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Courier Japon, 51
Courier 2008/12,
表紙はパリ特集で青地に赤いエッフェル塔

そろそろ現実の話をしようか:世界最高のビジネス誌「The Economistを読む」 連載第14 回

売春合法化の是非

(『クーリエジャポン』2008/12号 #51)

山形浩生



 世間は未だ、金融危機のショックから立ち直るどころか、ショックそのものがまだ続いているような状態。これについては各種の議論がまだ山ほど続いていることだろう。ここでは例によって、少し目先の変わったものを紹介することにしよう。

 ご存じの通り日本のマスコミは、セックスがらみの話だと極度の偽善ぶりを発揮する。政治家や企業トップの愛人だの買春経験だのを謹厳な顔で糾弾した週刊誌を一ページめくると、グラビアアイドル大股開き写真や「黒い報告書」や風俗おすすめ穴場探訪記事が劣情を誘っている。この一貫性のなさが日本のジャーナリズムに対する軽侮の念につながっていると思う。またそうでないメディアは、ひたすら臭いものに蓋でそもそもセックスの話題に触れることすら避けるか、教科書的なお題目を唱えるだけ。たぶん、以下のような記事が日本の一般メディアに出ることは、まずあり得ないと思うのだ。

世界最古の大論争

(The Economist Vol , No. (2008/11/?), "" pp.75-7)

 八年前に、オランダが売春を合法化した。政治家たちは、古来からの政治的ジレンマ――強要、暴力、感染症といったセックス取引の悪い面を制限しつつ、国の役割を現実的な範囲に抑えるという問題が解決できると思っていた。合法化すれば、各種犯罪との関わりも減る。売春はただの自由な商取引となり、国は通常の所轄と徴税だけする。警察は、合意のもとで自由な取引をする人々に嫌がらせをするのではなく、本当の犯罪者たちに専念できるはずだった。

 同時期にスウェーデンは別のやり方を採った。一九九九年から、スウェーデンは売春の客のほうを罰するようにした。そして売春する側は、被害者として扱うようになった。

 だが現実には、どちらも万能薬ではなかった。どちらも売春婦たちを搾取や暴力から守りつつ国の役割を抑えることもできなかった。

 オランダの三都市で売春婦百二十人を働かせていたトルコ=ドイツ系首領たちの逮捕は、自由化の失敗を物語る。首領の下ででっちあげの負債をおわされた女性たちは、一日二十人も客をとらされ、豊胸手術を強いられて、「所有者」たちの名前を入れ墨させられていた。これは例外的な現象ではない。売春街が観光名所になっているアムステルダムの警官たちによれば、売春婦の半分は無理矢理働かされているという。

 このため、スウェーデン方式のほうが最近は人気が高く、欧州の他の国も追随しつつある。こうした国では、アフリカや東欧からの売春婦流入が問題視されているためもある。だがその実情はどうだろうか? 当局は、この新制度導入から一年で街娼は四割減ったといい、また人身売買の行き先としてスウェーデンはあまり挙がらなくなったという。でも懐疑論者は、性に飢えたスウェーデン人たちは近隣諸国やタイにでかけるだけだとも言う。

 さらにスウェーデンのセックスワーカー組合によると、この規制のために商売が地下に潜るようになり、危険は高まったという。ノルウェーの報告では、スウェーデン人売春婦は以前より「攻撃される危険が高まった」という。顔をあわせないケータイや秘密のアパートで商売するため、ぽん引きへの依存率も高まる。また、この規制があると児童売春を見かけても顧客は当局に通報しなくなってしまう。

 ヨーロッパとは逆にもっと自由化を進めているところもある。アメリカではセックスの取引はせいぜいが軽犯罪で、ロードアイランド州以外ではどこでやってもかまわない。さらにカリフォルニアでは、売春婦に対する警察の取り締まりを禁止する法律が住民投票にかけられる。セックスワーカー組合を含む多くの論者にいわせると、これが可決すれば警察は無意味に売春婦を逮捕するかわりに、彼女たちの健康を守って暴力から保護するようになるという。反対者たちは、もし警察の行動を規制すれば、明らかに暴力や強制が見られるときでも対処しにくくなると述べる。そして確かにオランダの事例で、自由化の議論はかなり弱まってしまっている。

