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Courier Japon, 49
Courier 2008/10,
表紙はパリ特集で青地に赤いエッフェル塔

そろそろ現実の話をしようか:世界最高のビジネス誌「The Economistを読む」 連載第18 回

ダメなヨーロッパの炭素排出政策

(『クーリエジャポン』2008/10号 #49)

山形浩生



 とっくの昔にお忘れかもしれないが、今年五月に洞爺湖でサミットなるものが 開かれて、温暖化対策がどうのこうの、という話が展開された。そしてそれ以 前、今年の初めくらいはドイツのメルケル首相を筆頭に、ヨーロッパの人々が炭 素排出削減について、実に勇ましいことをいろいろ言っていた。が、最近めっき りその方面の話がきかれない。もちろん、金融危機でそれどころではないだけ、 なんだよね? 削減策はもちろん着実に進んでいるんだよね?そう思ったら、実 は事態は全然ちがっていたのだった。

変わった気候

(The Economist Vol , No. (2008/10/4), "Charlemagne: A changed climate" p.58)

  たった十八ヶ月前のこと、欧州連合(EU)は世界を気候変動から救うと約束し た。この約束を果たすための最終的な計画がそろそろ発表締め切りに近づいてい る。が、状況は悲惨だ。

 二〇〇七年三月EU首脳会議の結論は、EUが気候変動について「主導的な役 割」を果たすと述べていて、いま読むと切なくなる。「ヨーロッパはいま経済的 な上昇基調にあり」そして成長見通しは「上向きだ」と書かれたはるか昔の黄金 時代には、EU指導者たちは勇ましい気分で、二〇/二〇/二〇の約束という拘 束力ある宣言を提示した。二〇二〇年までに、欧州の炭素排出を、一九九〇年比 で少なくとも二割減らし、再生可能エネルギー比率を二〇パーセントに高め、エ ネルギー効率を二〇パーセント高めるというのがその中身だ。

 その勇ましさはいまや跡形もない。そのEU首脳会議議長でもあったドイツの アンジェラ・メルケルは、当時はエコ派の筆頭格だった。それがいまやドイツ産 業界の代弁者と化して、自分のパッケージ負担を免除されるべき業界を並べ立て たりしている。実はあらゆる国が、何かと理由をつけて、現状の約束は守れない と述べているのだ。イギリスは再生可能エネルギーの目標に悲観的だし、アイル ランドは自国の農民を保護しろと言う(アイルランドの放牧牛は、温暖化ガスの メタンをたくさん出すのだ)。

 俎上に上がった「できない」問題を掘り下げると、たいがいはお金の問題に帰 着する。欧州では、激しいやりとりはあってもお金の問題はだいたい解決され る。でも、もっと解決しづらい問題がある。ポーランドのような石炭大量消費国 は、気候変動パッケージで石炭が使えなくなるのを心配している。簡単に代替す るとすれば天然ガスだが、それはロシアから買うことになる。ロシアは当時です ら近隣国を怖がらせていたし、グルジア侵攻のあとはなおさらだ。

 ポーランドは電力の九割以上が石炭火力だ。ワルシャワの巨大なシエキエルキ 発電所は、電力に加えて首都住民の三分の二に冬の暖房も提供する。タービン室 横の石炭貯蔵室には、一八日分に相当する一八万トンの石炭が山積みされてい る。その石炭はほとんどが国内産だ。

 EUの気候変動パッケージの核にあるのは、排出権取引方式(ETS)だ。こ れを使うと、この発電所のように炭素を出す工場などは支払いが必要だ。排出権 の値段があがると、石炭使用をやめろという圧力も高まる。ポーランド閣僚たち は、排出権価格がEUの予測よりずっと高くなるという報告にとびあがった。今 年2月にスイスの銀行UBSが出した報告書によれば、ヨーロッパの石炭火力の 四割は、この排出目標のために天然ガスに切り替えることになる。

 長期的には、ポーランドはクリーン石炭技術(炭素回収貯蔵など)や原子力に 期待をかけている。心配なのは中期の話で、かれらとしては石炭を使い続けた い。ポーランドの欧州担当大臣によれば「石炭はわが国のエネルギー安全保障 だ」。九月二六日、ブルガリア、ハンガリー、ポーランド、ルーマニア、スロバ キアの大臣たちは共同声明を発表し、現在の気候変動計画では「一部の国が輸入 天然ガスに大幅に依存することになってしまう」と懸念を述べた。「現在の形で は」、EU二七カ国が合意に達するのは不可能だ、と。

