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CUT 連載書評


 CUT はいったいなんでぼくになんかこんな書評を続けさせてくれてるんだろう。渋谷陽一が「死の迷路」訳者解説を見て、こいつはなんか書けそうだと思って依頼してきたのが最初なんだけど、当時は(いまも?)ほとんど実績のなかった人間に、なんと大胆な。
 新刊だろうと旧刊だろうと写真集だろうと経済書だろうと、なんでもできるのはホント得難い場ではある。でも、つまんないのが続くと怒られるし(「最近は山下達郎より反響が少ないですよ!」(涙))、しかも途中から吉本親子とタメはらなきゃなんないっつー……いつ打ち切りになるかとヒヤヒヤしながら書いてて、先日も「実はこんどから月刊になってコラムを刷新するんですが……」という電話がかかってきて、ああきたか、ついに終わるか、と腹をくくったら「山形さんには続けて書いていただくということで」と続くことになってしまった。なんで?!? 気がつけば、ぼくが CUT 最古参のコラム書きになってるじゃん!
 なお、下の月表示は、その号の発売月ね。執筆はその一ヶ月前。表紙の号数は、その翌月。

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CUT 2002/02 表紙はスパイダーマン 2002.01 エーコ『前日島』

 ウンベルト・エーコは結構好きではあるんだけれど。でも饒舌すぎていやになることが多くて、通読するのも結構大変だ。途中で何度も中断して、読み終わる頃には最初の話がうろおぼえになっている。で、この「前日島」はその中でも短いほうなんだけれど、饒舌さは相変わらずだし……でもなんかエーコが、ポジティブな結末をつけようとしているところにちょっと惹かれた。この本(あるいはそれに限らず、エーコの本)を評したまともな文章ってあまり読んだことがなくて、この本についても感想文レベル以上の何かを言ってあげたいなと思ったこともある。書き上げてみて、うん、まあこんなところかな。でもまだ言い足りない。エーコの本はいつも、何か見落としたのではないかという不安をもたらす。これまた文中で言った通り。

CUT 2002/03 表紙はギャロと中谷 2002.02 ネヴィル『8(エイト)』

 小説が続いている。コルタサルをまとめて読んでいるので、そっちにしようかとも思ったんだけれど、でももう一つ下手な小説というものについて書きたいなという気がしたのです。「8」は、読んでいる途中はすばらしくて、舞台をOPEC台頭の直前にして、エネルギー問題を小説の主要テーマとからませたあたりなんか、やるな、という感じだし、主人公がOPECから受ける依頼もすてきで、大絶賛だったので、それだけにラストのへたれぶりが頭にきたんだが、でも一方でこれは凡人の限界を露骨に出しているんだなあということに気がついたのだ。

CUT 2002/03 表紙はなんとかいうコメディアン 2002.03 ピーク『行方不明のヘンテコな伯父さんからボクがもらった手紙』

 またまた小説。ネタ切れで、旅行前にあげなきゃで、手元にあったやつで手っ取り早く片づけた感は否めないなあ。でもこの本はかなり気に入ってはいる。人によってはのれない人もいるみたいだけれど。こういう単純におもしろい話で、でも教訓とかはないものって、説明がむずかしいわな。そんなわけで、今回もちょっとうまく説明できていない感じ。こう、まわりをまわるんだけれど、核心に迫れないというか。

CUT 2002/04 表紙は鄭/井川遥 2002.04 Lomborg The Skeptical Environmentalist

 すごい。特にワールドウォッチ研究所のレスター・ブラウンたたきはすさまじい。本書の指摘では、ブラウンは上がってるものを下がってると強弁、あれがやばい、これがやばいと警鐘鳴らすだけ鳴らして、それが起きないとほっかむり。大地震や富士山爆発のインチキ預言者並。なお、この本がおもしろかったら、かれのウェブサイト(http://www.lomborg.org/)および反ロンボルグサイト(http://www.anti-lomborg.com/)もチェックしておこう。Scientific AmericanNature に載った罵倒書評に対する反論は非常におもしろい。なお、かれのサイトの日本語訳をつくるべと思って、lomb.org というドメインを取ったらおもしろかろうと思ったんだが、残念、lomb という名前の人が自分のサイトにしちゃってる。でもたぶん同じことを 1,000 人くらい思ったんじゃないかと思う。

CUT 2002/06 表紙はスターウォーズ 2002.05 ムスタファヴィ&レザボロー『時間の中の建築』

 結構苦肉の策かも。あとから、自分がこの号で何を書いたのかあまり思い出せなかったくらい。とっても地味だけれどよい本で、文中にも書いたけれど、ジェンクスのアホ本を読んだことでその印象がさらに強まっているのだ。実際の本のデザインもいいんだけれど、なんか古びた石の感じを出した造本に、緑のペカペカの帯をつけた編集者のセンスは最悪。ぶちこわしです。

