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ピタゴラ装置1

連載第?回

ピタゴラ装置の教育効果。

(『CUT』2007 年 3 月)

山形浩生

要約:ピタゴラスイッチのオープニングで使われるピタゴラ装置を集めた DVD ブック。その仕掛けや実装は見事だし、しかもそれを見てわかる仕掛けとして作っているのは実に立派。見ている子たちも勉強になるでしょう。



 NHKの「ピタゴラスイッチ」はたいへんによい番組だそうで、あれに免じて受信料を払ってやってもよいという友人も、特に子持ちには多い。一部がときどき動画サイトにアップロードされていたりすることもあるし、知り合いの子供がアルゴリズムたいそうを実演してくれたこともあるので、ぼくもだいたいこんなものかというのは知っているように思う。でもうちにはテレビがないので、実物は見たことがないのが残念至極。

 この本を読んで、その思いを多少強くしたな。本書は、「ピタゴラスイッチ」の中で、オープニングやコーナーの幕間に使われている、ビー玉がひたすら転がったりはずんだり綱渡りをしたりしたあげく最後に番組のロゴを出す、ピタゴラ装置を集めた DVD ブックだ。

 全部で 33 本。最初から最後まで見ても20分に満たない、ごく短い DVD ではあるけれど(いやそれだからこそ)見入ってしまう。動きのおもしろさ、仕組みの独創性。ごく普通にビー玉が溝にそって転がっていくだけの予定調和的な部分の仕組みから、車輪やコロ、バネや磁石などを縦横に使ったまったく予想外の動きをもたらす部分まで実に楽しい。ほとんどの部分の仕掛けは見れば仕組みはわかるけれど、それでもたとえば磁石にそって玉が転がっていく部分など、原理がわかっても不思議だし、その実装方法自体が驚愕だ。物差しをたくさんの洗濯ばさみではさんだだけで、ビー玉が転がる経路を見事に作りあげたのなんか、実際に見ても信じられないほどの見事さだ。なかには何度か巻き戻してみないと何が起きているかわからないものもある。台車に乗ったカードが次々にめくられてカウントダウンする装置は、何度か見てもどうやってカードをめくっているのかわからなかったくらい。

 そういう場合にも、本を見ればちゃんと仕組みがわかる。なるほど、クリップと磁石の組み合わせか。見て原理がわかった場合でも、あらためて説明を読むことで実装の妙も味わえる。そしてすばらしいのが、登場するもののほとんどが、一般の家庭でごくふつうに手に入るということ。ガキの頃、いやいまでもときどき落ちているパチンコ玉やビー玉を机の上で転がして遊ぶことがある。ピタゴラ装置はすべて、そのお遊びの延長でありながら、そこに込められた工夫やアイデアのおかげでまったくちがう次元にまで到達しおおせている。

 この手の、いろんな複雑な仕組みの意外な連鎖を愛でるような装置をルーブ・ゴールドバーグ・マシンと呼ぶ。いまネットで検索したら、ちゃんと日本でも大会があるんだね。ピタゴラ装置では使われていない、化学反応や爆発、各種エレクトロニクスを多用して派手さを出したものもあって、それなりにおもしろい。YouTubeなどの動画サイトを探すと、世界を興奮のるつぼに陥れたメントスXコーラ噴出を使ったルーブ・ゴールドバーグ・マシンがかなりたくさん出てくる。ただ化学系や電装系は、ブラックボックスっぽくなって「なぜ」がわからない場合も多いし、プロセスに人手が介入しすぎているような印象を与える。ルーブ・ゴールドバーグ・マシンの醍醐味は、周到に計算して作られている一方で、それぞれのプロセスはひょっとしたら何かの偶然で自然に起こることもあるかもしれないようなところにある。ピタゴラ装置は、そのバランスを見事に実現している。

 本のほとんどは、ひたすらストイックに装置の説明に費やされている。でも最後の数ページに、「ピタゴラスイッチ」という番組の狙いとその中でのピタゴラ装置の位置づけ、そしてその作製プロセスについての解説が載っている。この装置は、慶応大学湘南藤沢キャンパスの佐藤雅彦研究室が作っているとのこと。そしてそれぞれの装置を見ると、実に周到に作り込まれてすいすいとあらゆるプロセスを危なげなくこなせているような印象さえ受けるのだけれど、でも説明を読むと、実は何十回も撮り直しをしているそうな。そしてもちろん、そこには無数のブレーンストーミングと試行錯誤のプロセスがある。本書に唯一注文があるとすれば、そういう失敗のプロセスも見たかったということかな。それこそ DVD に NG 集みたいなのをいくつか収めてくれたらおもしろかったとは思うし、思考のプロセスもわかりやすかったんじゃないか。が、まあそれはないものねだりだ。

 その文章の中で佐藤雅彦はこう書いている。「テレビでは奇跡的に見えた装置の動きが決して『奇なる跡』なんかではなく『考えた跡』として、みなさんの目に止まってくれれば、とても幸いに思います」と。ぼくもそう思う。たぶん本書を買って DVD を見る人の多くは、その場限りの見た目の動きのおもしろさを鑑賞するだけにとどまるだろう。でもその中の一割でも、「なぜこれはこういう動きをするんだろう」と不思議に思ってくれれば、なんとすばらしいことか。そしてそれがこの本を読んで「そうか!」と納得してくれれば。そういう人が増えれば――子供はもとより親もね――くだらないテレビ番組にだまされて納豆に殺到したり、前世だの霊だの、果ては水の伝言だのゲーム脳だのといった世迷いごとで騒ぎ立てたりすることもなくなるだろう。

 それはまさに「ピタゴラスイッチ」という番組の狙いでもあるようだ。世の中の仕組みや型を理解させること。その意味でこの番組――そして装置――は、あのノーベル賞学者やスポーツ選手で構成されたくだらない教育再生会議とやらには及びもつかない高度な教育的狙いを持っているのだ。そしてこのピタゴラ装置に感動して、自分でも何かこれに類するものを作ってみようかという子がちょっとでも増えれば、技術立国日本も安泰なんだけれど。

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YAMAGATA Hiroo <hiyori13@alum.mit.edu>
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