山形道場 復活第 ?? 段
こないだ、ぼくの訳書のジョンソン『創発』という本が出た。従来型の、トップダウンによる秩序形成に対して、ボトムアップの自律的な秩序形成があちこちで見られる。都市でも、脳でもそれが見られて、そしていまやそれがゲームへの応用を通じて応用段階に入り、さらにはグローバル問題も解決するかもしれない、という脳天気な本だ。
いまの嫌みな書き方からもわかる通り、ぼくはこの議論にちっとも感心していないのだ。
基本的な問題は、著者が創発現象の対極にあると見ている、トップダウン型組織というものを完全に誤解しているところにあるのだ。
著者の主張の一つをまとめると「アリの世界はトップダウンだと思われているけど、実は女王アリは個別のアリの動きは知らないからこれは創発型システムで、スターリニズム型全体主義とはまったくちがう」ということだ。。でもねえ。スターリンだって末端の役人が何をするかなんていちいち知らなかったのよ。あるいは企業でもいい。社長はぼくがいちいち何をやってるかなんて知らないのだ。普通の組織では、どんな末端のどんな使いっ走りにも、それなりの裁量は与えられている。当然でしょう。官僚制もピラミッド型組織も、すべては権力を分散してある程度の判断は下に任せ、すべて上で判断しなくてもいいようにするための仕組みなんだもの。
そして著者は最後のほうで、これからは創発をどうコントロールするかが課題だ、と述べる。創発秩序でエージェント(個別のアリとか人)の間に働くミクロな原理を変えることで、マクロな目標をどう達成するかが今後の創発研究の可能性なんだ、と。でもそれってまさにトップダウンによる秩序形成でしかない。まさに今の企業で行われていることでしょ。何らかの収益目標なり会社としての目標を達成すべく、給料やボーナスの査定方式をいじり、組織の構造を変えてみる。成果主義にしてみたり、福利厚生を重視したり、基本給とボーナスの比率を変えたり、TQCを導入してみたり。
著者だけじゃない。創発とか複雑系とか言う人の多く――特にそれをビジネスに適用しようなんて軽薄なことを口走る人の多く――は、それが取って代わる(とかれらが期待している)従来の組織原理や官僚機構ってもんをわかっていない。従来の組織論とか学問的な領域では、創発なんてのは目新しいかもしれない。でも、それは理屈や学問が遅れていただけなのだ。現実の世界は、すでにそんなのをとっくの昔から導入しているのだ。
そして昔ここでも批判したけれど、創発的な秩序がなにやら民主的だという変なかんちがい。ある人は、ブログがなにやら創発的な世論形成につながる、という変な議論をしている。でもそんなことはないのだ。創発原理の一番の教えは、マクロな動きはミクロ動向の総和じゃない、ということだ。みんなが環境保護とか言えば社会が環境保護に動くわけじゃないのだ。そしてそれをきちんと考えた創発的な世論形成ってどんなものだろう? 要するにそれは、ミクロなインセンティブとちがった形でマクロが動くようにするわけだ。すると……
昔紹介したことがあるけれど、ハワイである開発業者が、マンション建設をエコロな環境保護論者に潰されそうになり、住民投票で決着となった。そこでその開発業者はカニのバーベキューをえさに人々を選挙に引き出し、サイレントマジョリティが投票するようにし向けた。開発業者は勝った。これはたまたま、すばらしい民主主義の実践だった。でも、これは悪用できる。ストレートに意図を言わず、別のインセンティブで人を動員することで目標達成をねらう手口。創発的な概念の活用は、下手するとこういう変な腹に一物を持ったエサでの釣り合いの横行にもなりかねない。
で、それがホントにそんなに望ましいことなんだろうか、ということなのだ。
近況:なんと3月が31日でちゃんと終わってしまいました。50日くらいまで続くものと覚悟していたのに。すごい! あと従来の翻訳の歪曲を正すべく『資本論』と『ヴァリス』の翻訳を始めました。
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