山形道場 復活第 4 段
コンピュータやソフトウェアが、社会にとってインフラ化している、というのが前回の話だった。社会基盤としてみんなが使うものである以上、インフラってのはあんまり突飛なものにはなれない。たとえば道路にいきなり「独自仕様!」とかいって変なでこぼこつけてもらっては困るわけだ。もちろん、多少の工夫の余地は残しておきたいんだけれど、でもいちばん核となるところでは、みんなが安心して使えるように、公開された基準にしたがってもらわないと困る。
さて、ある建物なりインフラなりが、決まった基準にしたがっているかどうかは、どうやって確認しようか。つくった人たちはちゃんと作りました、と言っても、国鉄のコンクリート落下事故みたいに、実はあらがあったりする。もっとみんながチェックしたほうが確実になるだろう。
エリック・レイモンドという人はこれを根拠に、ソフトはみんなソースコードとか中身を隠さず公開するようになる、と主張する。そのほうがみんなインフラとして安心できるから、みんなそっちにいくだろう、と。つくる方は? それは今回はちょっと置いておく。
しかしながら、実際のインフラの世界ではどうだろう。どんどんオープンな方向になっているか? 実は必ずしもなっていない。いままでのお役所の公共工事によるインフラに対して、もっとチェック制度を導入しようという話はある。でもむしろ、一部は民間のクローズドな作り方に移行しているとすらいえる。
前号のジブリの森美術館構想問題の記事で、「あれはPFIだ」という発言が関係者側から出ていた。このPFIというのがまさに、その動き。もう自治体は世界的にお金がないし、いろんなインフラや施設整備は必要なんだけれど、もう公共事業を気軽にできないのね。だからそれを民間にやらせちゃおうってわけ。何か自治体のインフラや施設整備が必要なときに、自治体は仕様だけ決めて、その建設運営を民間にやらせるのだ。建設費用は民間持ちだけれど、利用者から利用料をとって儲ける。民間は、公共側の仕様をどんな形で実現しても基本的にはかまわない。公共側は変な口出しをしてはならない。ただし儲からなくても民間の責任。契約期間中は、勝手に足抜けもできない。いま、世界各地でこれが実施されているのだ。
これをソフトに置き換えたら? 仕様だけ公開されてきちんと決まっていれば、それを私企業がどう実現してもかまわない、というのは、むしろこれまでのクローズドなソフト開発に近いわけだ。すると、ソフトがインフラ化するからといって、それがオープンソースにならなくてはならない、という道理はないわけだ。インフラだって、クローズドでも動くし、むしろそのほうがいい部分というのもかなりある。うーん、となると、結局のところソフト開発というのはどうなってしまうんだろうか。いま、ソフトウェアのほうでの動きと、インフラ開発方面との動きが、たまたま同時に、逆の方向に動き出しているわけで、事態はますますわけがわからなくなってきているのだけれど、たぶんまだまだごちゃごちゃした状況が続くんだろうということはなんとなく言えそうなわけだ。
ところでぜんぜん関係ない話だが、これを書いている途中、週刊金曜日という雑誌の別冊『買ってはいけない』がバカ売れしている。でも各種メディアはいっさいそれに触れていない。罵倒されている企業を怒らせるのが怖いんだって。バカな連中だな、あれがいかにダメなトンデモ本かをちゃんと指摘すればポイント稼げるのに。それにしてもこれで本多勝一は大儲けしたわけだけれど、いったいどうするんだろうね。貧乏人がいきなりあぶく銭を手にすると、たいがいは無様なまねをしでかすのが定石なんだけれど。とても楽しみなのだ。ウフフフ。
近況:身体検査の結果、脂肪肝だと言われました。人間フォワグラ状態。サイテー。
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