CUT 2002/07 表紙はいろんな映画の切り張りだが、実に醜悪 2002.05 ラフィカディオ・ハーン 『クレオール料理読本』

 ラフカディオ・ハーンって、こんなの書いていたんだねえ。いろいろ読んでいるうちに、日本にくるまではこの人は一家離散でかなり不幸で、自分の能力についてもすごいコンプレックスをいだいていて、ふつうに思われているもの静かな小泉八雲のイメージとはかなりちがうことがわかる。怪談に惹かれたのも、内心にそういうドロドロした部分を抱えていたからなのかもしれないね。本書についての文句は文中に書いた通り。でも、楽しい。

CUT 2002/08 表紙は「ピンポン」みたい 2002.06 ジム・クレイス『食糧棚』

 食い物続き。なぜこう、人は食い物になると独特のこだわりを持つのか、という感じ。前作『死んでいる』は、淡々としすぎな面もあったけれど、今回のやつはそれが非常にプラスに作用していて、いろいろと読者側に遊ぶ余地があるのがいいね。あと、平安京エイリアンのべっこうあめは覚えている人が少なくてショックかも。

CUT 2002/09 表紙はマトリックス2 2002.07 アンドレ・ブルトン『魔術的芸術』

 なんで今頃出たのか知らないけれど、アンドレ・ブルトン。期待して読んだけれど、結構つまらない、というかずいぶん恣意的だな、という印象なのには驚いた。ブルトンって、アジはうまくてもきちんと論理化するのはヘタなんじゃないかな。それに、全体に自分のための弁明でしかないような気がする。ぼくごときがブルトン様を論難するとは、という感じだけれど、ホントだからしょうがない。あと、荒俣宏は本当にすごかった。書きながら『理科系の文学誌』を見直したけれど、戦慄するくらいすごい。それがいまは何をやってるんだね、あの人は。

CUT 2002/10 表紙は 2002.08 イザベル・アジェンデ『パウラ』

 これほど自分の中で評価がまっぷたつに割れた本も珍しい。前半というか7割はもうひたすら感動。でも残り3割でいきなり言い訳がましくなってきて、そして最後の部分は全否定せざるを得ない。自分でも整理がつかなかったし、相殺してゼロにすることもできなかったので、まったく正反対のレビューを書くことにした。朝日新聞はこんな複雑なことを説明できる字数がないので、前半のすばらしさを中心に。そしてこっちでは最後の部分のあざとさとダメさ加減を中心に。人を見て評価を変えているわけじゃない。どっちもぼくの本当の評価ではあるのだ。でも、この本に単純に感動してるだけのやつは、たぶん大したものにはならないと思うよ。
……と思っていたら朝日の方がもっと長くしろと言ってきて、それで書き直しているうちになんか似たようなものになってしまった。あと、この意味不明で効用も不明の「水泡(みなわ)なすもろき命」というかっこつけた副題のようなものは一体なに?

CUT 2002/11表紙はなんかの昔のテレビ番組 2002.09 高山宏『エクスタシー』

 バロウズ本を書いているときに思いついたネタ。高山宏って、大騒ぎするけれど実は大したこと言ってない。あれとこれが似てるとかつながってるとか騒ぐけれど、それをきちんと検証するわけじゃなし、思いつき程度の話にとどまっていることが実に多い。それはいままでは通用したかもしれないけれど、今後ダメになるでしょう。似たものを並べて系譜でございと言えなくなるとき――すべてがコラージュとカットアップになるとき――そこにはもっと深い考察が必要になってくる。それは高山にはできないのだ。

CUT 2002/12表紙はギャング・オブNY 2002.10 瀬名秀明『あしたのロボット』

 うまく書けなかった。相変わらず、真面目だけれどそれが核心からはずれてるんだ。でもそのもどかしさをうまく表現できんかった。しばらくするとまたもっとずばり言えるかも。
 当の瀬名秀明自身も、いまいち鈍い書評だと思ったとか。はいはいその通り。これに限らず、この時期に書いたものはすべて非常にできが悪いのです。森山さんのレビューは見逃していたけれど。確かに言っていることは似てる。ただ、瀬名秀明はぼくがかれのわかってほしいことに気がついていないと書いているけれど、もちろんぼくはそのくらいのことは気がついているのです。あーしてこーするとこーなるという。ただそれをそのまま書くのははしたないと思うしまだそれがあまり明確ではないと思うので、敢えて触れずにいるだけなのです。今回の作品についてはそれを書いてしまおうかとも思ったのだが、やはりまだ明確に出ていないし、パスした次第です。ぼくもナボーコフのファンなので、この程度の仕掛けはすぐに気がつきます。どの小説でもあるページの文の頭の文字を拾うと、や、ま、が、た、い、つ、て、よ、しになることくらい。

CUT 2003/01 表紙は各種映画集 2002.11 マン『ソーシャルパワー』

 これは触れないと書評屋としての沽券にかかわる本だから無理して触れたが、ちょい無理があったかもしれない。また4つの力による説明は、必ずしもそんなに切れ味がいいわけではない。力のあとでさらに力の源泉がどうしたこうしたという話になって、非常に見通しが悪い気もする。あと、この本の価値はこいつが工業社会とかをどれだけ説明できるかにもよる。



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