CYZO 2001/03号。表紙は黒沢優。許す。 山形道場 復活第 22 段

「今月の喝!:2000年問題。」

(『CYZO』2001 年 3 月)

山形浩生


 これが店頭に並ぶ頃には、2001 年ももう 2 ヶ月近く経って、みんなすっかり忘れてしまっているだろうけれど、いまから 1 年ちょい前には 2000 年問題というのがあって、世界中がそれはそれは大騒ぎをしておったのである。ほれ、忘れっぽい人のためにおさらいしとくと、年を表すのに下二桁しか使わないシステムでは、2000 年が 1999 年より後だというのが判定できずにコンピュータが誤動作しかねないって話だ。これのおかげで、2000 年までにコードの見直しと修正にいっぱいお金と人材がつぎこまれた。そしてそれでも、やれ核ミサイル発射だ、やれ原発暴走だと、この世の終わりが来ると思っていた人がたくさんいて、食料を買い込んで山ににげたり、ノストラダムスの大予言が数ヶ月遅れてくると思って喜びいさんだり、あるいは年末年始にかけて休日出勤をさせられたりと、それはそれはかわいそうな人たちがたくさんいたのだ。

 で、実際に 2000 年になったときは、多くの人が、さあ何が起こるかと期待しまくっていた。このぼくも含め。ところが結果はご存じのとおり。大したことは起きなかった。携帯電話が誤動作したり、どっかの貸しビデオ店のシステムが狂って 100 年分の延滞料を請求された人が出たり。その後、2000 年には 2 月 29 日があるのを忘れてるシステムがあって、これまた郵便貯金の ATM が一部誤動作したりしたけれど、世界的になにも大惨事はなく、みんながっかりして、そしてこの問題は片づいて忘れられた。

 ……と思っていた。が、実はこの問題は片づいていなかったのだった。コードのチェックと修正につぎ込んだコストの支払いが、まだ残っていたのだった。

 大したことが起きなかったおかげで、まずお客さんは「あれはソフト会社の陰謀だ、ソフト会社が仕事づくりのためにつまんない話をあおったんだ」と文句を言った。ソフト会社はもちろん「いや、あれだけの対策をすればこそ何もなしですんだのです、もしをあれをやんなきゃ、いくら損害が出たかわかりませんぜ」と反論。そしてもちろんアメリカあたりじゃ、それを証明しろ、さもなきゃそんな金は払わない、訴訟だ、という話がいっぱい持ち上がっている。

 そしてさらにもめたあげく、矛先は保険会社に向くのだった。

 実は一部損保は、2000 年問題対応保険を売りまくっていたわけ。コストはその保険で払わせればいいじゃないか!

 でも、何も起こらなかったのなら、保険会社には支払い責任はないのでは? いいや。実は保険の多くには、保険カバー対象の事象が起きる可能性を減らすような予防的手段を講じた場合には、その費用を負担します、という条項があるのだ。ちょっとした予防で大量の保険金支払いを免れるなら、保険会社としてもそのほうがいいからね。

 そしてソフト会社の主張が正しいならば、2000年問題対策費用は、まさにこの保険の予防的措置にあたるわけだ。

 さて、保険会社は(もちろん)だまってそんなものを支払うわけがない。お客さん側と同じ議論をしようとする。が……保険会社には弱みがある。「被害にあったら怖いですよ」と言って2000年問題対応保険を売りまくった手前、いまになって「いや実は被害はなかったはずだ、それは無用なコストだ」という言い逃れは効かないわけだ。というわけで……というわけでどうしよう。アメリカではいまやこの手の裁判がぼこぼこ起きている、らしいぞ。

 なので 1 年たったいいまも、2000年問題は決着していないのだった。こういう事例が日本であるのかどうかは知らない。が、あってもよさそうだ。どうだろう、みなさんも自分の会社の保険条項をもう一回読み直してみては。案外、思いがけないボーナスが手に入るかもしれないよ。それと同時に、この一件は「コードの持つ社旗性」という点で別の意義をもつという話があるけれど、それはまた別の機会に。

近況:インド、スリランカ、バングラデシュとまわっております。スリランカはよいですねー。食べ物も、街も。



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