CYZO 2008/02号。表紙は 山形道場 第 106 段

今月の考察:お布施方式の音楽ダウンロード

(『CYZO』2008 年 02 月)

山形浩生

要約: トレント・レズナーが、音楽ダウンロード聞いてのお払い方式の実験をやっていて、あまりみんながお金を払ってくれなかったと文句を言っているけれど、実際の成績を見るとぼくにはかなり高い成功率に思える。今後こうしたデータがそろってくれば、ダウンロード商売についてももっと理性的な話ができるようになるはず。



 音楽ダウンロードが盛んになって、各種権利団体が、商売あがったりだ、誰も金を払わなくなる、裁判だ訴訟だ違法化だと騒ぎたてる図はよく見かける。無料でだれでもとっていけるようになったら、金を払う人なんかいるわけない、というわけだ。

 でも無料で取るに任せて支払いは人の善意に頼る方法でもお金は集まるし、商売になる。昔ながらの「お代は見てのお払い」方式でもいいし、また近年ではレヴィット&ダブナー『ヤバい経済学』に出てきたベーグル屋の話を見てもわかる。が、それが音楽ダウンロードなどにもあてはまるのか? ネットで宣伝・販売してそこそこの収益をあげたアーティストの話は多少は伝わってくるけれど、あまり具体的なデータがないのであまりはっきりしたことがわからない。

 が、最近になっておもしろい試みがあった。レーベルを離脱して自前の活動を始めたナイン・インチ・ネールズのトレント・レズナーが、ソール・ウィリアムズというあまり有名でないアーティストのアルバムをプロデュースして、それをフリーで持って行けるようにしたうえ、気に入ったらお金(それもたった5ドル)払ってね、という方式を採ったのだ。

 そして一ヶ月ほどして、その結果についてトレント・レズナーは自分のブログでコメントしている。

 この人物の前のアルバムは三万枚売れたとか。それに対して今回、五ドルのお金を払った人は二万人かそこら。さらに、ダウンロードした人のうち、お金を払った人は18パーセントだったとのこと。

 で、トレント・レズナーはそれについて、「もっとみんな払うと思ってたのに」「みんなを信じてかなり投資したのにブチブチ」とグチを書いている。もちろんかれは、もっとたくさんの人がお金を払ってくれると思っていたわけだ。でも、それについてのコメントを見ると、「おそれおおくもトレント様のプロジェクトに五ドルばかりの金を惜しむとは許せん」というマニアもいる一方で、「でもダウンロードして聞いたけど、あんまり気に入らなかったんだもん、トレントには悪いけど。気に入ったらお金を払うというモデルなんだから、仕方ないのでは?」という冷静な意見もある。

 さてこの数字を見てどう思う? ぼくは、かなりいい数字に思える。聞いたこともないようなアーティストの音楽を10万人もダウンロードして、その2割近くの人がお金払ったの? すごい。ダウンロードと言ったって、ブログコメントで言われていた通り、基本は単に試聴したいと思っていただけだ。本で言えば立ち読みといっしょ。最近ぼくの訳した本の売れ行きがかなり好調で、丸善でベストセラー入りしていたけれど、どのくらい売れるかと思って見ていたのに、立ち読みした人でそれをレジに持って行った人は十人に一人もいなかったぞ。それに、ダウンロードのお布施で二万人が5ドル払ったんなら、それだけで十万ドル。一千万円強ってところか。マージンを取る中抜き業者もいなくてそれだけ入ってくるなら……立派なものじゃないかなあ。まあトレント・レズナーがこのプロデュースにいくらかけたのかは知らない。凝り性のかれのことだから、かなりかけたんだろう。それに何十万枚も売れるアルバムを作ってきた身としては不満なんだろうとは思うけれど。

 とはいえ、こういうデータがだんだん集まってくると、何が商売になるのかも見えてくるだろう。今回のデータはトレント・レズナーのご威光もあるし、初回のご祝儀的な部分もあるし、ジャンル的な求心力もある。もっとメジャーになると、たぶん支払い率は下がるはずだし、その他やるうちに関わってくる条件も見えてくるだろう。それがわかってくると、もう少し権利団体も落ち着いた対応ができるようになるんじゃないか、と期待したいところなんだが、どんなものだろうね。

近況:新年早々、遊びのつもりにモンゴルにでかけて、氷点下三十度の中で脳が凍りそうでした。おまけに禁酒令なんか出てるし……


前号へ 次号へ  『サイゾー』インデックス YAMAGATA Hirooトップに戻る


YAMAGATA Hiroo <hiyori13@alum.mit.edu>
Valid XHTML 1.1!クリエイティブ・コモンズ・ライセンス
このworkは、クリエイティブ・コモンズ・ライセンス
の下でライセンスされています。