山形道場 復活第 31 段
小谷野「もてない男」敦という悪くない評論家がいる。一九九八年にこの人が同性愛関係のシンポジウムに出て、他のパネリストを激怒させた。で、そのパネリストはその後、自分のウェブページに小谷野に対する長文の批判を書き連ねた。曰く「流れに関係なく、言いたいことを言っては話をわき道にそらす」「ホンネだけに頼って自分本位に語り(中略)話の腰を折っていることに無自覚」。そしてこのパネリストの記述だと、小谷野はこう発言したと書かれていた:「私は以前、レズビアンからレズビアンだと告白されてそのあと(嫌悪感から)三日間吐き気が続いた」
これは一部のウェブ掲示板では話題になった。現場にいた人によれば、確かに小谷野もアレだが、むしろこのパネリストのほうが浮いていたともいう。そこから議論もあれこれ発生したけれど、でもやがてみんな忘れてしまった。
で、時は流れて二〇〇一年秋。小谷野は今更ながら、この文の存在に気がついたようだ。「三日間吐き気」の部分は実際の発言と異なるものだ、とのこと。で、名誉毀損だと言って内容証明を送りつけ、そのパネリストの文を削除させた。ここまではふつうの話だ。
ところが小谷野はその後、この人物の日記を引用したりリンクをしたり、あるいはそれに言及したりしていた各種の掲示板やネット上の文章すべてについて削除要求を出しまくり、プロバイダーやその掲示板の他の投稿者にまでせっついてまわり(ぼくも対象の一人だ)、名誉毀損だ裁判だと恫喝をかけたのだ。多くはうっとうしいので削除、あるいは付記などで対応している。
ここにはいくつか問題がある。まず、このパネリスト記述の引用やリンク先を脅迫することが正当か、ということ。ぼくは正当じゃないと思う。小谷野は「伝聞に基く私への中傷を含んでいる」「匿名で他人を誹謗するような内容のものを掲載することは不法行為に近い」というんだけれど、別にこれは中傷じゃないし誹謗でもない。ただの引用言及だ。そりゃそのソースの記述が正確かどうか確認できれば最高だろう。でもウェブ上の、それも掲示板の書き込みにそこまでだれがする? 雑誌や書籍でさえ、なかなかそこまではやらない。ぼくはウェブ上の「発言」や記述を、一般の出版物と同列に扱ったり、同じ責任を求めたりするのは、現実問題として不可能だし、またそれをやっちゃいけないと思うのだ。ネットの優位性の一部は、まさにある程度の無責任さと表裏一体で成立しているものだから。
小谷野はさらに参加者の罵倒合戦が名誉毀損裁判の原因になりかねないから掲示板過去ログは消去しろと「忠告」したとか。やれやれ、ふつうの人は小谷野みたいに(あるいは漢字表記の似た名前の人みたいに)、一言半句の茶化しで裁判ふりかざしたりしないの。さらに、対話の記録の重要性というのがわからないのかな。もの書きで学者のくせに、せっかくの記録を安易に消すことのためらいが見えないのかしら。
そしてもう一つ。ネットではいったん出た情報は消せない、すぐに無限のコピーが出回るから、とされる。でも今回でわかるのは、実は意外と簡単に記録の消去書き換えができてしまう、ということだ。印刷物なら、いったん書かれたことはそのまま残るし、またそれを保存する仕組みもある。でもネットでは、それがない。歴史のねつ造や改変は、実はずっと簡単かもしれない。それをどうにかしようとするプロジェクトはいくつかある。でもまだ発展途上だ。
この可変性は、実は上にあげた無責任さの必要性の一つの根拠としてあげられるんじゃないかとは思う。実はこの10月、「コード」のレッシグが来日して、こんな話もちょっとしたんだが、結論はでなかった。が……どうなんだろう。
近況:オーストラリアは、なかなかすばらしいところでした。個人的にはメルボルンが非常にお気に入り。なお先月期待していたガービッジ新作、いまイチでした。
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