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ケインズ『雇用と利子とお金の一般理論』要約、22 章
山形浩生 (全訳はこちら)
第VI巻 :一般理論が示唆するちょっとしたメモ
訳者の説明
この第 VI 巻は、クルーグマンのいう「素敵なデザート」。他の学者の説をあれこれ拾っては揶揄したり、ケインズがイギリス人的な嫌み精神を発揮したりしている部分。
- 第 22 章:ビジネスサイクル(景気循環)というのは、投資の変動が主な原因。特にみんなの収益期待の変化が大きい。ジェヴォンスは、太陽黒点が農業に影響を与えるせいだと言うけれど、いまの経済は農業の比率は小さいから、今はたぶんちがう。
- 第 23 章:重商主義は古典派には批判されるが、結果的にはかなりよい政策主張もしていた。高利貸し禁止令や、ゲゼルの時限スタンプつきのお金、マンデヴィルの『蜂の寓話』等々、古典派みたいに理論ばかり気にせず現実を見たことで、部分的に正しい結論を出している人は多い。
- 第 24 章:金持ち重視すれば貯蓄が増えて投資が進むからよい、という理屈はおかしい。金利が低いほうが投資意欲が進し、変な不労所得もないからいい。この『一般理論』は政府の役割を重視するけど社会主義とはちがう。この理論で各国が国内の完全雇用を実現したら、外国の市場をめぐって争うこともないから平和になるよ。そしてこういうアイデアをちゃんと広めれば、いつかそれは現実世界に大きな力を持つはず。
22章 ビジネスサイクル(景気循環)についてのメモ
Abstract
- ビジネスサイクル(景気循環)は、投資の変動によって生じる。特に、期待収益の変化からくる資本の限界効率の変化が大きい。
- 好況期には、期待収益が高いのでみんな投資するけれど、でもバブルが崩れると期待収益が一気に下がる。そして余った資本が摩耗してつぶれるまで5年くらいかかり、その後やっと投資が回復するわけだ。
- その他、過剰在庫の影響や、消費性向の低下も起きる。金利引き下げですぐに景気が回復しないのもそのせいだ。
- でも、だからといって金利引き上げでバブルを早めにつぶすというのはダメな政策だ。金利を引き上げると、いい投資もなくなる。それに無駄な投資でも有効需要引き揚げには役にたつ。安定して停滞するより、ちょっとバブル気味がずっと続くほうがいい。
- だからバブル対策や景気対策には、公共投資で有効需要を高めるのと、所得再分配政策とかで消費性向を変えるようにしよう。
- ジェヴォンスは、景気変動は農業の豊作・不作によると言った。これは当時は慧眼だったけど、いまは農業が経済に占める割合が小さいのと、グローバル化で豊作・不作がならされるので、あまり重要でなくなっている。
本文
- 1. これでどの時点でも雇用量を求められるようになったんだから、ビジネスサイクル(景気循環)だって説明できるはずだ。
- 2. 実際にビジネスサイクルを見ると、ずいぶん複雑だ。消費性向の変動、流動性選好の変動、資本の限界効率の変動がどれもきいてくる。でも、いちばん重要で、これにサイクル(周期)と言われるような性質を与えているのは資本の限界効率の変動だ。
Section I
- 3. サイクル的(周期的)というのは、単に上がったり下がったりする、ということじゃない。上昇期にはまず上昇圧力が強くなるけれど、やがてそれが弱まり、むしろ下降圧力のほうが強くなり、というのの繰り返しを指す。あと、その周期がそれなりに一定期間ということだ。
- 4. さらにビジネスサイクルは、「危機」という現象も説明できる必要がある。つまり、上昇傾向がいきなり下降傾向に転じることがある(そして下降傾向がいきなり上昇に転じることはない)ということだ。
- 5. もちろん投資が変動して、消費性向が変わらなければ、雇用だって投資にあわせて変動する。投資はいろんな理由で変化するので、投資や資本の限界効率の変動がすべて周期的だったりはしない(農業は特別だから後述)。でも、一九世紀のビジネスサイクルは本当に周期的となる理由がある。その理由自体は目新しくはなくて、ここではそれを「一般理論」の枠組みにあてはめようというだけだ。
Section II
- 6. 急上昇期の最後と「危機」到来から話をする。
- 7. 資本の限界効率は、既存の資本財の量やその生産コストだけでなく、その資本からの将来収益の期待にも左右される。だから耐久消費財では、将来の期待が投資水準にいちばん効いてくる。でも期待はいい加減なものだから、急変することがある。
- 8. これまでの説明は、取引や投機用のお金の需要が高まって、利子が上がるから危機が起きる、というものだったけれど、むしろ資本の限界効率が急落するほうが大きいと思う。