 でも自由化賛成派にとってもっといい成功事例は、ニュージーランドだ。二〇〇三年に同国は、オランダさえ上回る大胆さで売春を非合法化している。セックスワーカーたちは、自宅だろうと売春宿だろうと街角だろうと、どこでも商売してかまわない。

 五月の政府報告によれば、結果は上々だ。売春婦の六割以上は、以前よりも客を断りやすくなったという。合法年齢である十八歳以下は一パーセントしかおらず、強制されて売春していると答えたのも四パーセントにとどまった。

 もちろん同国は孤立しているため、欧州のように外国からの売春婦流入があまりない、という利点はある。だがニュージーランドの制度にはもう一つちがいがある。オランダやアメリカのネバダ州では、売春は売春宿でしか行えない。そして売春宿は、働く当人たちではなくビジネスマンが経営していることが多い。

 そうしたビジネスマンは、セックス取引を独占しているため、自分の下で働く売春婦たちに大きな権力を持つ。ニュージーランドでは、自前で商売するのは簡単だ。ピンハネされることもなく、変な客や危険なプレイは拒否しやすい。ニュージーランドの売春婦連合会長キャサリン・ヒーリーによれば「みんなこの法律のおかげでずっと保護されているから、客や強面の売春宿オーナーたちにも強気に出られます」とのこと。

 当然ながら、ニュージーランド制度の批判者には、内外の売春宿オーナーたちが含まれる。ラスベガスの売春宿「チキンランチ」は独立業者を「ロシアンルーレット」とけなす。またニュージーランドのある売春宿オーナーは、独立セックスワーカーの所得は「実質的に免税であり、税収に貢献しない」と抗議している。

 最近、こうした各種の動きを売春婦の視点から評価した報告が、まったく予想外の場所から発表され、ニュージーランドの制度がいちばんいいという評価を下している。イギリス女性連合――通常はお料理レシピの交換などが主要活動だ――からのおばあちゃん二人が、オランダ、アメリカ、ニュージーランドの売春宿を視察してまわったのだ。最高の評価を得たのは、ニュージーランド首都郊外にある、何の変哲もない家だ――同国では「小規模所有者経営の売春所」に分類される。そこでは女性が、平日にだけサービスを提供しているのだ。「普通の職場と何も変わりませんでしたよ」とおばあちゃん。


 売春は、現状では人身売買や強制や性病の問題がつきまとうので、それにきちんと対処することは重要だ。でも対処は単に禁止すればいいという話にはならない。正しい対処のあり方については、本来きちんと議論されてしかるべきだし、『エコノミスト』はそれをやる。単に厳しくするだけの問題を指摘する一方で、安易な自由化が別の権力関係を作り出し、必ずしも問題の解決にならないことも指摘する(なんだか金融市場改革の話みたいですな)。

 この記事は明らかにニュージーランド式の売春徹底自由化に好意的だ。売春は感情的な反応を引き起こしやすい主題なので、この一点でこの記事に反感を覚える人はいるだろう。でもこの雑誌は、読者がそんな人ばかりでないと信じることができる。その信頼に基づいて、売春自由化という問題の両面を、ざっとではあれ公平に並べることができている。そして、この記事を読んでニュージーランド方式を支持するかは人それぞれだろうけれど、少なくとも考慮すべき論点はだれにでもわかるはずだ。それはたぶん、この問題をめぐる政策的な決定にも何らかの形で影響することだろう。なんともうらやましい。日本でこの記事が万が一出たとしても、「それでも売春はイケナイ」的なお題目の連呼になるか、「あなたもこの冬は南半球でうっふん三昧はいかが」なんていうオチのつくおちゃらけになり果てているだろうに。


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