Valid XHTML 1.1!
Courier Japon, 56
Courier 2009/05,
表紙はパリ特集で青地に赤いエッフェル塔

そろそろ現実の話をしようか:世界最高のビジネス誌「The Economistを読む」 連載第14 回

金融危機とマイクロファイナンス

(『クーリエジャポン』2009/05号 #56)

山形浩生



 毎号お読みの読者諸賢はお気づきかもしれないが、本欄は時事的な大見出しはあまり追いかけない。むしろいくつか決まった小ネタを継続的に追いかけている。たとえばバイオ燃料、アフリカのコーヒー、そしてマイクロファイナンスだ。『エコノミスト』は何でもありの雑誌なので、流されて読んでいると目移りして散漫になりがちだ。これは他の雑誌でも同じこと。そのときの流行を追いかけるだけでなく、一つの問題にしぼって注目すると理解は深くなる。そしてこの雑誌は、ちゃんとそれに応えるだけの記事、つまり流行の最先端ではないけれど、重要なテーマについての話は、継続的に載せてくれるのがいいところ。

 というわけで今回はマイクロファイナンスの話。これはよく考えるといまや諸悪の根源扱いされているサブプライムローンと似ている。通常なら貸さない貧乏な人に、ろくな担保もなしにお金を貸そうという話なんだから。今回の危機で、そちらはどういう影響を受けているんだろうか? 結構いい、が、完全に無傷というわけではないようだ。そんなお話を。

サブプライムとは行きませんが:金融危機とマイクロファイナンス

(The Economist Vol , No. (2009/03/21), "" pp.72)

 サブプライム住宅ローンから生じた世界金融危機というのは、融資履歴を持たない貧乏人に無担保で融資をするビジネスにとっては決してベストな状況ではない。だがまさにその通りのことをやっているのが、大規模マイクロファイナンス企業だ。そしてかれらはピンピンしているように見える。マイクロファイナンスの雄であるグラミン銀行創始者で、二〇〇六年にノーベル賞ももらったムハンマド・ユヌスは、マイクロファイナンス業界が無傷だと胸を張り、訪日時にこう語っている。「われわれは金融危機でいささかも影響を受けていません。その理由は簡単で、われわれは実体経済に根ざしているからです。われわれは紙切れベースの紙切れをおいかける銀行とはちがう。われわれが百ドルの融資をしたら、その百ドルの背後にはニワトリがいて、ウシがいる。架空のものに基づいてはいないのです」

 マイクロファイナンスがグローバル経済から隔離されていると考えるのは、ユヌスだけではない。この制度の支持者たちは、マイクロファイナンスとサブプライムローンとが少しでも似ているのはうわべだけだと論じる。マイクロファイナンスは、途上国の人々が小さくて収益性の高い事業を始めるための少額融資をするところであり、高騰した住宅の購入費用をまかなうものではない。そうした事業の多くは地元のニーズを満たすものだから、輸出が低迷しているときにはかえって盛況になる。そしてマイクロファイナンスは返済に周囲からの圧力を使うから、担保さしおさえや自己破産が激増している市中銀行にとっては垂涎の的だ。返済不履行はほとんどない。

 だが一部のマイクロファイナンス機関は、残念ながらその借り手ほどはグローバル経済から隔離されていない。多くは国際的な資金を得ている。ワシントンにある研究機関の貧困支援コンサルタティブグループによれば、マイクロファイナンスへの外資流入は二〇〇四年から二〇〇六年にかけて三倍になった。その資金の半分はODA資金からきているが、民間資金の比率は高まっている。世界銀行の民間部門であるIFCは、二〇〇四年から二〇〇七年にかけてマイクロファイナンス機関に対する資金提供を年率55%ずつ増やしてきた。また特に東欧と中央アジアのマイクロファイナンス機関は、外国の銀行から借金をしている。また民間投資ファンドのマイクロファイナンスポートフォリオは、二〇〇四年に六億ドルだったのが、二〇〇六年には二十億ドルになった。