- 9. 急上昇期の後半は、資本財の将来収益について楽観的な見通しがある。だから資本財が増えすぎ、コストも上がり、ついでに金利が上昇しても、この期待がそれを打ち消す。でも、投資市場にいるのは、対象をろくに知らずに投資したり、自分で資本財の将来収益を考えたりしない日和見投機家連中が大半だから、いったん期待に水が差されると、その見通しが急落する。そして資本の限界効率急落は、流動性選好を高めることになる(みんな現金をほしがる)ので金利が上がる。
- 10. だから暴落後の停滞はなかなか回復しない。金利引き下げは効くけれど、でもそれより資本の限界効率の低下が大きすぎるからだ。利子が上がるのが原因なら、金利引き下げですぐに回復するはずでしょ? 純粋に金融的な対策を主張する人たちは、これを見くびっている。
- 11. そして問題が資本の限界効率なので、ビジネスサイクルが3-5年になる。耐久消費財の寿命と、その時点での成長率との関係のせいだ。
- 12. 急上昇期には新規投資はそれなりの期待収益をもたらす。でもいったん暴落が起きると、その時点で作られていた耐久消費財はみんな限界効率がゼロ以下になる。でも耐久消費財だから、それが摩耗して稀少になり、限界効率が上がるには時間がかかる。低成長期には、その時間はもっと長くなる。
- 13. また暴落すると、作りかけの在庫がたくさん生じる。この保管コストが年間10パーセントくらいになるから、それに見合うだけの値下げがいる。これはマイナスの新規投資に相当するので、さらに失業が増える。
- 14. さらに売り上げが落ちると日銭が減って運転資金も減り、これもさらに投資低下に拍車をかける。
- 15. そしてさらに、資本の限界効率が急落すると、消費性向も悪化する。特にみんなが株に手を出しているようなところでは、株式市場が冷えるとみんな貧乏気分になって消費しなくなる。
- 16. これだけのマイナス要因が重なるので、金利を思いっきり引き下げてもなかなか景気は回復しないのです。だから自由放任政策では、雇用が大幅に上下動するのは避けられない。だから投資水準を民間だけに任せてはダメよ。
Section III
- 17. これは別に目新しい見方じゃない。過剰な投資が過熱と暴落サイクルの原因、と主張した人はいる。この手の主張をした人たちは、過熱を防ぐために高金利が使える、と言っている。その通り。低金利が景気を刺激するより、高金利が景気を冷やすほうが有効だ。
- 18. でも、過剰投資って何? そこがあいまいだと意味がない。失業があるので有効利用されない資本への投資ってことなの、それとも完全雇用のもとでも余るほどの資本への投資なの? 本当の意味での過剰投資は後者だけだ。
- 19. ところが実際の周期は、むしろ前者だ。
- 20. 要するに、完全雇用下で2パーセントの期待収益のある資本が、バブルで6パーセントの値づけをされる。バブル崩壊で、期待収益はゼロ以下に下がる。でも実際には、それは2%の収益期待のある資本だ。
- 21. だからバブル対策には、金利を上げるより引き下げたほうがいいかもしれない。引き上げると、安定はしてるけど永遠の不景気が続くことになる。引き下げると、永続的なミニバブルで暮らせる。
- 22. 要するに、バブルとその破裂の原因は、完全雇用を実現できないほど高い金利と、その金利を打ち消すほどのイカレた期待収益だ。
- 23. 実際、戦時中以外では、バブルがどんなにふくれても完全雇用は実現されていない。アメリカの1928-9年でも、特に労働力不足は生じていない。また、あらゆるものが十分にあって、あとは交換コスト分だけしかリターンが期待できないというような過剰投資も起きていない。だからここで金利引き上げをしたら、バブルは治るけど有益な投資も減って、患者は死んだ、ということになったろう。
- 24. うまくやれば、アメリカやイギリスみたいな大経済で完全雇用が長期的に続くことは可能なはず。
- 25. さらに完全雇用が実現されるとしても、金利引き上げでバブル対策を唱えるのは変。むしろ消費性向を変えるようないろんな施策を試すべき。たとえば所得再分配とか。
Section IV
- 26. さて、失業は過小な消費から起きる――いろんな社会制度や富の分配のせいで消費が抑えられているせいだ、という一派がいる。
- 27. 現在の条件下では――つまり投資量が無計画で、無知な民間投資家やがめつい投機家の判断に任されている状況では――かれらはまったく正しい。他に消費を増やす手だてはないもんね。
- 28. ただ、かれらに反対はしないけど、消費を変えるより投資を増やすほうが社会的にメリットが大きいんじゃないか、とは思う。投資を無視しちゃいけないよ。
