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アフリカを貧困から救うすばらしき7箇条。

(The Economist Vol 379, No. 8475 (2006/4/29), "The magnificent seven," pp. 49-50)
給食

山形浩生訳 (hiyori13@alum.mit.edu)

ちょっとした改革でアフリカの村落は貧困から脱出できる。

 アフリカは山ほど問題を抱えているので、国際機関からはしばしば重病患者のような扱いを受け、そのベッドサイドからは定期的に重要な生命反応に関する速報が発表されることになる。そして万が一集中治療室を出られたとしても、かなり厳しいリハビリプログラムにしたがわなくてはならない:それが国連のミレニアム開発目標 (MDG) だ。これは 2000 年に合意されたもので、2015 年までに一日一ドル以下で暮らす人々の数を半減させるといった目標を掲げている。他の大陸も同じ目標は掲げているが、貧困や不健康、低開発の最悪の例はアフリカで見つかるのが常なので、世界の関心もほとんどはアフリカに向けられている。

  アフリカの進歩に関する最新の速報は、いつもながら良い知らせと悪い知らせのごった煮だ。MDG に関する世界銀行と IMF の共同報告書によれば、希望がいくつか見えている。例えばブルキナファソとモザンビークでは子供の死亡が低下し、ウガンダやジンバブエなど HIV/AIDS 罹患の多かった国々で、感染率の低下も報告されている。だが一方で同報告によれば、アフリカ諸国はまだまだ貧困削減の目標達成に十分な努力をしていないという。

  ユニセフの報告はもっと陰鬱だ。中国は 1990 年から 2002 年の間に体重不足の児童比率を半減させるのに成功したのに、アフリカではいまだに 5 歳以下の児童のうち 1/4 以上が体重不足となっており、「発展にとって危機的な状況である」。さらに、アフリカ東部と南部では、体重不足の児童数はかえって増えている。

  こういう統計を見ると、大物マクロ経済学者ジェフリー・サックスは俄然頭に血を上らせる。かれは国連のミレニアムプロジェクトの長をつとめており、MDG の実現に向けて活動しているのだ。かれの信念によれば、アフリカ諸国の時に惨めなほどの成績や、特にかれらの政府のできの悪さは、貧困から脱出したいと願う通常のアフリカ人たちの願望と能力をきちんと反映していない。政府は腐敗していることも多く、どのみち大したことなどできない。貧困を終わらせる可能性を本当に実現したければ、底辺でもっとお金を使う必要がある。つまりアフリカの前進は、アフリカの貧困者の 8 割以上が実際に暮らしている、干上がって害虫だらけの村落の水準で、裸足で鍬を手に始めなくてはならない。

  これを実現するために、サックス氏はアフリカ 10 カ国で 12 カ所の「研究村」を設立し、将来他の村でも真似できるような開発モデルの先駆にしようとしている。最初は 12 村落だったが、それぞれの周辺にクラスターの形で 66 村落が実験に追加されている。2009 年までにはこうした村が 1,000 カ所、その後は指数関数的な増大が期待されている。それぞれの村落は、5 年にわたり一人あたり 250 ドルに相当する実際的な支援をミレニアムプロジェクトから受けることになる。

  そのうち 3 つの村落の経験を見てみよう。マリのティンブクトゥ近くのアラフィア、エチオピアのティクラヤン高知にあるコラロ、西ケニアの草原低地にあるサウリ。ミレニアムプロジェクトは、全部で 7 つの簡単な改革が、生活を大幅に改善させて収入も増やせることを占めそうとしている。その改革とは、食料の収量を高める肥料と種子、マラリアよけの蚊帳、水源の改善、主食から換金作物への多様化、学校給食プログラム、全員の寄生虫駆除、省エネストーブや携帯電話などの新技術導入である。

  最も進歩が見られるのは、初のミレニアム村落であるサウリだ。ここではコミュニティの長老たち(そしてさほど老人でない人々も)がほとんどすべてのイノベーションについて責任を持ち、有能さと才覚の高さを発揮している。ミレニアムプロジェクトのナイロビ事務所グレン・デニングによると、無料の蚊帳を配布してからマラリア発生率は少なくとも 5 割は下がった。食料の収量は倍増以上となり、村人によればいまでは全員が多少なりとも食料を口にできるという。農民が収穫の一部を村の学校に寄付する給食プログラムは、劇的な効果を持っている。子どもたちは学校に前より長くいるようになり、トウモロコシと豆の丼を腹に入れたので集中できるようになった。学校給食が始まってから、サウリは地域の 253 校の中の成績が 108 位から 2 位にまで上昇した。

  5 年間にわたるてこ入れの 2 年目が終わりかけた時点で、サウリには経済活動の徴候さえ見られる。新しい店も何軒か登場した。携帯電話を買った人も数名いるし、一人二人は乳牛に投資さえして、また換金作物に手を広げた人もたくさんいる。最もめざましい点として、この 5,000 人の村に新しく 200 世帯が登場し、その一部は町や都市から帰ってきた人々だ。

