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Courier 2008/11,
表紙はパリ特集で青地に赤いエッフェル塔

そろそろ現実の話をしようか:世界最高のビジネス誌「The Economistを読む」 連載第14 回

フェミニズムの勝利

(『クーリエジャポン』2008/11号 #50)

山形浩生



 執筆時点ではリーマン兄弟ショックでアメリカ選挙戦の話も影がうすれてきている。その中でちょっと話題を呼んだのが、マケイン候補の選んだパートナーであるサラ・ペイリンだ。ヒラリー・クリントンがまさかの落選でがっかりしている女性陣やフェミニストたちにとって、まあ共和党側とはいえ副大統領候補が女性になったのは、多少の慰めにはなるのかなと思っていたら、まったくそうではないどころか、フェミニストたちにペイリンは実は嫌われているという意外な記事を。

フェミニズムの勝利

(The Economist Vol , No. (2008/11/?), "" pp.75-7)

  今年はアメリカのフェミニストたちが、最高のガラスの天井が破られたことを祝う年になるはずだった。そのための理想的な候補者、ヒラリー・ロダム・クリントンがいて、彼女なら若僧バラク・オバマやロートルのジョン・マケインを蹴散らせるのは確実に思えた。

 が、蹴散らされたのはクリントンのほうだった。彼女は負けるはずのない指名選で負けただけでなく、その過程でそっぽを向かれて罵倒されることになってしまった。

 そしてマケインが副大統領候補としてサラ・ペイリンを選んだことで、フェミニストの敗北は阿鼻叫喚にまで失墜した。ペイリンは、リベラル派のフェミニストが唾棄するものを一身に体現している。彼女は拳銃を持ち歩く福音派で、ホッキョクグマを嫌うもと美人コンテスト出場者、五人の子持ちで中絶に反対して、妊娠した娘が「命を選んだ」ことを賞賛する人物だ。二〇〇二年のアラスカ州副知事選で彼女は、自分が「どんな候補者にも負けないプロライフ」(中絶反対論者)だと述べた。

 フェミニズムの闘士グロリア・スタイネムは「ペイリンがクリントンとは遺伝子以外何一つ共通するものがない」と述べる。全米女性協会の会長キム・ガンディーは、ペイリンが「女性の権利に反対する女性だ」とけなす。ミシガン州の有力民主党員デビー・ディンゲルは、ペイリンの抜擢について女性は侮辱されたと感じていると述べる。ジョー・バイデンは、もし彼女が初の女性副大統領になったら「女性にとって大きな後退」だという。そして『ニューリパブリック』誌は、クリントンに対する一八〇〇万票をガラスの天井のひびになぞらえつつ、「一八〇〇万のひび(クラック)と一人のイカレポンチ(クラックポット)」とまで揶揄している。

 ペイリンが全国的な檜舞台に上がったことで、驚愕するような政治的逆立ちも見られている。一部のフェミニストたちは、マケイン氏が単に女だからというだけで相方を選んだことに激怒している。ワシントンポストの執筆者サリー・クインはなんと、あんな大家族では全国区の政治候補者とよき母親を両立させるなんて不可能だと述べている。一方で伝統的な保守派は、実は自分たちは昔から型破りなワーキングマザーを支援してきたのだ(そうは見えなかったかもしれないが)と主張しはじめている。一方で、この騒動でフェミニズムの終焉についてもいろいろ取りざたされるようにはなっている。

 だがフェミニズムがそんなに悪い状況だろうか? アメリカ女性は確かに公共の場では代表が少ない。知事や議員のうち、女性はたったの二割だ。最高裁判所判事の女性数は、サンドラ・デイ・オコナーが退職して半減した。だがグロリア・スタイネムがアメリカで「もっとも強い制約を持つ力」と称するものは、どんどん弱くなってきているのだ。アメリカでもっとも保守的な文化を持つ州であるカンザスやミシガンの知事は女性だ。一九九八年にアリゾナの公選職トップ五つを女性が占めている。オコナー判事は、何十年にもわたり最高裁でもっとも強力な声だった。