- 29. てゆーか、両方やったらどう? 公共投資をしつつ、消費性向を変える施策をする、とか。同時にできない法はない。
- 30. (上の話を数字を使ったたとえ話で説明)
Section V
- 31. ビジネスサイクル解消に、求職者を減らそうと主張する一派もいる。
- 32. でもこれは現状では無理だ。どっかの時点では、働いて所得を増やすより余暇がいい、とみんな思うだろうけど、多くの人は余暇を減らして所得を増やす方を選ぶみたいだし、これは実現不可能だと思う。
Section VI
- 33. バブルの初期に金利を上げてそれをつぶせ、と主張する連中がいる。これはばかげている。完全雇用なんてあくまで理想状態だからあり得ない、というロバートソン説を支持するなら話は別だけど。
- 34. 投資を増やす政策も、消費性向を変える政策もとらないなら、バブルをつぼみのうちに刈り取る金融政策もありかもしれない。でも、バブルで増えた投資だってないよりましかもしれないぞ。それに、安定のために発展の機会を見過ごすのは、あまりに敗北主義ではないの。
- 35. だいたいこういうバブルを早めにつぶせという説を唱える人は、よくわからずに言ってることが多い。投資が増えるとそれが貯蓄を上回るからまずいとか(そんなことは定義上ありえない)、インフレを起こすからダメだとか(産出と雇用を増やすとバブルだろうとなかろうと必ずインフレにはなるのだ)。
- 36. あるいはお金の量を増やすことで人工的に金利を引き下げ、それによって無理に投資を増やすというのは何やら邪悪だ、という説とか。でも昔の金利水準がそんないいわけでもないし、増えたお金だって無理強いされるわけじゃないんだよ。貸すより現金を手元に持ちたい人は現金を手にして喜ぶというだけだ。あるいは景気過熱だと過剰消費によって純投資がマイナスになるとかいう人もいる。でもそんなことは実際に起きてないし、だいたい投資が少ないんなら、金利を下げて投資を増やすのが当然でしょ。こいつらの言い分はまるで理屈になってないのだ。
Section VII
- 37. 昔のビジネスサイクル理論、特にジェヴォンスの理論だと、ビジネスサイクルは季節による農業生産の変動のせいにされていた。これは実に納得がいく。いまでも農業の豊作・不作によるストック変動は投資水準にものすごく効いてくるからだ。ジェヴォンスの時代なら、その度合いはもっと高かったろう。
- 38. ジェヴォンスの理論を言い直そう。豊作だと、備蓄が増えて作物が翌年に持ち越される。この分は農家の所得増になるけれど、それは社会の消費には影響せず、貯蓄からまかなわれるので、いまの投資の増加になる。不作の時は、備蓄が取り崩される。これはいまの投資の減少となる。他の投資が同じで、農業の経済に占める割合が大きければ、これは景気全体に大きく影響する。だから豊作だと景気がよくなり、不作だと悪化する。ジェヴォンスはその後で、豊作と不作を決めるのは太陽黒点で云々とかいうけど、それはここでの話とは関係ない。
- 39. あと最近、不作だとみんな低賃金でも働くから景気がよくなる、という変な説が出てきたけど、こんなの相手にしないよ。
- 40. でも、この説明はいまは時代遅れだ。農業が経済の中で占める割合が減ったこと、そしてグローバル化によって一カ所の豊作・不作がならされる傾向があることがその理由だ。ただ、昔は景気変動の原因は農業(そして戦争)しかないと言ってよかった。
- 41. いまでも投資水準には、原材料生産(農業と鉱工業)がかなり効いてくる。あと、不景気からの回復が遅いのは、過剰在庫がはけるのに時間がかかる、というのもある。在庫はマイナスの投資みたいなものだから、がんばって公共投資をしても、在庫がはけるまでなかなか回復が起きないこともある。
- 42. アメリカのニューディール政策はまさにこの好例だ。ルーズベルトが借金して公共事業をしたとき、農業在庫はかなり高かった。これがはけるのに2年かかったので、ニューディール政策の投資も相殺されちゃったのだ。在庫がはけてやっと回復が起きた。
- 43. 最近の(1930年代の)アメリカの経験は、完成品や仕掛品の在庫変動がビジネスサイクルの中の小変動に大きく影響することを示している。アメリカの統計はすばらしいので、在庫と細かい景気変動の関係がとってもよくわかるぞ。
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YAMAGATA Hiroo (hiyori13@alum.mit.edu)
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