山形道場 復活第 ?? 段要約: グーグルに対抗して国が旗をふって検索エンジンを作るとかいう話が出ているが、グーグルのえらいところはもはや見捨てられていた検索分野に新アルゴリズムで活路を開いたところにある。人が成功したのを見て柳の下のドジョウねらいはみっともないし、成功の見通しもないからやめればいいのに。
グーグルが、ネットで検索するというのを指す一般用語として「ググる」を使うのをやめさせたがっているという最近の変なニュースにはかなり困惑したものである。アメリカではかなり最近までコピーすることゼロックスすると言うとか、アジアの一部ではスーパーカブみたいな業務用バイクを「スズキ」と呼ぶようになっていて「このホンダのスズキはなかなかいい」といったよじれた用法が普及していてなかなか楽しいのに。
とはいえ、こんな話が出るのもネット検索におけるグーグルの地位が圧倒的だからだ。そして、何やらその成功をねたむフランス&ドイツと日本が、それぞれ国策検索エンジン開発プロジェクトに乗り出すんだって。
やめときゃいいのに。
フランスは落ち目なのを自覚しているせいもあって、アメリカ発で何かが起こるたびに、必ずこの手のバカな文化ナショナリズムをむきだしにする。ネットが最初に出てきた頃は「ネットの主要言語が英語なのは文化侵略だ」と騒ぎ、グーグルが議会図書館の文書電子化にとりかかったときには、「これでは英語文化偏重だ」と騒いだっけ。こんどは、グーグルが検索結果を自分たちに不利にいじるかも、とか、そしておきまりの、検索が文化を左右するから文化侵略を防ぐとかなんとか。でも、騒いだわりに結局何をしたかというと、あまり話がつたわってこない。自分ではいまいち力不足なのをさとったのか、こんどのQUAERO(クエロ)はドイツと共同か。一方の日本は、相変わらずの柳の下のドジョウ狙いだ。
でも、そもそもグーグルのえらさは、もはや検索なんか未来がないと思われていた時代に――もうアルタヴィスタでだいたい用が足りると思われ、儲けにもつながらないと思われていた時代に――予想外のアルゴリズムでその認識を一変させ、検索のシェアを一気に獲得し、さらには検索連動広告というこれまた予想外のビジネスモデルで分野自体を一変させてしまったところにある。ぼくはこの新しいフランスの検索エンジンで(それができたとしても)、いったいどうやってフランスの文化が守られるのかわからん。検索すると、必ずおふらんすのページがトップにくるとか? そんな検索エンジンをだれが使うの? まして日本のやつは、いったい何のために作ろうとしているのかさっぱりわからない。
もちろん、単にグーグル打倒の国産検索エンジンを、というだけだと、ちょっと押しが弱いのは当の日仏の役人たちも認識しているんだろう。フランスも日本も、画像や音声などのマルチメディア検索で特徴を出すのだ、と言っている。でもそれならば、画像や音声がネット上でもっと簡単に使えるようになるための手だても講じるんだろうか。フランスや日本産の画像や音声をもっと自由に使えるようにたくさん放出するとか? ありそうにないな。むしろ著作権をちゃんとチェックするとか、つまらんことにばかり頭がまわりそうじゃない? むしろP2Pをもっと野放しにして、いろんなコンテンツがネット上に必ずあるような状況を創り出せばよかったのに。でももう遅いか。
ちなみに、このフランス&ドイツや日本の検索エンジンの話があがってきたのはこの春くらいだけれど、その後アメリカでもフランスでもYouTubeをはじめ各種の動画・マルチメディア系サービスが一斉にたちあがってきて、格段に動画検索はしやすくなってしまった。やっぱりああして(著作権なんか無視でも)コンテンツがそれなりにあるからこそ検索だって意味が出てくる。もうその次をやんなきゃいけないんじゃないか。グーグルがやったみたいに、いま見捨てられているところに活路を見いださなきゃならないんじゃないか。そしてそれは民間がやればよくて、官が口を出すべき事じゃないんじゃないか、という印象は日仏ともに感じられてならない。
近況:最近は国内巡業ばかりです。道後温泉にいってまいりましたが、千と千尋のモデルともされる日本最古の風呂屋はなかなか。
前号へ 次号へ
『サイゾー』インデックス YAMAGATA Hirooトップに戻る