 皮肉なことに、二〇〇七年EU首脳会議でこのパッケージへの調印を東欧諸国 に納得させたのは、まさにエネルギー安保だったのだ。東欧首脳たちは、再生可 能エネルギーにシフトすることで、燃料の輸入依存から脱却できると言われた。 エネルギー危機(たとえばロシアのガス輸出停止)が起こってもEUの連帯でそ れを乗り切ることになっていた。ロシアを迂回してガスをもってくるナブコパイ プラインなど、具体的なプロジェクトも挙げられていた。

 だがこうした約束はどれも空疎なものばかりだった。EU諸国はロシアからガ スを買い続けてナブコパイプラインは実現しそうにない。グルジア侵攻で、ロシ アと交渉するときのEUの態度もはっきりした。日和るのだ。そしてロシア首脳 部はEU周辺でロシアの輸送路を確保して、天然ガスを(たとえばナイジェリア から)欧州に運ぶパイプラインに投資して、自分の支配力を維持するよう努力し ている。

 今年はじめ、ロシアはカリニングラードに大原子力発電所を作ると発表した。 この電力はかなり輸出にまわせる。周辺国としてはまたもやジレンマに陥る。こ れは完全に炭素排出ゼロの電力だ。でもこれを買うとロシア依存度は高まってし まう。

 もちろん解決策はある。EUは、首脳会議の約束をいくつか守ればいい。ロシ アとの二国間取引を減らし、液化天然ガスインフラに投資して、電力網を相互接 続してエネルギー自由化に向かえばいい。そうしないと東欧勢は、エネルギー安 保を高めてくれないような気候変動パッケージには調印するまい――そしてだれが かれらを責められるだろう。


 おお。ボロボロではありませんか。ちなみに、これを具体化したものが今年一 月に発表され、今年末までに各国が合意することになっていたんだが、まず無理 そうだ。

 もちろんヨーロッパが気候変動について無茶な計画だけぶちあげて、それを あっさり踏みにじるのはいまにはじまったことではない。でも、あまり何度も約 束を反故にすると、信用というものが…… ヨーロッパはすばらしい、環境重視、 地球重視の先進的な政治だと無責任にほめそやしていた人は、こういう実情を見 てほっかむりせず、現実的な政策というものをきちんと考える糧にしてほしいな とは思う。

 その他、ここしばらくのエコノミストは金融危機一辺倒、ついでアメリカの大 統領選ばかりで、いま一つ刺激に欠ける(まあ金融危機は十分に悪い意味で刺激 的だが)。今回採りあげたのも、正式記事というより「シャルルマーニュ」とい うコラムなのだ。が、これ以外でおもしろかったのが、十月一一日号のドバイの 不動産記事。ドバイは各種報道でも有名なように、脱石油依存を目指して、金融 と高級不動産業で立国しようとしており、これまでその不動産ブームは破竹の勢 い。だが、それがどう見ても作りすぎで下落の可能性があると予測され、ドバイ のデベロッパーやその融資銀行の株が暴落しており、今後はいままでのような伸 びは期待できないんじゃないか、という。

 ドバイは好き嫌いが分かれる都市で、金持ちならなんでも手に入る活気ある都 市だが、それ以外の人にとっては見た目だけ派手な成金趣味で、オイルマネー じゃない、バブルじゃないというわりには、それ以外の実需要因が見あたらず、 足下の一般人向けインフラは最悪、空港はそこら中に乗り換え客がごろ寝して難 民キャンプ状態と、嫌う人は大嫌いな都市だ(ぼくはかなり後者です)。この記 事では、すぐにドバイ不動産暴落はなさそうだという。が、わかりませんぞ。こ の記事によれば物件も、ローンの頭金だけ払って転売を繰り返す手法が状態化し ていたという。これがバブルでなくて何ですか。原油価格もいつのまにかどんど ん下がっているし。口の悪い人は、廃墟になったドバイが見たいと口走ったりす るけれど、近い将来、意外とそれが本当に見られてしまうかもしれませんぞ。


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