山形道場 復活第 6 段
あなたは最近、夢ってことを考えたことがあるか。夢を感じたことがあるか。夢といっても、夜(あるいは昼)にウトウトしたときに見るあの妄想のことじゃない。なんというんだろう、自分の前に、知らなかった世界がワッと開けそうな予感がしたときの感じ、とでも言おうか。そういう夢だ。ないのか。かわいそうに。
そういうかわいそうな人は、実はたくさんいる「アンアン」の自分探し特集を見てごらん。どこへ行ったらいいかわからない人たちに、自分の足の裏を見て行く方向を考えなさいと勧めてるような代物。そうじゃないだろう。足の裏なんか見てないで立ちなさいという話だろうに。夢を見なさいというだけの話だろうに。
というのも、結局最終的に人を動かすのは、この夢というやつだからだ。商売だビジネスだということになると、しょせん人間なんて金とセックスと虚栄心だけで動くのよ、と斜にかまえる人たちもいる。かわいそうに。セックスはさておき、金と虚栄心の根拠をつきつめていってごらん。そうだ、そういえば収益還元法の話をするといって、まだやっていないんだけれど、そこでしたかったのはこういう話だ。いったい、人は最終的になぜなにかに価値があると思うのか。それは結局(衣食が足りているという前提のうえでだけれど)、ひとえにこの夢にかかっている。そうだろう。
たとえば、かつてパーソナルコンピュータにはそういう夢があった。インターネットには、そういう夢があった。いまもある。いまコンピュータを買おうとしている人たちも、その夢(の名残)があるからこそ高い金を払ってそんなものに手を出す。あの何もできない機械とソフトを「なんかできそうだ」と思って買っていく。それは単に、大量の広告宣伝の洗脳効果だけでは片づかない。というか、その大量の広告宣伝だって、その夢をとっかかりにして初めて成立している。
一方で携帯電話にはそういう夢があるだろうか。たぶんない。いまは急成長しているけれど、もうしばらくすると頭打ちになってくるだろう。別の夢にたかる形でしか成長しなくなるだろう。たとえばiモードがインターネットの夢に寄生しているように。あとはその寄生先をどう見いだすか、携帯電話はそれだけの勝負になるだろう。 あるいはロボットという分野には、未知の可能性と夢がいっぱいつまっている。「ロボコンマガジン」(オーム社)を読んでごらん。おお、北野宏明先生も早速きているじゃないか。この雑誌を見て、夢のにおいをかぎとれるか? それができる人が、21世紀の日本(じゃないかもしれないけど)の屋台骨をつくる。そしてこれ以外に、新しい夢(それはディズニーランドで売っている種類の夢じゃない、もっと本当の意味での未知の夢だ)をつくりだせた人たちが、これから世界を組み替えていく。 いまはある意味でチャンスだ。だっていま、その夢が世界的にないのだもの。いろんなところで、これまでの夢が使い果たされたという雰囲気がある。それは衰退期に入ろうとしている人類(あと数十年で世界人口は減少に向かう)の、じり貧ぶりを反映したものなのかもしれない。それでも人は夢を必要としてる。それがないと、人は動けないのだもの。だから必ずなにか出てくる。おそらくは近い将来に。そのとき、あなたは(ぼくは)それを感じとれるだろうか。その夢をいっしょに見ることができるだろうか。問題は結局、そういうことなのだ。
近況:初の著作集が、もうまとまってゲラまで終わっているのに、タイトルが決まら
ないのでズルズル発売延期になっている。おまぬけー。
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