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Courier Japon, 39
Courier 2008/01,
表紙は緑の椅子に裸男

そろそろ現実の話をしようか:世界最高のビジネス誌「The Economistを読む」 連載第8回

マイクロファイナンスより普通の銀行

(『クーリエジャポン』2008/01号 #39)

山形浩生



 サハラ以南のアフリカは、今や世界に残る最後の貧困フロンティアとも言うべきところだ。ここ20年ほどでアジアがすさまじい発展をとげ、南米もまあまあ、東欧ロシアの旧社会主義圏も、驚くほどのリカバリーを見せている。大規模に援助や慈善をやろうと思ったら、アフリカしかない。このため、アフリカがいかにダメで救いようがないかを力説するのは、多くの人々にとってはファッションに近いものともなっている。インフラもだめ、制度もだめ、教育もだめ、エイズも蔓延、哀れでしょう、だからひたすら施しや援助をし続けるしかないのだ、いや従来の援助ではもうダメで、本誌の前責任編集人がお気に召したようなマイクロファイナンスなどの新しい仕組みが必須だ、というわけだ。

 だが、アフリカはそんなにダメなのか? 確かに悪い話は腐るほどある。スーダンの泥沼内戦、これ以上悪化しようがない状況を常にさらに悪化させてくれるジンバブエのムガベ大統領。でもそうは言いつつも、サハラ以南の多くの国では、実はかなり安定した経済成長が続いている。もちろん中国の爆発的な成長に比べれば見劣りはするけれど、決してバカにしたものでもない。そしてそれを持続させるための一つの条件は、きちんとした古くさい昔ながらの銀行だ。人々がお金を預け、そのお金が国内の各種投資にまわされる仕組み。アフリカの成長に伴って、そうしたニーズに応えるべく各種銀行が活動を開始しつつある。


アフリカの銀行:金融最前線

(11/17-23号、pp.79-80)

 しばらく前まで、国際銀行家の意地悪な内輪ジョークとして、サハラ以南のアフリカは新興市場というより沈降市場だ、というものがあった。アフリカの地元銀行も、この印象を改善してくれるものではなかった。金利の低い預金を集めて高利回りの政府債を買うだけの地元銀行は、世界最高の純益率を誇っていた。が、その一方でほとんどのアフリカ人は一切金融サービスを受けられない状況にあった。

 でも最近ではこの見方は変わりつつある。IMFによれば、アフリカ諸国は独立以来最高の持続的な経済成長を続けている。実質GDP成長は、2006年には5.7パーセントだったのが今年は6.1パーセント、2008年には6.8パーセントに達する見込みだ。これは商品価格や原油価格の上昇のおかげもあるし、援助も貢献している。でも主役は経済運営の改善や、オープンで安定した政治のおかげだ。おかげで、銀行もがんばらないと儲からなくなり、新しい顧客獲得を目指して努力するようになっている。結構なことだ。世界銀行の報告でも、これは成長を促進し、所得格差を縮めるとされる。

 アフリカの全世帯のうち、銀行口座保有はたった二割。中小企業はなかなか融資を得られない。金融セクターがかなり発展した南アフリカでさえ、口座を持つ世帯は半数以下だ。多くのアフリカ人はたんす預金に頼ったり、手持ち資金をウシに変えておく。葬儀組合や貯蓄クラブに頼る国も多い。マイクロファイナンスも多少や役にたつが、規模があまりに小さく、大規模な金融サービスとなると一般銀行のほうがずっといい。

 多くの国では、金融政策の安定、国営企業の民営化、規制改善などで銀行の事業環境も事業機会も改善している。ナイジェリアでは、銀行の最低資本金が20億ナイラから250億に引き上げられ、政府の銀行株保有も1割以下に制限された。おかげで銀行の数は減ったが、総支店数は大幅に増えた。ATMもごく普通の光景となり、また多くの預金者には「面倒なし」融資が簡便な手続きで提供されるようになっている。

