山形道場 第 97 段

今月の喝! 都市発展、クリエイティブ階級、ゲイ

(『CYZO』2007 年 06 月)

山形浩生

要約: クリエイティブ階級という芸術家だの大学だのを呼べば都市がハッテンするという話があって、うさんくさい話で、駅弁大学を作ってもハッテンしなかった日本の地方都市はなんというかな。ちなみに、それと関連してゲイを呼べば都市がはってんするという話もある。



 ガーナから帰ってみると、リチャード・フロリダ『クリエイティブ・クラスの世紀』邦訳が出ているではないか。驚いた。

 この著者の説、都市計画屋や都市再生屋などの間では、原書刊行当時からかなり話題にはなっていた。主張は単純明快。この人は、いろんな都市の経済発展を調べた結果として、都市にクリエイティブ階級の人が集まるようになると、その町は成長するのだ、という説を打ち出した。クリエイティブ階級って何? アーティストとか作家とか大学教授とかプログラマとか各種知的労働者とか、創造性のある人たちなんだそうな。もちろん、因果関係が逆だろうという批判はある。そのクリエイティブ階級とやらがきたから都市が豊かになったんじゃなくて、豊かなところへごくつぶしのクリエイティブ階級どもがたかりにきたんじゃないの? でもかれは、一応統計的にちゃんと確認して、クリエイティブ階級の到着が先行指標なんだと述べている。クリエイティブ階級の誘致こそが今後の都市発展の鍵だ、というわけ。

 これはプランナーや市町村の開発担当者にはちょっとありがたい。地域発展というと工業団地を造って製造業の工場を誘致するのが定石だけれど、特に日本では一時かなり限界感があった(いまは少しちがうが)。いまや時代は第三の波の知的生産の時代! 古くさい工業モデルから脱却を、なんてことを言いたい人にはうってつけの説で、だからあちこちで言及はされてはいた。そのために、大学とか文化施設を作るのも重要だけれど、そればかりでなく、異質なものや多様性に寛容な気風を醸成することが大事です、というのが主張となる。

 が、正直いってうさんくさい説ではあるのだ。日本ではかつて、駅弁大学と言われた大学設立ブームがあった。もちろんその発想はまったくちがっていた。ガキどもが大学進学で都会に流れるのを防ぎたい、そのために地元に大学を作ろう、というのが発端だ。でも、それである程度はそのクリエイティブ階級さんたちが地元にきたはずだが――それで日本の地方部が特に栄えた様子はない。そして特にこの本を見ると、クリエイティブ階級の定義を野放図に広げて話をでかくすることで批判をかわそうとする部分が多々あって、結構鼻白む。

 それと、この人が直接述べているわけではないんだけれど、このクリエイティブ階級とやらの影響で欧米の都市開発ではちょっとおもしろい動きが出ている。あなたがプランナーだとしよう。クリエイティブ階級の連中を呼びたければ、どこに焦点をしぼればいいと思う? 知的で、文化的センスがあって、クリエイティブで、しかも大量にお金も落としてくれて――それはゲイだ。クリエイティブ階級を集めるには、ゲイたちを呼べばいい! 都市発展のカギはゲイ誘致にあり!

 これはかなり前から公然と言われていて、もはやギャグのネタにすらなっている。アメリカのコメディドラマ『ウィル&グレイス』(確かシーズン5)で、ゲイのウィルと友人ジャックが、雑誌で見かけた「いま一番ホットな穴場的ハッテン場!」というのにつられて田舎の町に引っ越そうとするんだが、着いてみるとそこはまったく何もない、どんくさい田舎。でもニューヨークに戻ろうとする二人を町民たちは拉致って懇願するのだ。「やっとおらが町にもゲイがきた! これでここも発展だ! 頼む、なんならうちの息子のケツを貸すから、いかないでくれ!」そう言われて二人は、いやおれたちはそういう先進的なゲイじゃなくて、後追い付和雷同ゲイだから堪忍して、といって逃げ出してくるのだ。

 そしてたぶん、このドラマは一つの本質をついている。この人の説だとクリエイティブってのが肩書きの一種になるんだけれど、そうではないはずなのだ。それは人ではなく活動の話なんだが――(以下次号、かも)

近況:ガーナは電力危機まっさいちゅう。48時間中12時間ずつもちまわりで計画停電をしております。


前号へ 次号へ  『サイゾー』インデックス YAMAGATA Hirooトップに戻る


YAMAGATA Hiroo <hiyori13@alum.mit.edu>
Valid XHTML 1.1!クリエイティブ・コモンズ・ライセンス
このworkは、クリエイティブ・コモンズ・ライセンス
の下でライセンスされています。