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東京首都圏未来地図
連載第?回

都市開発とぼくたちの未来像など。

(『CUT』2005 年 11 月)

山形浩生

要約: 東京の都市開発の状況は、21 世紀のぼくたちがおかれた状況を何とはなしに表しているものでもある。本書はそれをストレートな形で伝えている。



 年寄りの回顧談としてよく出てくるのは、かつての未来都市の姿というものがすでに失われてしまったという話だ。昔はもちろん、2001年には宇宙旅行があたりまえとなり、21世紀の都市なんてのはリニアモーターカーが世界を縦横に走り、排気ガスをまき散らす自動車なんかのかわりに、空中を浮遊する不思議な乗り物か、あるいはぴかぴかしたチューブの中をきれいなゴルフカートみたいなものが動いて人を運び、といったSFチックな未来都市像があった。それがすごい管理社会として人々を抑圧する場合であっても、そういう未来的な都市像は21世紀にはまちがいなくくると思われていた。

 ぼくも、大阪万博の頃にはそういうもんだと思っていたんだけれどね。

 それが失われたのはいつか、というのはSF談義でよく出てくる。公害問題やオイルショックが大きなきっかけだという人もいる。イメージとしては、「2001年宇宙の旅」のきれいな世界から、初代「スターウォーズ」や映画「ブレードランナー」の、錆びたりへこんだりしてピカピカしていないぼろっちい未来像、そして大友克洋「アキラ」やサイバーパンクの疲れて薄汚れた未来なんてのが1980年代から1990年代にかけてだんだん説得力を増し、どうみても21世紀までにあの未来都市があらわれるのは物理的に不可能だなあ、というのが見えてきたあたりで、いまの延長でしかない未来都市、というイメージがほぼ確定した、というのが定説だろうか。

 そしてそれに対する現実というのもある。もちろん現実は小説や映画ほどは急速に変われない。でも、未来の現実をつくりあげる構想は、やはりその時代のイメージに影響される。かつてのニュータウン計画、そしてそれを引き継ぐ未来都市計画――たとえば丹下健三の、東京湾にのびる都市構想や、ブラジリア、チャンディガールなどの都市計画――は明らかにピカピカした未来像を下敷きにしている。そして、そのイメージに基づいた各種ニュータウンが、作ってみたら思ったほどピカピカしていなかった――それどころか異様に殺風景で、あちこちで暴走族やフーリガンの巣くうスラム化が生じたりしたこと――は、逆にその後の未来都市イメージにも大きく影響しただろう。一方でこれをもとに、ニュータウンや計画都市はすべて失敗すべく運命づけられている、という軽薄で気の短い結論にとびつく人が多いのは残念なことではある。それは単に、ちょうどオイルショックが全世界を不景気にたたき込んだことの悪しき副作用でしかなかったかもしれないのに。

 というのもその後も景気がよくなるたびに、ピカピカした未来都市のイメージは復活してくるからだ。バブル期には、ゼネコン各社が、500階建てのビルといった新しい都市インフラのイメージを提案したりして、そしてそれが現実にも各種の東京湾岸開発や大阪の一部開発となって姿をあらわした……その末路は、たとえばいまの(といっても最近少しよくなってきたけれど)お台場のすかすかな光景だ。でも、もしあのバブル景気が、大蔵省や日銀の失策による惨状をもって終わらず、もう少しソフトランディングしていたら、あの光景は変わっていただろう。

 都市開発を見るおもしろさというのは、こうした人々の未来へのイメージと、それを受けたり受けなかったりする現実とのからみあいの中にある。最近になって、少し不動産開発が復活してきた。六本木ヒルズや汐留、品川駅前、秋葉原……いくつか目立つ大規模プロジェクトが出てきている。さて、これはどんな未来像と現実の関わり合いを反映しているんだろうか?

 それを直接は教えてくれなくても、理解するためのガイドブックとしてとても役にたつのが、この『最新東京・首都圏未来地図』だ。東京の各種大規模開発の概要をとても手際よくまとめたムック。いい本が出るようになったねえ。バブル時代に大学院生だったぼくは、あちこちききまわって自分でこの手のプロジェクト集を作ってデータベース化したりしなきゃいけなかったんだけど。

 いまなぜ不動産開発が復活してきたかというと……いや一つにはもう待ちきれなくなったというのがある。不動産は開発に時間がかかる。景気がよくなって、床の需要が増えてから開発をはじめていたら手遅れだ。だからちょっとでもよくなりそうな気配が出てくると、みんな動く(もちろん横並び意識もある)。空き地を持っていても税金かかるし、開発主体としては早めに見切りをつけたい。そしてここに載っているいろんな開発を見ると、何らかの未来像に動かされているというよりはやはり、しばらく前の止まっていたプロジェクトをとにかく動かそうという感じかな。とりあえず、まだ思い切って動けるかわからないので、いちばん手堅いところで手を打っておこう、という感じ。たぶんそれをもとに、いまの日本の景気や経済状態についても、何かしらのことがわかるんじゃないだろうか。日銀が最近口走っているように金融緩和をやめたら、たぶんすぐにでもつぶれるような危うい状況下にぼくたちはおかれている。開発の現状はその反映でもある。

 もちろん、いまの開発がピカピカしないのは物理的なところでの技術革新があまり大きくないせいもある。情報面やコミュニケーション面では大きく改善が進んだ。でも人を運ぶ物理的な手段で大きな変化があったかといえば、ない。いまの航空旅客のボーイング747は1970年代には基本的な部分は完成していた。車もそうだ。基本的な形は20世紀初頭にだいたい決まっている。1980年代にバラード『クラッシュ』の後書きで、柳下毅一郎「いまや内燃機関に未来があると思っている人はいない」と書いた。でもそれから二十年たっても、内燃機関の未来は続きそうだ、という以上に、内燃機関に変われるだけの可能性を持つ動力源は見えてこない。建築もそうだ。高層ビル建築の技術は進んだけれど、大きなところでは変わっていない。だからこそ、いまの開発に何か決定的な新しさというのは見えてこない。そしてそれもまたぼくたちの住むこの世界の状況でもあるのだ。

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YAMAGATA Hiroo <hiyori13@alum.mit.edu>
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