の先進国巨人たちに与える脅威も、これでおさまったということだろうか?

 いやいや。今回の金融危機は、新興国の巨人たちの相対的な立ち位置をかえって強化している。理由はいくつかある。まず、世界中の企業や消費者が支出や取引を削減しようとする中で、地元の低賃金を活用した新興巨人たちの低コスト生産モデルはますます優位にたつようになった。第二に、途上国の成長も鈍ったとはいえ、成長が止まったわけではない。だから新興巨人たちはいざとなれば地元需要をあてにできる。たとえば自動車販売は先進国では激減したが、途上国の多くではいまだに伸びている。中国では、今年は十パーセント増が予想されている。

 第三に、多くの富裕国の他国製企業は、不景気に取り組む姿勢がきわめて内向きになっており、市場ポジション維持のために投資する能力が下がっている。これは破壊的な新規参入企業にとってはチャンスだ。ここでも自動車生産が好例だし、エコ技術への転換も新規参入組にとっての突破口だ。タタグループの親分、ラタン・タタは二〇一一年からナノをヨーロッパで売るだけでなく、いずれはアメリカでも販売したいという野心を語っている。電池メーカーから数年前に電気自動車メーカーとなった中国のBYDは、今年一月のデトロイト・モーターショーの話題をさらっていた。

 さらに富裕国で現金に困った多国籍企業の多くは、金稼ぎのために一部を身売りするようになっている。これは発展途上国の巨人たちにとっては、技術とブランドなどの資産を手に入れるチャンスとなる、とボストンコンサルティング・グループのハロルド・サーキンは語る。中国の自動車メーカー、奇瑞汽車と吉利は、フォードからボルボを買いたがっている。インドの軽トラックメーカーであるマヒンドラ&マヒンドラはイギリスのつぶれそうなトラック会社LDVを買収に手を挙げている。中国企業も入札に参加するのではないかと言われる。ブラジルの鉱山大手ヴェールは、負債まみれの英豪同業ライバルであるリオティントから資産を大量に買い取った。そして中国で急成長中の電気通信機器メーカーZTE(顧客は六〇カ国以上)は、モトローラの携帯電話部門買収が噂されている。ちなみにZTEは、いまや業界第五位の地位をモトローラから奪い取ろうとしているところだ。

もちろん、新興国の大企業にも弱点はある。タタ自動車などは、商品価格が高くて融資が受けやすかった時期に手を広げすぎた。世界三位のセメント会社であるメキシコのセメックスは、負債の償還を滞らせないために、世界中で資産を切り売りしている。インドネシアとトリニダード、メキシコからのびてきた世界最大の鉄鋼メーカー、アルセロアミッタールは、負債借り換えのために今週一五億ドルの転換社債を発行した。だがそれを言うなら、富裕国の多国籍企業だって似たような失敗をしたところはいくらでもあるし、もっとひどいことになっているところも多い。

 発展途上国の新興巨人たちは、好況期でも台頭しつつある勢力だった。そしてナノの発売は富裕国のボスたちに、まだまだバックミラーに注意しなくてはいけないと戒めているのだ。


 ナノを批判する人々は、自動車で本当に目新しい動きが先進国にここしばらくどれだけあったか考えてみるといい。ちなみにこの号には、ナノの自動車としての評価記事も出ている。ドアはちゃんと閉めないとぶらぶらしているし、リアハッチに見えるものは実は開かない(剛性を高めるためだそうな)。内装は安っちいし(だって安いんだもん)、装備は最低限。でも、エンジンはかなりクリーンだし、安全性にも最大限の配慮がされている。高速走行でも変な振動は起きないし、いろいろ工夫もある。二千ドルでここまでできたのはすごいという評価。ぼくはこれがフェアな評価だと思う。二千ドルなら、ほとんど使い捨てみたいな車利用もできるし、まったく新種の自動車利用形態も生み出すだろう。

 ちなみに、それでもナノなんてイノベーションのうちに入らないという方、「エコノミスト」記事からは離れるけれど、タタ自動車は今年中にもノルウェーで電気自動車を発売しますぞ。記事中にある中国の電気自動車もすぐに出てくる。日本もハイブリッドの成功がいつまで続くやら。うっかりしていると、すぐに先を越されかねない。

 自動車ネタに関連して、四月一一日号にバイオ燃料がらみの記事。バイオ燃料の評価は二転三転していて、それはこの欄でもいろいろ紹介しているけれど、今回の記事では、バイオ燃料は作物を育てるときに窒素酸化物を出して、それが二酸化炭素の三百倍もひどい温暖化ガスなので、たぶんバイオ燃料の多用は二酸化炭素は減らしても、温暖化にはかえって有害という話。炭素排出にだけ目を奪われてバイオ燃料促進をするのは、本来の狙いからすると逆効果かもしれないとのこと。うーむ。日本もバイオ燃料促進政策を持っているが……

 それとはまったく別件ではあるけれど、四月一八日号には持ち家政策についての評価記事が出ていて、これはぼくにはショックだった。持ち家は人々を定住させてコミュニティ意識も高め、安定就業にもつながるというのが普通の発想で、だからこそ少しやばい相手でも住宅ローンを出せというサブプライム政策が容認された。ぼくはこの発想が基本的には正しいと思っていた。でも実際に見てみると、必ずしも持ち家は社会にとっていいとは限らないという。特に住宅が値上がり目当ての資産として見られるようになると、かえって派手な売買が行われて定住もコミュニティ意識も実現しないという指摘。逆に持ち家は人々を移動しにくくさせるので、労働市場の調整も遅れてこれまた景気回復の足を引っ張る! 従来の持ち家政策の根拠をひっくり返す記事で、たぶん住宅政策や街作りに関心のあるぼく以外の多くの人にとってもショックだろう。日本の場合でもこれがいえるのか、だれか調べてないものだろうか?


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