 IFCのような援助機関からの資金は安定しているだろうが、こうしたところも予算カットは避けられない。そして他の資金源も脅かされている。ケニアのマイクロファイナンス機関Kレップ銀行は、二〇〇七年には隔週くらいで各種の資金提供候補者が電話をかけてきたという。だが過去半年は、一本もない。一部の市場では、資金コストが四・五パーセントポイント上昇したという。さらに外資で借りていると為替レートの変動リスクもそこに加わってくる。

 またさらに火急の問題が、既存の負債の借り換えだ。ほとんどのマイクロファイナンス機関は、一年から二年ものの融資を受けている。その返済期限がやってきたとき、現状では特に民間からは借り換えが受けられない場合が増えるはずだ。IFCによれば、今後十八ヶ月で十八億ドルの資金ギャップが発生しかねない。IFCとドイツ政府は、五億ドルのファンドを用意して、マイクロファイナンス機関の借り換え需要を支援しようとしている。

 こういう状況だと、マイクロファイナンス機関としては援助機関や市場の気まぐれに左右されず、むしろ預金を受け入れる方向に動くはずだ、と一部の専門家は予想する。アフリカでは多くのマイクロファイナンス機関がすでにこれを行っている。だが預金者を集めるのは時間がかかるので新規の貸し出しが抑えられるし、経済危機が進めば預金者はさらに見つけにくくなる。世界銀行の推計では、この経済危機で六千五百万人が一日二ドルの貧困ライン以下に落ちてしまうという。こうした人々こそ、マイクロファイナンス機関が預金源としてあてにしていた層なのだ。

 資金ショートで、マイクロファイナンスの弱点が他にもあらわになるかもしれない。多くのウォッチャーは、一部のマイクロファイナンス融資が実は投資ではなく消費の資金になっているのではと疑っている。さらに借り手たちは、一つのマイクロファイナンス融資を返済するために別のマイクロファイナンス融資に頼るという状況になっているとも言われる。新規の融資がいつでも手に入るなら、これは続く――かつての日本のように、サラ金返済に別のサラ金から借金するようなものだ。だが貸し渋りが始まると、これが問題となって浮上しかねない、とインドのマイクロファイナンス研究機関は述べる。一方、IFCの報告によると、三十日以上延滞の利用者はこれまで1.2%だったのが、2-3%に増えてきているという。これはまだまだ低い水準だし、ユヌス氏に言わせるとグラミンでの返済実績は完璧だという。でも資金クランチが長引いたら、マイクロファイナンスの利用者たちも、かつてのサブプライムの借り手たち並に困ったことになる可能性はある。


 今のところ借り手はそんなに問題なし。でも貸し手のほうが資金繰りに行き詰まるかも、という話。そして実はマイクロファイナンスも、サラ金と似たような多重債務問題に発展しかねない部分を持っているということ。だから危機が長期化すると、こちらにも当然影響が出てくる、ということか。なるほど。ちなみに最後にある、投資か消費か、というのはマイクロファイナンスのような少額だとむずかしい。携帯電話を買うのは消費ですか投資ですか? そんなわけで、ここはいろいろグレーなきっちり仕分けできない部分が多いんだけれど。

 ちなみに、これはマイクロファイナンスが駄目ってことじゃない。これがきわめておもしろい試みなのは事実で、それが成功しているのはすばらしいことだ。でも、どこに問題が起きそうかをこうやって事前に理解して、IFCとドイツがやっているような借り換え支援のつなぎ融資などを用意してあげるのはとても重要なことだ。サブプライムも、だれかがそれをちゃんと考えていれば避けられたかもしれない。

 その一方で、ここにあるようにマイクロファイナンス機関が預金を受け入れるようになると、それはもはや普通の銀行だ。マイクロファイナンスとしての特色はどこに残るんだろうか? そんなことを考えておくことも必要かもしれない。マイクロファイナンスは、やはり過渡期の一過性の金融システムなんだろうか?


The Economist セレクションインデックス YAMAGATA Hirooトップに戻る


Valid XHTML 1.0!YAMAGATA Hiroo (hiyori13@alum.mit.edu)