  だがこのミレニアム村落プロジェクトは、アフリカ全体に本当の影響をもたらせるのだろうか? サックス氏も、この7つの改革は、少なくとも短期的には「外部からのリソース」がないと再現できないことは認めている。つまりこのモデルはどうしても海外からの援助に頼ったものとなる。これは西側主導の開発プロジェクトの多くについて、アフリカ人たちが一番文句を言う点だ。また一部の人は、こうした村はその便益を外部に裨益させるのではなく、近隣地区からリソースを奪ってしまうと主張する。

  でも、まだプロジェクトの初期ではあるし、サックス氏がケチなアメリカの企業家からお金を集めた手腕は見事なものだ。貧困者を助けたいなら、これほどよい投資はなかなかない。サウリの子供たちの半数は何らかの回虫や寄生虫を持っている。鉤虫など、一部の寄生虫は障害をもたらす。計算によれば、サウリの子供一人を一年にわたり寄生虫駆除しておくための費用は、ニューヨークでコーヒー一杯の値段と同じだ。


解説

 ええ話や……ただこの手の援助というのは、この 5 年間のてこ入れが終わった後にそれが続くか、というのがポイントなのだ。パイロットプロジェクトは、実施機関がとにかく成功させようと思ってあれこれ陰ひなたに支援するし、村の人も親切だから、まあ変なガイジンのお客さんどもがきて何やら熱くなってるから、おつきあいで相手をしてあげましょうかね、という気になるので、プロジェクト期間中はおおむね成功するしみんな喜ぶ。ところが、終わって援助屋さんが「あとは自分でがんばってねー」と帰った瞬間に、続かなくなったりする。たぶんこのサウリで考えられるシナリオだと、肥料買う金がない→収量低下→経済活動低下→学校給食も続かない→蚊帳が破れても修理や買い換えも不能→元の黙阿弥、というようなことになりかねない。収量が増えて収入が増えたら、その分をちゃんと貯金して、翌年以降の肥料その他を買うためにとっておけるか、というのがポイントになるだろう。

 そして、成功だ成功だと騒ぐけれど、ここの人はもともと一人一日一ドルかそこらの暮らしをしているのだというのをお忘れなく。そこに一人あたり年に 250 ドル相当の物資をあげるんだもん。年収がいきなり倍近くになったに等しいんだから、そりゃ豊かになるわな。何を騒いでるの? という感じでもある。それと、5,000 人の村というのはかなりでかくて、もともと経済活動はそれなりに盛んだったんじゃないかという気もする。

 ちなみに、もしこれが失敗したら、またしたり顔したバカな NGO やら反グローバリズム論者が出てきて「援助漬けにより村は環境に有害な化学肥料や薬品を使わなくてはたちゆかない状況になってしまった、おかげで肥料を買わざるを得なくなり、多国籍企業の貪欲な収益構造に組み込まれてしまった、援助と称するグローバリズムの陰謀によって、伝統的な村の経済が破壊されてしまった、開発援助と環境破壊とグローバリズムの悪しき連携の犠牲者がここにも!」とか騒ぎ立てることになるでしょう。まったく援助というのも因果な商売だ。

 あと途中に出てくる「近隣地区からリソースを奪ってしまう」というのは、たとえば政府としても援助が欲しくてこの村に成功してほしいので、この村にあれこれ世話を焼くようになり(たとえば学校の人員を割くとかインフラ整備を優先するとか)、その分周辺の地区が手薄になる、という公的なリソースの話と、本当だったら隣の地区に店を出そうとしていた商店主が、一人あたり年に 250 ドルも援助が入ってるならということでこっちの村に店を出すことにして、隣村はさびれたまま、といった民間リソースの話とがある。これもどうなっているのかみたいところ。

 それと、これは従来型の援助といえるのか、それともイースタリーなんかの言うインセンティブを活かした新しい援助形態なのか? これが成功すれば、イースタリーは「インセンティブをうまく使った」というだろうし、失敗すれば「ひもつきの押しつけ援助だったから駄目だ」というだろう。

 てなわけで、援助は難しいのです。ちなみに内田樹みたいな邪推屋さんは「山形は、援助が失敗すればいい、人々が貧困の中で死ねばいいという欲望を密かに抱いているのだ、そうすれば自分が正しいと言えるから」とかいうことを言うかもしれないけれど、でも実際にこれまで各種のミクロな村落てこ入れプロジェクトは死屍累々の失敗続きなので、懐疑的にならざるを得ないのだ。ホント、成功してくれればいいと思うんだけどね。そうでないと、またわれわれがお手伝いにいかなきゃいけないじゃないか。アフリカはそんなに行って楽しいところじゃないし、こういうのが成功して豊かになってくれればこちらも行かずにすむし、行ってももっと楽しいところになるだろうし、いいことずくしなんだ。シンガポールみたいに、住民に強制的に貯金をさせる制度とか作ればいいのかもしれないなあ。でもそこまで干渉すべきかどうか。


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