 女性はまた、ジェンダー戦争でもっとも重要なもので勝っている――学歴戦争だ。学卒の学位は57パーセントが女性、修士号は59パーセント、博士号も半数だ。そして、成績もどんどん上がっている。高等教育の面でいえば、女性は一九八〇年に大西と台頭になった。九〇年代初期には、男の大学新卒5人あたり、女性の新卒は6人だった。予測によれば、二〇一七年までにその比率は男子2人ごとに女子三人になる。能力主義はどう見ても女権主義へと変化しつつあり、それは多くのキャンパスで目に見える変化となっている。ハーバード、プリンストン、MIT、国防大学の学長はみんな女性だ。

 一方の男子は、女子より高校を中退しやすい。また特殊学校に入れられたり、感情抑制薬を投与されたりする確率も高い。犯罪率も高く、投獄率も高く、自殺や殺人被害に遭う可能性も高い。精子の数さえ最近は落ち込み気味だ。長期的な結果は避けがたい。男性はますます周辺においやられて、女性が富や権力の高みを占拠しつつあるのだ。

 最近の見出しだって、実はフェミニストに有利なものだと論じることは十分にできる。なぜ若い女性がその母親たちとはちがってヒラリー・クリントンの下に結集しなかったかといえば、かれらが単に機会あふれる世界に暮らすのに慣れたからだろう。スーパーチューズデーを見ると、オバマは三十歳以下の女性に人気が高く、クリントンは六十歳以上の女性に人気が高かった。若い女性たちは、どのみち存命中に女性大統領が出現するだろうと確信していたので、スタイネムのような七〇過ぎの女性が感じていたような「なんとしても今」というような焦りは感じなかったのだろう。

 そしてペイリンでさえ、独特な形であれフェミニストの夢の実現だ。彼女は、アメリカでもっとも保守的な片隅である、アラスカ州の共和党においてすらもはやジェンダーが成功の障害にはならないことを実証している。また、硬直したフェニミストのイデオロギーに与しなくても、キャリアウーマンになれることも証明している。マケイン氏がたった十五分会ったことがあるというだけで彼女を選んだのは無謀だったかもしれない。だがフェミニズムというのがその核心のところで、女性が職場で対等に競争できる一方で、家族生活をどう組織するかイブンで決められるべきだという話であれば、ペイリンは先駆者として讃えられるべきであって、イカレポンチとののしられるべきではない。


 意外なようで、何となく納得いくような。もっとも、一方でこうしたストレートなフェミニズムが生き残っていたということにもちょっと驚かされる。斉藤美奈子もかつて書いていたことだが、フェミニズムの一部はいまや現代思想の一分野に堕し、得体の知れない重箱の隅つつきに終始しつつ、派閥争いと世代論争に終始しているからだ。もっとも、それ自体が本稿の言うようなフェミニズムの現実世界における達成の結果なのかもしれない。現実の社会では、もう普通に女性が活躍しており、かれらの歴史的な役割はすでに終わったか、終わりつつあるのだ。

 その他、最近でおもしろい記事というと、八月二十三日号に出ていた、グーグル版セカンドライフ大失敗の記事。え、グーグルはそんなこともやっていたのか! ライブリーというその仮想世界は閑古鳥なうえに数少ない利用者からも罵倒の嵐。グーグルも最初の勢いが全然なくなってきた、との厳しい記事。

 そしてもう一つは、八月九日号に出ていた、日本のサラリーマンのロールモデルに関する記事。そこで取り上げられていたのは、なんとあの課長/部長/専務/社長の島耕作! おいー。しかも冗談ねらいの囲み記事でなく、まじめにビジネス欄で一ページもらってるし。日本式経営を擁護しつつ能力主義をとりいれ、責任感と変化の容認が人気の秘密だとかなんとか。えー、そんな作り話を大まじめに論じていただきましても。とはいえ、ホントならあんな人物は僻地の子会社にでもとばされておしまいで、だからこそこのマンガはしょせんただのおとぎ話である、というのが結論ではあるんだけれど、それがわかってるんならなおさら……


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