山形道場 復活第 ?? 段
どうもフィリピンにくるたびに、番外編の旅行記もどきでお茶をにごす習慣がついていのは我ながらアレだなあとは思うものの、今回ばかりは書いておこう。なんせ目の前で軍事作戦が展開されてクーデターもどきが起きるなんて機会は、そうそうあるもんじゃない。
マニラに出張中の土曜日の7月26日。飲んで夜中にホテル帰ってきたときに、入り口の目の前の駐車場になにやらずいぶんとごつい警備員のようなのがやってきたのを見て、特になんとも思わずそのまま戻って寝てしまったのだったけれど、いまにして思えば、あれが問題の反乱軍だったわけだ。かれらはその後、ぼくが止まっているホテルの真正面の駐車場に爆発物を仕掛け、真向かいのビルを占拠して、軍と共産ゲリラとの癒着を非難し、同時にピープルパワー騒ぎでエストラーダから政権を奪取したアローヨ政権の正当性を否定し、退陣を要求することになる。
翌朝五時に電話が鳴って、地元の人にいきなり「クーデターが起きた、そっちの目の前だ」と言われて、あわてて外を見ると、いつもは早朝から渋滞寸前の大通りが封鎖されてまったく車が走っていない。そこにマスコミの車が並び、そして向かいの建物の屋上には、確かに機関銃を持った連中がいる。その一方で、ごく普通の歩行者らしき人々はぱらぱら歩いていて、そんなに緊迫した感じでもない。その頃からだんだん気がつく人も増えてきて、連絡が入り始め、事態はあわただしくなった。正規軍が周辺の道路を封鎖しているというんだが、こっちの居場所はあまりに現場のどまんなかすぎて、周辺の状況まではわからない。その頃にはホテルからメモがまわってきて、あぶないからカーテンを閉めて、窓から外を見るな、と指示される。何が起きているのかさっぱりわからず、テレビをつけてもタガログ語であれこれ言っているけれど、具体的な状況はわからない。BBCを見て、さらにインターネットであれこれ探して、ようやく状況がわかってきた感じ。事態の中心にいすぎて、現場にいるからといって状況がわかるわけじゃないというのを久々に痛感したのだけれど。
その後、ホテルの客は全員一室に集められ、裏口から別のホテルに避難させられるのだった。そして、収拾に数日はかかるだろうと言われていたのが、その日のうちにあっさり状況は改善。投降期限が切られて、最初はかなり難航すると思われて何度か期限が先送りされたけれど、すぐに反乱軍も態度を軟化させて、その日のうちには全員投降した。それでも少し様子見があるかと思ったけれど、それもなし。避難先の宿には一泊しただけで、翌朝にはまたもとの宿に戻り、その頃にはもうあたりは何事もなかったかのように、通常営業に戻っているのだった。とはいえ、四日たった執筆時点でも、まだ反乱状況の終結宣言は出ていない。
それにしても、未だに今回の騒動の意味というのはよくわからない。アローヨおばさんはどうせもう数ヶ月すれば退陣で、もう再出馬はしないと言っているのに、ここで退陣要求をすることに何の意味があったのか? 現地の人の意見では、実はアローヨを再度かつぎだそうという動きが一部であって、それに対して牽制しているだけだというのだけれど。その一方で、今回の状況を早期に無血でおさめたことで、アローヨ大統領の評価は逆に上がったという。あと人によっては、軍の待遇改善要求がメインだったのだと言う。ストみたいなものだから、ハナから反乱軍は手荒なまねをする気はなかったのだ、と。一方で、反乱軍の要求に対してかなり好意的な人々もたくさんいて、「手段はさておき、言ってることは正しいのだから、解決せねば」とかなりえらい人が公然と発言し、一方で便乗事件があちこちでチラホラ起きていて、いったい本当に状況は収拾したのかどうかも、これを書いている時点では実はいまだに断言しきれない状態ではあるのだ。(つづく、ことはないと祈りたい)
近況:てな感じで、マニラにいるのですが、台風が来たりクーデターもどきがあったりしてまったく落ち着きません。
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