 そしてこうした環境改善に伴い、外資系銀行も目を向けつつある。中国商工銀行は、アフリカ18ヵ国に展開する南アのスタンダード銀行の株式20パーセントに対し、空前の56億ドルを支払うと申し出た。一世紀前からアフリカで活動しているイギリスのバークレイズ銀行も、南アのABSA銀行を買収し、これまではアフリカでも一部の上位国に限られていた営業を、中位国、低位国にまで拡大しようとしている。

 南アはアフリカ全体にとっての実験室でもある。政府が単純で安上がりな商品の開発をうながし続けたこともあり、支店のない地域にもプレハブ式や車載型の巡回式支店を展開してサービス提供を行っている。また他国では、現金輸送の困難な地域でも商店に残高証明発行機を置き、黒字だと証明して商店から現金を受け取る仕組みができている。また太陽電池と衛星電話を使ったATMも置かれるようになった。

 新技術の活用も盛んだ。銀行口座はなくても、携帯電話なら多くの人が持っている。南アやコンゴ、ケニヤでは、携帯電話を通じた金融サービスが提供され、口座開設、残高照会、料金支払いや振り替えが携帯でできるようになっている。スタンダード銀行は、急速なATM設置と営業部隊のおかげでウガンダで大成功を収め、人口三千万の国で、五年間に七十万口座を新規に開設した。またABSAは、これまで融資を受けたことがない人のために、現代的な信用採点技法を開発しつつある。コストを下げて規模を拡大することで、マイクロ融資も他のサービス並の収益をあげられるとにらんでいるのだ。

 一方で伝統的な仕組みとの融合もある。バークレイズ銀行は、ガーナでは「スス」回収業者と協力している。これは小規模な市場業者たちの売上金を預かって安全に保管することで手数料を取る業者だ。スス業者向けの口座、融資、訓練を提供することで、こうした小業者に間接的に金融サービスを提供することになる。二十万業者がすでに恩恵をこうむっているが、過去二年でデフォルトは一件もない。

 もちろんいいことばかりではない。アフリカ諸国は成長しているとはいえ、規模の小さい国が多い。貧困の比率は低下しているものの、まだ四割は絶対貧困水準以下だ。契約の履行も困難だし、コンゴやマラウイなどでは、負債回収手続き自体が、その負債と同じくらいの費用を要する。

 またアフリカは、天候や開発援助の気まぐれ、商品価格変動などに大きく左右されやすいし、政治的にも不安定だ。このため、まだまだ地元銀行は信用がないし、長期の民間融資はないに等しい。多くの国は、金融制度の安定と預金者保護のための法制度を整備し、施行する必要がある。これらが整うまで、多くの国民のたんす預金は、まだまだ日の目を見る日を待ち続けることになるだろう。


  なかなかいい話のないアフリカの記事としては、珍しく希望の持てる話だ。貧困はあるけれど、成長するところは(ホワイトバンドなどとは関係なく)成長している。年率6パーセント成長なら立派なものだ。貧困を(たとえばマイクロファイナンスで)底上げするのも大事だけれど、成長しているところを伝統的な銀行で支えるのも(いやそのほうが)重要なのだ。

 金融がしっかりしていれば、電気料金の支払いに一日中窓口に行列する必要もない。各種決済や送金も楽で安全になり、犯罪も減る。生活利便性の面だけじゃない。日本やシンガポールが発展した背景には、銀行や郵便貯金や強制預金制度を通じて、人々の貯蓄が各種の融資や投資にまわったおかげもある。たんす預金はだれの役にもたたずに寝ているだけだが、それが別のことに使えるようになれば経済全体の効率は一層上がるのだ。

 アフリカだからと特別なことは何もない。もちろん、地元の状況に対応するための努力や工夫は必要。でも、普通の銀行による日々の業務の工夫が、まさにみんながハッピーになれる仕組みを形作る! すばらしい。ちなみに、ほぼあらゆる仕事はみんながハッピーになるようにできているんだが、この話はまたいずれ。とはいえ、かつてのルワンダやジンバブエのように、順風満帆に見えた社会が一瞬にしてこの世の地獄に転落するのがアフリカの怖いところでもあるんだが……これはまあ、祈るしかないか。


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